4.『ホリーブレ洞窟にて』part 13.
悪魔マーヤークの告げ口によって、筋肉勇者様は激怒していた。
うわわわ……例のなんちゃら衝動がきちゃったんじゃないの? これ……
改めて考えると恐ろしい。勇者ってなんなんだろう? 人間なのに、神様みたいな精霊女王様と戦えるって、完全におかしいよね?
宇宙の法則が乱れまくっているとしか思えない!
「ベ……! ベアトゥス様!!」
私は、思わずベリル様の心配をしそうになって、慌ててベアトゥス様の名前を叫ぶ。私のミスは誰にも気づかれていないはずだ。でもベアトゥス様はチラッと鋭くこっちを見ると、咎めるような視線を送ってきた。こ、これは……私の思い込みではないようですね。完全に怒ってらっしゃいますよ! 意図せず「ぴゃっ!?」と叫ぶと、私は慌てて口を押さえ、しゃがんで壁に隠れる。うえーん、やっぱこわいよ〜……!
ベリル様は引き倒されたのが初体験なのか、しばらく横たわったまま動かない。
「し、死んだ……?」
「んなわけないだろ、ベリルだよ?」
ペッツォ様が私の横に来て、一緒に壁から頭半分だけ出して観戦を続ける。
「大精霊様方は、勇者様の助けに入ってくれないんですか?」
「入りたいんだけどさぁ……なんか磁場がおかしくて近づけないんだよね」
「じ、磁場?」
本当に宇宙の法則が乱れていたのか!!
現実世界でもなんか磁場が異常で有名なとこあったなぁ……精霊女王と勇者の戦いって磁場も狂わせるのか……私たちはここにいて大丈夫なのでしょうか??
その間も、闘技場では何やらクレーターっぽいものができている。まったく見えないけど、何やら攻撃が行われたらしい。今度は勇者様が押されているようだ。
精霊女王ベリル様はすごい楽しそう。ベアトゥス様も何やら凄みのある笑顔を浮かべていて、挙げ句の果てには口から煙を吐いている。ここ……そんな寒くないはずなんだが、大丈夫なのでしょうか。
「よし! 聞け、お前たち。我々もあの勇者のサポートをするぞ!」
大精霊アズラ様が、纏めたばかりの書類を持って立ち上がった。おお! やっと大精霊様の御力が借りられるのか! 正直、おっせーんだよ! ……と、ちょっと思ったけどそこは黙っとく。
「どうやって? あそこには近づけないって言ったよね?」
カルセドニー様とスファレ様が、疑いの目でアズラ様に答えた。
「我々はな。だが魔国の王子殿下なら近づくことができる」
「ふ、フワフワちゃん?!」
「ムー!」
フワフワちゃんが強いのは分かってるけど、危なくないかな? 大丈夫??
すると、アズラ様が私に向かってニッコリと良い笑顔を見せてくれた。
「そこであなたの出番というわけだよ! カルセドニー、アレだ」
「アレか!」
大精霊様たちは私の能力について言っているらしい。でもゼロ距離のとき、うまく行かなかったんですよねぇ……
でもま、勇者様のお役に立てる可能性があるなら、駄目元でもやぶさかではないです……そう思って私が立ち上がると、いつの間にかマーヤークさんが近寄ってきて、私の前に立った。
「お待ちください。ミドヴェルト様にはほかにも操作魔法があるのです」
「え?」
「ほら、お忘れですか? 王都に開いたお店ですよ」
「あ……!」
悪魔に効かないって思ってすっかり忘れてたけど、公爵様たちのダブル結婚式でいろいろあって追い詰められた私は、カラオケ魔法を習得していたのだった。ちょうどこの闘技場、日本武道館ぐらいのハコだね……え? こんなとこでカラオケパーティーかい? いや、私はほら、やぶさかではないけども。
西の森ホテルも『王城のアフタヌーンティーセットプラン』とか『コロッセオ観戦チケット付き宿泊プラン』とかで、安定して収入が入るようになった。余裕をぶっこいた私は、せっかくだからと王都にカラオケバーを開いたのだった。収支は気にしないで、完全に趣味の店だ。でも私がいないとカラオケはできないので、いつもは魔国のプロの音楽家さんの生演奏を聴きながらご飯が食べられる店にしている。目指せ、ブルーノート!
