4.『ホリーブレ洞窟にて』part 11.
突然現れた私たちに、会場は騒然となった。
「えええ?! 何でベリルが?!」
「ミドヴェルト様!!」
「ムー!」
大精霊様達はもちろんのこと、下の会場にいる参加者の皆さん達も大パニックになっている。かくいう私も例に漏れず混乱状態だ。
ベリル様は片手で引っ張っていた私を軽く抱き上げると、そのまま空中で軽々と頭上に掲げながら大音声で宣言する。
「よぉ〜し! この大会で優勝したら、俺こいつと結婚する!」
はあぁ?! その話は一旦保留になってませんでしたっけ? 私、結婚を前提にお付き合いしている勇者様がいるんですけど?!
「なななに言っちゃってるんですか、ベリル様! そんなの無理ですって!!」
「無理じゃないさ、可能なことだ」
「ですが!」
「……俺、本当は全部ぶっ壊したい。ホリーブレの何もかもが嫌いなんだ……だから力をくれよ。いいだろ……?」
昔懐かしアンゴルモワの大王……という言葉が無意識に浮かぶ。精霊女王ベリルは生み出すものではなく破壊者なのか? そんなに有り余る力を発散させたいのだろうか?
私の不安が顔に出てしまったのか、ベリル様は「はっ……そんな顔すんな」と苦しそうに微笑む。この精霊女王は単なる暴威ではないんじゃないか? 普通にいろいろ抱えちゃってるだけの女の子なのではないか? 精霊に性別はないらしいけど。
そういえば、ほかの麗人さんや大精霊様達はみんな男性形態なのに、なぜ精霊女王様は女性じゃなきゃいけないんだろうか?
ベリル様は孤独なのだろうか?
力を求めて、ホリーブレをぶっ壊した後、一体どうするつもりなんだろうか?
「とりあえず魔法は禁止な。せいぜい俺を楽しませてくれよ?」
私をロイヤルボックスに送り届けると、ベリル様は会場の中央に降り立った。本当はトーナメント戦で進める予定だったけど、ルールは魔法禁止と会場破壊と殺人のペナルティだけだ。みんな共闘して線の細い精霊女王様に襲いかかっていく。
「べ、ベリル様……!?」
「危ないから下がって!」
カルセドニー様に両肩を押さえられて、乗り出した上半身を引き戻された。
「大丈夫だよ、僕だってあいつは倒せないんだから」
「そうかもしれませんけど……」
私はベリル様に襲われたってことで守られていたのに、何だか今じゃすっかりベリル様の味方みたいな気分になってしまっている。これは魅了なのか? いや、私はたぶんまともだ。……と思う。
ベリル様は、この大精霊様方も嫌いな対象として考えてるのかな?
急に周囲の何もかもが、はじめの印象とは違って見えてくる。アズラ様は相変わらず仕事してるけど、ベリル様の尻拭いってわけじゃなかったんだろうか? カルセドニー様は私の安全のために動いてくれてるけど、なぜベリル様をほとんど敵視しているような言葉を選ぶんだろう? ペッツォ様は女性には優しいのに、女性型のベリル様にあんま優しくない気がする。
身近すぎて扱いが雑になってるだけ? それとも部外者にはわからない溝でもあるんだろうか?
敵味方なんて、いつだってハッキリしない。ギリギリまで本気で仲間だったはずが、ほんの一瞬で敵になってしまったりするものだ。特に命がかかっていたりするときは。私は一体どうしたらいいのか?
眼下の闘技場では、ベリル様が周囲の格闘家たちを圧倒している。まさに鎧袖一触。あのメンツじゃ確かに精霊女王様のお相手にはならないだろうなぁ……
「ごめ〜ん、遅くなった!」
「スファレ、間に合ったか。ジェットは?」
「俺ならここだ」
明るい黄色の髪をたなびかせた大精霊様が、凄いスピードで闘技場の上をぐるぐると回って、私たちの前で浮いたままピタリと止まった。そのすぐ後ろには、黒髪で眼光鋭い大精霊様がいらっしゃる。
今までずっとベリル様を追っていたのだろうか?
アズラ様と話している大精霊様方は、割と冗談が通じなさそうな雰囲気で、やっぱりどうしてもベリル様のほうが心配になってしまう。
私が知らない大精霊様は、確かあと2人くらい居たはずだけど、誰もベリル様の味方になってくれないんだろうか?
「皆さん、もっとベリル様と話し合ったほうがいいんじゃないですか……?」
「話し合ったさ、とっくにね」
ペッツォ様が闘技場のほうに目を向けながら、鼻で笑うように吐き捨てた。あ、ダメだ……これもう諦めてる……
「私たちの声はもう聞こえないんだ、女王には」
「えぇ? そんなふうには感じませんでしたけど……」
「君はあいつと話したことがないから……話したの?」
「はい……」
「何だって? あいつは何て言ってた? 目的を話したか?!」
急にアズラ様が立ち上がって、私に質問を浴びせかける。私は聞かれるままに、妖精の母の家に行ったことやベリル様と話したことをお伝えした。どうかこの状況が少しでも良くなりますように。
私がちょっと話をした限りでは、ベリル様は別に狂ったりしていないと思う。ただ、大精霊様方の話を聞くと、何だか精霊女王様とは全然会話ができない状態らしかった。ベリル様は気まぐれで意地っ張りなとこがあるので、わざと聞こえない振りでもしていたんじゃないだろうか?
少なくとも妖精の母たちとは、超フツーに会話してたよなぁ……
「妖精の母の試練を受けて、さらに強くなる望みを叶えようとしているみたいです……」
それが私との結婚らしいということは、面倒が増えそうなのでもう少し伏せておきたい。だってどうなるかわかんないし。マーヤークさん辺りに知れたら、確実にベアトゥス様に告げ口されるに決まってる。
アズラ様は、妖精の母と聞いて何か心当たりがあるのか、変な顔のまま黙り込んでしまった。
「精霊女王の宝を見つけたというのか……」
周りにいた大精霊様たちは、みんな神妙な雰囲気になって誰も口を開かなかった。
私は、アイテールちゃんの問題を解決できそうなことだけは伝えておこうと思って、王子&王女様方のほうを見る。すると、妖精王女様は心配そうに辺りを見回しながら、慎重に言葉を選んで話しかけてきた。
「きょういくがかりどのよ……ようせいというものは、ははおやからうまれたりはしない。つまり……そのははというものは、ようせいではないとおもう」
「え……?」
そういえば前にそんな話を聞いたような……妖精と悪魔は自然に生まれるんだっけ。アイテールちゃんは妖精王様が手折ったエノコロ草から生まれたという。つまりお母さんはいないってことになる。
じゃあ、あの双子のおばあちゃんは妖精じゃないのか……?
うぅ……また難しい問題が……
「そういえば、あの妖精の母っていうおばあちゃん達、ベリル様より偉そうな雰囲気だったなぁ……」
「ふふふ……そういうことですか」
今まで黙っていた悪魔執事さんが、急に薄笑いを浮かべながら独り言のように言葉を発する。なんかわかったんなら教えてくださいよ。よく考えてみたら、あのおばあちゃん達を「妖精の母」って言ってたのはベリル様おひとりだけで、ご本人達は自称していなかったような……?
わけもわからず巻き込まれて、こっちはいい迷惑だ。せめて当事者として事情を説明されたい。
当面の問題は後回しにして、私は状況を整理することにした。




