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4.『ホリーブレ洞窟にて』part 10.

「いや……いやいやいや! え? 夫婦ってなんですか?!」


「だからさぁ……お前とぉ……俺がぁ……言わせんなよもー!」



 ベリル様が盛大に照れているようだが、私には意味がまったく不明だった。ってか、ベリル様も怖いけど、ベアトゥス様も十分に怖いのだ。これがバレて浮気とか思われたら死……いや待って? ベリル様って()()だよね?



「あのう……私、一応これでも女なんですけど……」



 まさかとは思いますが、少年かなんかと間違えられているのではないでしょうか?


 そんなワケはないと思いながらも、私は念のため確認してみた。いや、それ以前に人間と精霊は結婚とか無理でしょ。そして女王と一般人ですし。王子と乞食ぐらいちがう。王様と私、ちがう。



「あ、気にしないでいいよ。女の格好してるけど、俺、男でもあるし」


「え? どどどういうことです??」


「さあね、()()()()()()()()()姿()になるだけさ。期待に応えるの、わりと好きだしね」



 うっそだぁ……だって……じゃあ……目の前のベリル様は、んん?



「キミって()()()()()が好きなの?」


「むぐ……」



 目の前には、見覚えのあるメガネ錬金術師様……に似た姿になった精霊女王様がいらっしゃった。



「さ、最推し……なんです……」


「ふーん」



 自分の姿をマジマジと細部までじっくり見ながら、ベリル様が生返事をする。


 そしてベッドに上がり、ジリジリと私を追い詰めながらの尋問タイムがはじまった。



「キミ……あいつのことが好きなんだ」


「あ、あいつ……? 誰のことでしょうか??」


「声がさぁ……裏返ってるよ? わかりやす過ぎ……俺はロンゲラップの馬鹿のこと言ってんだけど?」


「ごごご存じでいらっしゃいましたか!」


「んー……で? もう結婚しちゃったの?」


「してはおりませんが!」


「……が?」


「べっ……別の殿方と結婚を前提にお付き合いしておりますです……」


「何それ、ムカつくなぁ……」



 今まで親近感を醸し出していたベリル様の雰囲気が、急に殺気を帯びる。


 うぅ……とうとう死んだ……


 私は必死で目をつぶって現実逃避する。見たい姿になぜベアトゥス様を選ばなかったのか?! 最初からあの筋肉勇者のヴィジュアルを思い描いていれば、ベリル様のご機嫌を損ねるようなことはなかったのではないか? でも、わざとじゃないもん! 自然に思い浮かんじゃったんだもん!! それに、筋肉多すぎる人そんなに好きじゃないし……なんてグダついてる場合じゃない、後悔先に立たずとはこのことかぁ!!


 しかしベリル様は、それ以上こっちに迫って来ることはなく、しばらく待っても()られる気配はない。私はまた生き延びたのだった。はぁ……


 命の安全が何も保証されてないこの状況は、思ったよりストレスが凄い。


 緊張と弛緩が繰り返されまくると、精神がやられる。



「仕方ないじゃないの、心っていうのはなかなか思い通りにならないものよ」


「そうよねぇ。でも心配いらないわ。あなたたちの結婚は、俗世の結婚とはまったく違う契約だから安心してね」



 今度は、見るに見かねたのか、おばあちゃん二人がニコニコと笑顔で迫って来る……


 何を安心すれば良いというのか?



「俺はさぁ、確かに強くなりたいけど、そういう無機質な感じは嫌なんだよ。それじゃあアイツらと変わらないだろ? ん? 何のために頑張るのかわかんなくなっちゃうじゃないか」


「でもぉ……そうなるとあなたの望みは叶わなくなるわよ?」


「なんで? こいつ以外に俺の相手できる奴はいないっていうの? だいたいさぁ、どういう基準でこいつが選ばれたんだよ。妖精の母ならもっと何とかできるはずじゃない? ……ねえキミ、何か特別なことができるなら俺に見せて? ほら早く」


「え? ……と、特別……?」



 私はアイテールちゃんのためにここまで来たはずなのに、なぜ追い詰められているのだろうか? 特別なことなんて別に……そこまで考えてふと思い出した。このおばあちゃん達は「妖精の母」って言ってなかったっけ? 大精霊様達に囲まれて、誰もご飯食べないと思ってたから初めから期待してなかったけど、もしかしてこのおばあちゃん達になら喜んでもらえるかな?



「で、では参ります……」



 私はベッドから起き出しながら、どんなチョコを出そうかと考えて、お酒の入ったボンボンチョコとナッツチョコを思い描く。うまくイメージ通りのチョコが出ると、ベリル様は呆気に取られてボンボンを凝視していた。


 おばあちゃん達も最初は無言だったけど、恐る恐るボンボンチョコを(かじ)ると、あらまあウフフと急に盛り上がって話しはじめる。



「私これ気に入っちゃったわ〜」


「あらあら私もよ、なかなかやるわねぇ」



 私のチョコ魔法を信用してくれたのか、妖精の母達は続いてナッツチョコに齧り付く。そんなに粒を大きくしてないつもりだったけど、中に仕込んだナッツよりは確実に大きくなっちゃうから、おばあちゃん達のおちょぼ(ぐち)にはチョコがベッタリとついていた。妖精王女様といい、妖精ってのは何でこう口の周りベタベタにして平気なのかな? まあ可愛いからいいけども。


 ベリル様はすっかり蚊帳の外に置かれてしまい、意地と好奇心の板挟みになってうずうずしているようだった。私たちから視線を逸らさず、への字口で眉根を寄せている。でも精霊様方は何も食べないんだよね? 無理に食べたとして、感覚器官は備わっているのか?



「べ、ベリル様もいかがですか……?」



 何も言わないのも危険だと思い、私は形式的に声をかけた。すると、精霊女王様は、ものすごいスピードでベッドから四つん這いのまま近づいてくる。虫かよ! 恐怖を感じつつも必死で平静を装っていると、チョコには目もくれずクンクンと私の耳元で匂いを嗅ぎ出した。



「ヒィ……」


「俺……やっぱお前がほしい」



 めっちゃ瞳孔開いた目で言われても恐怖しかないのですが!


 思わず見つめ合う格好になってしまったので、妖精おばあちゃん達はあらまあウフフと呑気なものだ。



「あんたの恋人……殺しちゃってもい?」



 囁くような声で、ベリル様が物騒な台詞を吹き込んでくる。



「だ、だめです」



 ベアトゥス様は、私が心のコアを抜き取らなければ、きっともっと別の美女と付き合っていたに違いない。それなのに、私との結婚を前提にした交際をはじめちゃったせいで、ベリル様に殺されるというのは理不尽極まりないと思う。


 そうはいっても、この理不尽の塊のような精霊女王は、アイテールちゃんの寿命を伸ばす重要な鍵だ。ご機嫌を損ねるわけにはいかないし、気まずいからって関係を断つことはできない。


 つ、詰んだかも……


 勇者様、逃げてー!!



「あーあ、ムカつくなぁ……なんかスカッとすること……あ、そうだ! ねえキミ、すぐ帰んなきゃいけないんだったよね?」


「え? あ、はい……」



 チョコを食べ切ったおばあちゃん達にせがまれて、アイテールちゃん御用達の花びらチョコを出していた私は、わけもわからず返事をする。



「じゃ、帰ろっか?」


「うぇ?」



 またしても精霊女王に手を引かれ、私はホリーブレ洞窟中央部の地下闘技場に戻ったのだった。


 廊下ではなく、競技場の中空(ちゅうくう)に。ベリル様と一緒に。






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