4.『ホリーブレ洞窟にて』part 8.
「ミドヴェルト様、ご無事ですか?」
目を開けると、私はベッドに寝かされていて、アイテールちゃんとフワフワちゃんが頭の両脇に陣取っていた。室内にはマーヤークさんと大精霊アズラ様がいて、何やら緊張感が漂っている。
「あ……」
何か言わなきゃと思ったけど、頭痛と吐き気で声が出ない。執事さんが水を渡してくれたので、とりあえず飲んでみた。
「ご無理をなさってはいけません。あなた様は賊に襲われてお倒れになり、2日間も昏睡状態だったのですよ」
「ミドヴェルト殿、大変申し訳なかった。あなたを襲ったのは、おそらくベリルで確定だ。あいつを捕まえたら、必ずあなたに謝罪させるのでもう少し待ってほしい」
マーヤークさんは、この事件をわざと大ごとにして、アズラ様から何かを引き出したいらしい。ガジェット準備隊に相当こき使われたのか、かなり責めるような言い方を選んでいて、復讐の意図を感じる。
大精霊アズラ様はといえば、誠実なお人柄が言葉に現れているものの、相変わらず精霊女王様のことはあいつ呼ばわりしている。女王とは一体……
私としては大騒ぎしたくなかったんだけど、謙虚にこの場を収めたら悪魔執事に恨まれそうなので、大人しくマーヤークさんの方針に乗ることにしてみた。
「あの人は……『じゃあ後で』と言ってました……わたし……また襲われますか?」
弱った演技をしながら事実と推測を述べると、アズラ様がギョッとして言葉に詰まる。マーヤークさんは喜んでくれるかと思ったけど、こっちも眉を顰めて厳しい顔をしていた。あれ、私、何かミスりました?
「そ、そのようなことは決してないように手配しますから、安心してほしい!」
「私も護衛に回りましょう。今後はミドヴェルト様の側を離れませんので」
強いか弱いかよくわからないマーヤークさんだけど、居ないよりは安心だ。私はしおらしく感謝の言葉を伝えて、眠いので目を閉じる。
大精霊アズラ様は部屋を出ていったけど、マーヤークさんは本気で離れないつもりらしく、そのまま室内に残った。
フワフワちゃんがいるし大丈夫だと思うけど、まさかこの悪魔……「戦うためです」とか言って生命力を吸おうとしてるんじゃないでしょうね……?
さすがにそこまでしないと思いたいけど、執事さんは結構サイコパスっぽいとこあるから信用しきれない。
「はぁ……申し訳ございませんミドヴェルト様。まさか我ら悪魔以外にミドヴェルト様を狙う輩がいるなど思いもよらず……」
うん、味方っぽい発言だけど、さりげなく悪魔が私を狙っているって暴露してくれたね。薄々気づいてたけど、やっぱ私ってただのエサなのかも……
「精霊女王ベリルは、最強の力を求めて彷徨う亡霊のようなものなのです。そこに崇高な意志はなく、ただ気まぐれに暴威を振るう天変地異と同じでして、あれは大精霊たちにも抑えることはできないでしょう」
「マーヤークさん……」
「はい」
「ありがとう……絶望を深めてくれて」
「いえ、お褒めに預かり光栄です」
褒めてねぇよ! と、心の中でツッコミを入れながら、この追い詰められた状況について考える。……って言っても、何もできないけどね……何だったんだあのキスは。マーヤークさんが私の耳に指当てるやつと同じで、生命力を吸われたみたいだけど、無詠唱だった。
あれかな……某ハリポタのディメンター的なやつかな? 完璧に理解できてるわけじゃないけど、私の中で確実にマリオが1機減った感覚がある。あれを何回もされるのはかなりマズい。……と思う。マーヤークさんに対してはあまり危機感を感じなかったのに、精霊女王ベリルにはビシバシ恐怖を感じた。
私は悪魔に対抗策を持っているから何となく余裕でいられるけど、精霊にはどうやって対処すればいいんだろう? そもそも最強とかいう存在に対処は可能なのか? 今は近くにマーヤークさんがいるからダメだけど、例の能力は精霊にも有効なのだろうか? 天使にも効いたんだから精霊にもいけそうな気がするけど……駄目元で今度試してみるしかない。ぶっつけ本番は嫌だな……カルセドニー様あたりに実験台になってもらえないかなぁ……?