お店を任せている音楽家のベルヴィルさんは、灰色の鳥系魔物で、尻尾が蛇になっているオシャレさんだ。昔は王城のお抱え音楽師としてブイブイ言わせていたらしいけど、何かやらかして失脚したらしい。その理由はまだ教えてもらってない。なんか聞かないほうがいいような気がして……
魔国の音楽はちょっとプリミティブな感じで、あんまり楽器を使わない。基本叩く系で、その辺の岩とか木とかをひたすら叩く。お店でも、音楽家さん達はそれぞれお気に入りの箱とかビンを叩いて音楽を奏でている。
……とか考えてたら、マーヤークさんが頭を抑え、苦しそうな顔で咳払いをしてきた。す、すみません! もうアレのことは考えません!!
「何の話だ?」
「えーと、方向性は変わらないのですが、もっと直接的な魔法があったのを今思い出しました」
「へえ、何でもいいからやってみようよ。勇者も限界みたいだからさ」
大精霊様たちに言われて闘技場を見ると、ベアトゥス様がなんか通常モードに戻っている。あ、あれ? あの最強モードは時間制限あったんだ……早くしないと!
ベリル様は精霊だし女王だし生きてないし、そこはさすが大自然の暴威だけあって底なしだ。
何でいっつも慌ててカラオケを歌わなければいけない状況に追い込まれるのか、こうなるとわかってたら、前日にひとりカラオケで練習したのに!
気持ちの整理がつかないまま、私はロイヤルボックスから飛び出て、アステアのように階段に立つ。立つだけで踊れないけど。
「歌えるかわかんないけど、いきます!!」
苦し紛れで選曲したのは、ギリ歌えるかどうかってとこだけどmuseの『Hysteria』だ。前奏がどこからか大音量で響いてくる。すると、ベリル様がすっかり戦いを忘れたみたいになんか独特な振り付けで踊り出した。
このヒト……楽しければ……何でもいいのかもしれないな……
「効いてるぞ!」
「今だ、ベリルを包囲しろ!」
「この曲、いいねぇ」
「拘束用のイラクサ持ってきた!」
大精霊様と麗人さん達が何やらバタバタしているのを見ながら、私は何とか一曲歌い切ったのだった。いい感じだったのでもう一曲歌おうとしたところで、なんかポッケにコロッとしたものを感じて、確認してみたら心のコアだった。
思わず首から下げているベアトゥス様の心のコアを確認すると、ちゃんとある。
……なぜでしょう、嫌な予感しかしません……
誰も見ていないと思ってそのままポッケに戻そうとすると、後ろから手首をつかまれて心臓が止まりそうになる。
「マ、マーヤークさん?!」
「ミドヴェルト様、よろしければお預かりいたしますよ?」
「え? いや……大丈夫です」
「そうですか。では、必要なくなったらお声がけください」
めちゃビビらせてくれた割に、執事さんはあっけないほど簡単に引き下がった。私の手を離すと、パーの手を胸元でアピールして笑顔のまま斜めに軽く礼をする。
いやいやいや……何事もなかったように振る舞ってるけど、これって状況的に精霊女王様の心のコアじゃない? 違う? わかんないけど90%くらいの確率で私の想像通りだと思う。それをかっぱらって何する気だったのか、この悪魔は。
というか、ぐるぐる巻きになってたからよくわかんないけど、ベリル様大丈夫かな? ベアトゥス様みたいにしばらく意識不明になったりして。
そういえばベアトゥス様は……と思って闘技場に目をやると、思いっきり本人と目が合ってしまった。
怒られる……?
思わず私のやらかしについて頭の中で精査してみるが、特に何もしていないはず。大丈夫、怒られない。
そこまで考えてやっと安心できた私は、次に婚約者としてベアトゥス様に何か言わなきゃと考える。でも、何を言えばいいのかわからないので、そのまま階段を降りて闘技場のすぐ近くの席に行った。
「大丈夫か? 一体どうなってる?」
小走りですぐ近くまで行くと、よくわかんないけどベアトゥス様が両手を広げて待っていたので、誰も見てないのを確認してからハグしてみた。おっぷ……結構強力。まあ、お疲れで微調整効かないのかもね。早く離して欲しいけど、そんなこと言ったらまた何か怒られるかもしれないので、大人しく諦めてされるがままになる。
「実は、私たちにもよくわからないんです。事態は流動的です」
「そうか」
「ベアトゥス様こそ大丈夫ですか?」
「何がだ?」
「厨房のほうは……」
「まあ、何とかなってるだろ。それよりさっきのは何だ?」
「ああ、あれはカラオケ魔法でして……」
その後、私は誰もいない闘技場でmuseの歌を何曲か歌わされ、ベアトゥス様にmuse禁止令を喰らったのだった……解せぬ。




