4.『ホリーブレ洞窟にて』part 7.
大精霊アズラ様にまたしても呼び出された私たちは、とにかく急いでホリーブレ中央部地下の長い廊下をひた走る。
「やあ、すまないね。ベリルのアホが戻ってくる前に、顔見せだけしとこうと思って」
にこやかなアズラ様は、とうとう誰憚ることなく精霊女王様をアホと宣った。隣りではお付きの麗人さんが頭を抱えている。
「へー、こんな小さい子が本当に強いの?」
「カルセドニー、きっとお前でも勝てないよ。だってお前ときたら空気より軽いのだからね」
「酷いなペッツォ! アミルカレが負けたからといって、僕まで負けるとは限らないぞ!」
濃いオレンジ色の髪を乱雑に振り乱して、カルセドニーと呼ばれた大精霊様がヘソを曲げる。からかっていたほうのペッツォ様は、ピンク髪でチャラい雰囲気の大精霊様だった。麗人アミルカレさんとは戦っていないんだけど、何がどう伝わったのか、知らない間にあっちが負けていたらしい。大丈夫なのか、守り矢。
「こいつらが君たちをサポートする大精霊だ。おいお前たち、最低限の礼儀は弁えろよ。国際問題ってやつが最近は面倒なんだからな」
「わかったよ、私はペッツォ。よろしくね!」
大精霊ペッツォ様は、初っ端からウィンクしながら投げキッスをしてくる。これは暗黒王子ヴァンゲリス様の上位互換かもしれない……魅了とかの状態異常に気をつけたほうがいいのではないだろうか。
「僕はカルセドニーだ。あとで手合わせをお願いしたい!」
大精霊カルセドニー様は、見た目にまったく気を使っていないらしく、髪に落ち葉やゴミなどいろいろなものが絡まっている。私たちが軽く引いているのに気付くと、自分の髪を摘んで「ああ、これ?」と言って一瞬で炎に変える。
「おい! 室内で燃えるんじゃないよ、彼らには酸素が必要なんだからな」
「あ、そっか。ごめんアズ」
そうやって謝るカルセドニー様の髪は、不純物が消え去って今度はふわりと美しく肩にかかった。大精霊恐るべし。とりあえず急に燃えられても困るから、あまり近づかないようにしよう。
魔国の皆さんもたいがい頑丈だけど、大精霊様方は元が精霊だけあって、空気もいらないしご飯も食べない。悪魔みたいな存在だけど、彼らを統べる者としてワンランク上の立ち位置だからか、とにかく破天荒なのだった。
大精霊様は、ほかにも4人くらい居るらしい。でも今はちょっと忙しいんだとか。たぶん精霊女王ベリル様関連だろう。精霊国の雰囲気がだいたいつかめたような気がする。毎日がコメディっぽい感じで過ぎていくホリーブレ中央部の様子が、目に見えるようだ。
私が思う荘厳な雰囲気とはかけ離れていて、ちょっとビックリしたけど、これはこれで楽しそうな気もする。
何やら忙しそうなアズラ様は、紹介を済ませると慌ただしく席をはずし、私たちは格闘技大会をどうするか話し合うことになった。
「大会は何でもありのルールで良いよね、死人が出たら蘇生薬を使おう」
「そんなに無駄遣いをしたらアズラの奴、怒るんじゃない?」
「あいつの発案なんだから、それぐらい出させてもいいよ。細かいルールを決めるとなると、3カ月はゆうにかかるぞ」
「それなら、相手を死なせたり会場を壊したら失格、ということで良いんじゃないですか?」
「なるほど、会場を壊さない程度の力で戦えば、必然的に死人も減るしな……って君、誰?」
思わず大精霊様の会話に入ってしまったけど、やっぱり問題あったかな? 紹介されて、会議もはじまったし、何か意見いってみたほうがいいんじゃないかと思ったんだけど。さっき名前言いましたよね? なんて答えたら反抗的に見えてしまうかもしれないので、心を無にして自己紹介を繰り返す。
「失礼いたしました。魔国の使節団に所属している、教育係のミドヴェルトと申します」