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次の朝、起き抜けに私はフワフワちゃんを抱っこして、カルセドニー様にちょっとご相談をしに伺ってみた。
「へえ……君ってそんな能力を持っているんだ、面白いね」
「はい、それで、精霊女王様にも通じるのかどうか知りたいのですが……」
「いいよ、歌ってみて! 僕なら大丈夫だからさ!」
いやまあ……すぐにでも実験したいのはやまやま何ですが……
私は、断ったのにここまでついて来てしまったマーヤークさんのほうを振り返る。
「あの、これからアレをやりますので、執事さんはご遠慮……」
「構いません、どうぞ」
澄ました顔に悪魔的な笑みを浮かべて、マーヤークさんは目を伏せた。
えぇ……なんでそんな頑固なのかなぁ。最悪の場合はフワフワちゃんにどうにかしてもらうか……困って腕の中のフワフワちゃんを見ると、ニッコリ笑顔でスリッとしてくる。うん、可愛い。
「それじゃあ……やってみます」
私は『歌』について考えはじめた。
……どうしよう……歌、楽器……ピアノ……スウィングならコントラバス。今日はマック・ザ・ナイフで行ってみようかな。
途端に執事さんが苦しみ出して、頭を押さえながらガクリと膝をつく。
「ちょっと待った! ちょっと待った!」
カルセドニー様が慌てた様子で止めに入ったので、歌のことを考えないようにして結果を確認する。うーん……相変わらず悪魔には効いてるっぽいけど、大精霊様は元気に動いてるな……失敗か。
そう思って私ががっかりしていると、カルセドニー様が気まずそうに近づいてきた。脳筋系かと思ったけど、慰めてくれるのか? 意外と気遣いのある人だったのかな?
「これはベリルに効くかもしれない……いや、すごいよ君!」
急にトーンを変えながら大喜びで抱きついてきたカルセドニー様に高々と持ち上げられ、私は今このオレンジの髪が燃えたら消し炭になれると思ってしまう。これからどんな面倒に巻き込まれるのかと考えると、消滅に対してプラスのイメージを持ってしまうのだった。学校や会社に行きたくなさ過ぎて、地球滅亡を祈る気持ちに近いかもしれない。
リフト状態でくるくる回される私には、もうなす術もなかった。
しばらくすると、ダメージから何とか復活したマーヤークさんが、丁寧に声をかけてきた。さすがの執事さんも大精霊様には気を使ってるみたい。
「カルセドニー様、その辺でご容赦ください。ミドヴェルト様が目を回してしまいます」
「ああ、ごめんごめん! 大丈夫かな?」
「ふぁい……ごきょう……りょく、あり……ウプ」
でも、私の能力の何が効いたというのか? カルセドニー様はいたってお元気であらせられるけども。
「あ、あの、カルセドニー様? なぜ私の能力が精霊女王様に聞くとおっしゃったのでしょうか……?」
私がめまいに耐えながら質問を投げかけると、大精霊カルセドニー様は、輝くような笑顔を浮かべて私たちを見やった。
「だってベリルはノリのいい音楽に弱いんだ! こんな曲なら一生踊り続けてしまうだろうよ」
「え、それだけ……?」
「音楽は無意識に他人を操る術式だって知らなかった? この辺では常識だけど」
「そうなんですか……」
ま、まあ確かに……音楽って聴いてると体が勝手に動き出したりするし、操作系の術式かもなあ……なのか? ただ、楽しいものとして音楽を受け入れてたけど、術式かぁ……
とにかく、今度あのヤバい存在にでくわしたら、踊れる系のセットリストで攻めてみよう。
なんて思っていたけれど……
恐れていた精霊女王の再訪はないまま、ホリーブレは格闘技大会の当日を迎えた。




