4.『ホリーブレ洞窟にて』part 9.
「ほ、ほんとに来るんでしょうかね……?」
「来るって、見てなよ……ベリルはアレで結構目立ちたがりだから、一般参加者に紛れるなんてことはしないはずさ」
「はぁ……そういうもんですか」
格闘技大会は、新しく作られた地下の会場で行われることになった。かなり広くてしっかりした作りになっている。見上げた円柱に細かいレリーフが彫り込まれていて、自然に防御結界が張られているらしい。
と、ピンクな大精霊ペッツォ様が自信たっぷりに説明してくれた。しかし私は知っている……この仕事を成し遂げたのはマーヤークさんだということを……!
振り返ってマーヤークさんを見ると、謎のアルカイックスマイルで返されてしまった。な、なんかストレス溜めてんのかな……? あとでビターチョコでも差し入れとくか。
私が精霊女王様に狙われているってことで、フワフワちゃんとアイテールちゃんは危険を避けるため少し離れた所に座っている。両脇を悪魔執事さんと騎士のモルドーレさんが固めているので、魔国勢ではツートップの強者なんだし、これでダメならもうどうしようもない。
私はといえば、脳筋カルセドニー様とチャラ男なペッツォ様の大精霊コンビにサンドウィッチされて、後ろにはアズラ様がいらっしゃる。アズラ様が仕事忙しくて格闘大会は見られないなんて言うから、じゃあ仕事しながら観戦しろってことになり、急遽ロイヤルボックスに執務机を設置した。例によって執事悪魔のマーヤークさんがこき使われた一連の流れを、私は目撃している。
マーヤークさんの見立てでは、大精霊様方では精霊女王ベリル様には到底敵わないであろうって感じだったけど、カルセドニー様の秘策とやらによれば、私の能力をうまいこと使って捕まえることが可能なのだそうだ。
そんなうまく行くかなぁ……
下を見ると、ひたすら茶色い土が広がっている会場に、たくさんの力自慢たちが集結しつつある。ホリーブレ洞窟の住人だけでなく、近隣から話を聞きつけた戦闘民族みたいなのがこんなに集まっちゃって、どうしよう……緊張してきた。
というか、フワフワちゃんは特別シード枠になってるんだけど大丈夫かな? ベリル様以外にも強そうなデカい奴いっぱいいるけど……
最近は騎士団の皆さんとみっちり鍛錬してたみたいだけど、ここに来る旅路では、トランプとおやつとごはん食べるときしか覚醒してるの見たことないぞ? あとはお昼寝と夜のお休みタイムでフワフワちゃんの1日は終わっている。何というクウネルアソブ。アブソリュートリー。
「す、すいませ……ちょっとお手洗いに……」
「あ、危険だから僕もついて行くよ!」
「あの! 大丈夫です、本当、すぐ戻りますので!」
さすがにトイレまで張り付かれるとつらい。私は小走りに廊下に出ると、ぐるっと観客席の裏を回って通路の突き当たりを左に曲がる。
無事に用事を済ませると、いつもの悪い癖が出て、出店とか出したら売れたのになぁ……と考えながら会場内をうろついてしまった。もし本当にベリル様が目立ちたがりだっていうんなら、きっとこんな裏手には来ないだろう。……などと無意識に思っているときが一番危ないのに。私の馬鹿!
「やぁ! こんなところでどうしたの? ひとりじゃ危ないよ?」
「ひっ! べべべベリル様……!?」
前回出没したときと何か印象が違うと感じたけど、漂うヤバさは見間違えるはずもない。
柱の影から急に顔を出したのは、精霊女王のベリル様だった。なんかちょっと……ゴツくなってる?
そそそそんなことより、はやはや早く、歌歌歌……!!
「おっと……んふふ……だーめ♡」
ベリル様が人差し指を私の眉間に近づけると、何にも考えられなくなって焦れば焦るほど頭が真っ白になる。
「操作系の術式なら、俺だって得意なんだけど?」
私は何かされてしまったのか? 恐怖感で自然と体が縮こまる。鳥肌が立って、背中に悪寒が走った。
「震えてるの……? かぁわい♡」
ベリル様の声がゼロ距離で耳に響いて、まさかのASMR状態になってしまった。前回は力技でディメンター吸いだったけど、やっぱ生命力を吸うのに効率いいのは耳なのかもしれない。ベリル様もそれに気づいちゃったかぁ……短い人生だった。
「お、お許しください……」
何とかそれだけの言葉を搾り出して、私は必死で考える。この先生きのこるには……きのこる……はっ! そういえば!!