「教育係……?」
「ムー!」
「ふむ、確かにそうだね。君の案は採用としよう。ほかの子たちも何か意見があれば教えてほしい」
ペッツォ様の呼びかけで、大会運営に詳しい文官さん達がおずおずと前に出てくる。プロが意見することで、瞬く間に話はまとまり、精霊女王ベリル様を誘き寄せるための美味しいエサが用意された。
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「はー……疲れた」
格闘イベントのための打ち合わせがあらかた終わると、ガジェット準備隊としてマーヤークさんは大精霊様たちに召し上げられてしまった。別に、悪魔執事さんがポイントを稼ごうとして能力をアピールしたわけじゃなく、何も言わないうちから見抜かれていた感じだ。大精霊恐るべし。
アイテールちゃん曰く、妖精と精霊はまったくの別物なので、一緒にしてほしくないとのこと。人間と幽霊ぐらいに似て非なるものなんだとか。そう言われると、私も幽霊と一緒にはされたくない。
「それはそうと、いつまで持ってるんですか? そのエノコロ草。もしかして、何か特別なパワーが込められているとか……?」
「そういうわけではないが……」
妖精王女様は物思いに耽りながらエノコロ草の細い茎を両手で握りしめている。具合が悪いわけじゃなさそうだけど、今はアイテールちゃんにちょっと元気がないだけですごく心配になってしまう。
「あのもの……ぽゔぇーりあどのは……なぜこれをわれにてわたしたのか……」
「んー……意味あったんですかねぇ? なんだか食わせ者っぽい雰囲気ではありましたけど」
「きょういくがかりどのよ、このくにのしょくせいをみたであろう。ここにこのくさはそんざいせぬのだ」
「え? それってどういうことですか?」
「むろん……あのものが、まえもってこれをよういしていたということであろうな」
え、ヤバ……怖過ぎない? この精霊国では麗人ってそんなに万能感ないよね……? しばらく滞在した感じでは、魔国における文官とか騎士や兵隊みたいな立ち位置だ。最初に出会ったから、ポヴェーリアさんをすごく精霊っぽいと思ってしまったけど、ただの麗人だとしたら一体あの場所で何をしていたのか?
「こ、怖いこと言わないでくださいよ……」
私は思わずチョコを頬張って、お茶で一気に流し込む。あ、このお茶美味しい。
そう思って何気なく前を見ると、花びらチョコを抱えるアイテールちゃんの後ろに、白髪を床まで垂らした背の高い女性が立っていた。何で? 今まで誰もいなかったよね? さっきまでの会話内容も相まって怖すぎる。バッチリ目が合ってしまったけど、気づかないふりをすれば消えているかもしれない。そう思った私がゆっくりと視線をそらすと、ぞんざいな声が響いた。
「無理無理、そんなことをしても俺は消えないよ」
「ひゃあぁぁあ!」
「ムー!」
一瞬で間合いを詰められると、フワフワちゃんが私の膝に飛び乗ってきた。さすがの王子殿下もちょっとビビっているのか、尻尾がブワッと大きく広がっている。アイテールちゃんが狙われたんじゃなくて良かったけど、謎の白髪美女の顔が迫って顎クイをされた。私は無事死亡が確定したっぽい。
「ふーんなるほどぉ、あのババアが言ってたのはコレか……? まあ楽しめればなんでもいいが」
そういうと、白髪美女は「いただきまーす」と呟きながらゼロ距離で私の口を吸った。
急にめまいがして、体の力が抜ける。
ドアが開いて、誰かが飛び込んできた。
「大丈夫ですか?!」
あ、その声はココノールさんかな……? そうだ、ココノールさんは特殊調査員で戦闘力もあって……
「残念、今捕まるわけにはいかないんだ。じゃあ後でね」
私はバタリと床に倒れる。
あ、ゴミ落ちてる……
その日の記憶はそこまでだった。