4.『ホリーブレ洞窟にて』part 12.
闘技場では、参加者があらかた戦闘不能にされてしまって、係の麗人さんたちが忙しく救護所に運んでいく姿が見える。
ベリル様は余裕の立ち姿で、遠くからときたま「いいね! お前は見込みがあるぞ!」などという声が聞こえてくるけど、まともに相手ができるような選手はほとんどいないようだった。
魔法特化とはいえ、さすが世界最強の精霊女王といったところか。
ロイヤルボックスでは、大精霊様たちが頭を突き合わせて小田原評定みたいな状態になっている。
「だからさあ、僕とジェットが最初にベリルの気を引くから、スファレとペッツォであいつを抑えてよ」
「はぁ? 囮役は私がやるってば。カルセドニー達が抑え役のほうがいいって絶対!」
「俺はどっちでもいいが……」
「そろそろ下が片付く頃だね、で、結局どうするの?」
これまで、ベリル様捜索隊として各地を回っていたスファレ様とジェット様は、カルセドニー様の作戦に乗り気ではないらしい。
アズラ様はその輪に入らず、じっと精霊女王ベリル様の戦いを眺めている。
「まさか……だとしたらこれから大変なことになるぞ」
ん? またなんか言ってる……皆さん独り言が多すぎるのではないでしょうか……?
とりあえず、アズラ様とマーヤークさんは何か知ってるっぽいな。話を聞きたいけど、この状況では思うように情報を引き出せない。私には一体何ができるのか? そしてあのおばあちゃんたちの正体は?
一方、ベリル様は何がしたいのか? っておばあちゃん家にいたときの話の流れだと、なんかムカついてスカッとしたいからここに来たということらしかった。……もしかして単なる気まぐれ? うん気まぐれだな。だって本気でホリーブレを攻めるつもりなら、こんな闘技場あっという間に消し去れるはずなのだ。結界はあるけど、所詮周りはただの土だし。
などと考えていると、近くにいらっしゃった大精霊様たちが騒ぎはじめる。
釣られて私も上空に目を向けると、ベリル様がノーダメージで浮いていた。
下にいたはずの選手たちはみんな片付けられて、麗人さんたちすらも姿が見えない。
「どーれぇ? んでお前ら、俺の邪魔する計画は決まったの?」
「ベリル……!」
「ベリル様!」
「んー? あ、そうだ。まずはこいつからだったなっと!」
精霊女王が、私のほうを見ながら、わざとらしく指をパチンと鳴らす。
嫌な予感がしたけど、まさか、そんな……
「ベアトゥス様……?」
やってくれやがったなこの精霊女王……
闘技場の中央には、紛れもなく本物の筋肉勇者様がご降臨されていた。
「ど、どうして…………?」
「んー? だってお前の恋人なんだろ? 目障りだから始末してやるよ」
「や、やめてください! 勇者様があなたに何をしたっていうんですか?!」
「んー……強いて言えば……そうだな、俺の機嫌を損ねた。これでどう?」
どうじゃねえよ!!
私は必死で、この悪魔のような精霊女王に条件を提示する。
「べ、ベアトゥス様に何かしたら、絶対にあなたとの結婚は拒否します!」
「おっと、そう来たかぁ。キミもなかなか手強いね♡」
ベリル様は思いのほか楽しそうだ。
この程度のやり取りでベアトゥス様を守れるのか?!
意外と鋭いところがある勇者様の状況判断能力に賭け、私はできるだけ時間を稼ぐ。
「ベリル様、私が欲しいとおっしゃるなら、願いを聞いてください!」
その言葉に、遠くにいたベアトゥス様が反応した。
魔国内で暴れない契約を心のコアに刻まれている勇者様だけど、本気を出せばその縛りは容易に破られる。実際、悪魔マーヤークさんと私の仲を誤解して、とんでもない暴力沙汰を起こしかけたこともあるのだ。今こそアレを! もう一度お願いします!!
次の瞬間、宙に浮いているはずのベリル様が闘技場の土に叩きつけられた。
もの凄い砂埃が上がって、何も見えない状態になってしまう。
うわああぁぁあぁ!
やっと状況が落ち着いてきてじっと目を凝らすと、そこには対峙する二つの影が見えてくる。
良かった……とりあえず二人とも生きてる。
いや、ベリル様は霊だから生きてるとは言えないか。
「ふーん、やるじゃないの……俺、はじめて触られちゃったよ」
ポーズを取って何やら誤解を招くような言葉を口走っているけど、ベリル様はかなり上機嫌らしかった。ベアトゥス様はといえば、前回みたいな激昂した感じではなくて結構冷静だ。エプロンしてるからお料理中だったのかな……?
「誰だか知らんが、ミドヴェルトは俺の婚約者だぞ? だよなぁ?!」
「は、はい! その通りです!!」
急に勇者様に話しかけられて、私はビビりながら答える。
浮気、してない。私、悪くない。
「よし! ならよい!」
お許しをいただいて私はひと安心。
ベアトゥス様は余裕をもって構える。精霊女王の魔法禁止ルールはまだ有効なのか、ベリル様も一歩引いて腰を落とした。
いくら勇者でも、この世界の最強と言われる存在にひとりで立ち向かうのには無理があるのではないか。
ベリル様が本気じゃないとしても、まず精霊には物理攻撃が効かないみたいだし。殴りかかってどうなるってもんでもないんじゃないかな……
必要かどうかわからないけど、私は首から下げた心のコアを握りしめて「全力を出せますように……怪我しませんように……」と漠然とした祈りを捧げた。何か技名でも思い出せればいいけど、生憎プロレス技の知識はほとんどない。
それを見たのか、ベリル様が不機嫌なオーラを発する。
「どうだろうね、あの姿。俺の花嫁になるって自覚が薄いと思わない? あんなにキミのために祈っちゃってさ」
「当然だ、あいつは俺の花嫁になるんだからな」
「そうかい……じゃあ楽しませてもらうよ!」
2つの塊が、バチン! という音を立てて凄いスピードでぶつかった。
両手で組み合って、純粋に力比べのような体勢になっている。す、相撲……いや柔道か?
何となく殴り合いになるのかと思っていたから意外だった。
圧倒的な体躯のベアトゥス様が有利にも見えるけど、女性型のベリル様はまったく引けを取っていない。それどころか、手首を返してベアトゥス様を押し戻している。やっぱりさすがは力を求めて修行していただけのことはある。
「あれは……おい、イケるんじゃないか?」
「待てよカルセドニー、もう少し様子を見ろ!」
大精霊様たちは、にわかに活気付いて、さっきまで練っていた計画をまとめ上げたようだった。
まあ確かに、今のベリル様はベアトゥス様に夢中みたいだけども。
すると、悪魔執事が不穏なことを言い出した。
「勇者殿! ミドヴェルト様はその方に襲われて2日間も昏睡状態だったのです。遠慮は要りませんよ!」
慌てたのは、意外にも大精霊アズラ様だった。
「な! 余計なことを! ベリル! 問題ない気にするな!」
「んあぁ?! いつの間にそんなことに……」
「よそ見して良いのか?」
力ではベリル様が勝利しかけていたように見えたけど、次の瞬間、地面に倒れていたのは精霊女王だった。
「な……? お前一体何をした?!」
「さあな。それを聞きたいのはこっちだ」
ベアトゥス様は、這いつくばるベリル様を見下ろして指の関節を鳴らす。
あ……なんか目が赤く光って見える……
「俺の女に何をした?」