「べ、ベリル様は、一体どなたに私のことをお聞きになったのですか? ババア……とかいってらっしゃいましたけど……」
「アーン? ババアはババアだよ……? 何? 知りたいの? ん?」
「し、知りたいです……うぅ……お許しいただければ」
「何、キミ……いい匂いするじゃん」
「うぅ……お助け」
とうとう美味しい匂いがしてしまったのか?! ある朝、食パンに命乞いをされたら、私はこんなに長時間の会話に付き合ってやれるだろうか……食い物と喋ってくれるなんて、ベリル様って案外優しいのでは?! 事情を話せばわかってくださるかもしれない! もはや絶望からの希望的観測で、私の思考は終わりかけていた。
「わぁかった、私利私欲で来たんじゃないなら、キミは歓待すべきゲストというわけだね? ……でしょ?」
あれ? 流れが変わった?
す、吸われない?
死なない?
マジ? 大丈夫?
フェイントなしで?
「は、はい……その、欲といえば欲なのですが……」
「アーン? キミ、もっとはっきり言ってくんない?」
「すすすみません! よよ妖精王女アイテールちゃんの寿命を伸ばす方法をご存知ないでしょうか?!」
あ、様付けしなきゃいけないとこ「ちゃん」にしちゃった……
「あー……そういうこと……」
少し間があったけど、ベリル様はふんふんとあらぬ方向を見て自己完結しているみたいにしばらく頷いてから、小首を傾げてこっちを向いた。
「よっし、じゃあババアんとこ、行こ!」
「え? 今?!」
「そ、早く早く!」
綺麗なお姉さんの白魚のような手が私をつかんだ。その瞬間、転移魔法みたいに周囲の景色が変わる。
「か、カルセドニー様たちに、すぐ戻るって……言っちゃ……て……?」
もはや辺りに地面はなく、月明かりの夜の雰囲気が清々しい。ずっと洞窟の中で、何となく黴臭かったからねー……って……
「そそそ空ですよここ! 落ち落ち落ち……!!」
「だぁーまって!」
風圧で顔が痛い。精霊女王陛下のご機嫌を損ねてこんなところに放置されたら、洒落じゃなく物理的に死ぬ! 私は必死で口を閉じてみたけど、口で叫ぶ代わりに鼻で叫ぶ羽目になっただけだった。
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「飛行魔法……ですか」
私が学びたいのは役に立つ魔法なんだよね。瞬間移動とか、飛行魔法とか、魔法が使える世界ならやってみたいものがたくさんある。
そんな私のワクワクをぶち壊すように、マーヤークさんは言った。
「生まれながらに使えないのなら、無理ですね」
無理ですね…… 無理ですね…… 無理ですね……
うぅ……
じゃあ、もう……落ちるしか……
って、え?! 空?!!
☆゜.*.゜☆。'`・。・゜★・。☆・*。;+,・。.*.゜☆゜
「うわああぁぁあぁぁ!!」
「うーるさいって」
は……
ベッド……?
気がつくと、そこは小さな家の寝室みたいなところだった。
「おばあちゃんの匂い……」
「おい、ちょっと! それはババアも怒るよ、さすがに」
「あ、す……すいませ……」
ベリル様って普通の人みたいなことも言うんだ……
実家感のある空間に、ぶっきらぼうなお姉ちゃんっぽいベリル様と一緒にいると、なんかもう現実世界に戻ったような気分になる。いや、私にお姉ちゃんはいないけど。妹しかいない……いないよね? だんだん記憶が曖昧になっている気がする。しっかりしなければ!
「「あら、起きたのかしら?」」
私たちの話し声が聞こえたのか、開いているドアからおばあちゃんが二人やってきた。
すると、ベリル様がなぜか照れて鼻の下をこすったり頭を掻いたりしたあとで、ハーッとため息をつきながら天井に向かって話し出す。
「ババア……こいつで合ってる?」
「そうね……うん、合格よ」
「あらぁ、良かったわね〜」
「ふふ〜ん……俺にかかったらこんなもんだって……言ったろ?」
んん? 何やら勝手に話が進んでいる気がするけど、私をここに連れて来ることが、ベリル様に課せられたテストだったのか?
精霊女王をテストするおばあちゃん……つまり!
「ベリル様のお祖母様ですか?」
「ちがぁう!」
「いたっ!」
ナチュラルにゲンコツを食らって私は頭を抱えた。
「酷いですよ、ベリル様……」
「なんだよ、優しくしたろ?」
まあ確かに、最強の精霊女王に本気で殴られたら、今ごろ私は分子レベルにまで分解されていることだろう。そんな私たちのやり取りを見ながら、おばあちゃん達は終始ニコニコしていた。
だから、そんな爆弾発言が飛び出すとは思わなかったのだ。
「二人とも、もうすっかり仲良しね。きっといい夫婦になれるわよ」
はぁ?!!




