4.『ホリーブレ洞窟にて』part 5.
急にエノコロ草だけ渡して去って行くかと思えたポヴェーリアさんは、私たちが困っているのを見て、なぜか道案内をかって出てくれた。
は、早くも精霊のお導き?? このイケメン、意外と気が利く……のか?
あまりにも不可解な展開にマーヤークさんがかなり警戒しているけれど、ココノールさんは超普通に話しかけているので、ポヴェーリアさんはそこまで危険人物ではないのかもしれない。
まあ……ポヴェーリアさんは大精霊って雰囲気ではないし、きっと麗人なんだろうと思うけど、ご自身は「麗人です」とは自己紹介していないのが引っかかる。ただ名前を言っただけで、そもそもホリーブレの人なのかもわからない。
とはいえ、道案内をしようってくらいだから多分ここの人だよね?
アイテールちゃんにエノコロ草を手渡したのは、何か知っているというアピールなのだろうか。
続いて来た文官さん達の第二便を待って、私たちはポヴェーリアさんの後について歩きはじめた。
さすがに慣れた道なのか、迷いもなく当然のように進んでいくけど、本当にこの道であってる??
暗い道を歩きながら、私たちは何となく不安を感じて無言になっていた。いつも饒舌なセドレツ大臣ですら、何か緊張感のある顔で目だけをキョロキョロさせている。暗いとはいっても1mくらいの距離なら顔が見える薄暗さなので、やっぱりポツポツ灯る光のおかげだろうか。ポヴェーリアさんが持っている灯りほど明るくないけど、地面にタンポポの綿毛みたいな草が生えていて、うっすら青白く光っている。さすが精霊の国。
でも、さっきのエレベーターみたいな機械化されている雰囲気もそこかしこにあって、ここは産廃置き場なのかと思うくらいに鉄骨と歯車が乱雑に放置されて錆びていた。
「中央までは結構歩くんですか?」
気まずい空気を壊そうとして私が何となく話題を振ると、ポヴェーリアさんはゆっくり振り向いて微笑んだ。
「本当は歩く必要なんてなかったんだけど、オートロードが壊れていてね。疲れさせてしまったかな?」
「い、いいえ。そのオートロードというのはどういったものなんですか?」
「川のように流れる道で、その上に乗れば自然と中央に行くことができるものですよ」
「へえ……」
空港とかによくある動く歩道みたいなもんかな……? やっぱこの精霊の国は、不思議なものと機械とが融合した雰囲気なのかもしれない。思ってたより未来的だ。ポヴェーリアさんも、今どき流行りのアニメキャラというよりは、全体的に縦長で萩尾望都感がすごい。服装もシンプルでドレープ感あるし。
何となく宇宙空間のようなホリーブレ洞窟のことをどうにか把握しようと、無意識に脳がこれまでの経験から得た知識を総動員して当て嵌めていく。私は現実世界の最先端知識があるから何とかなってるけど、中世の文化だとこの状況はどんな解釈になるんだろう?
そういえば、妖精国でホリーブレ洞窟に行ってほしいって言われたとき、セドレツ大臣は超焦って恐怖に青ざめた顔してたなぁ……
なんか理解不可能なヤバい土地扱いなのかな?
もし中央に行ってインフラが充実してたら、私はホリーブレ洞窟にしばらく住んでみたい気もしているけど。
なんて考えていると、今度はココノールさんが話し出した。
「ところでホリーブレ洞窟には前もって連絡を出していたはずだったのですが、魔国の使節団が来るというニュースは聞いていましたか?」
「ああ、そろそろかなと思って見物に来たら、ちょうど貴方がたに出会ったのです」
「見物……ですか」
「失礼、物見高い難儀な性格なものでね、私は」
そういって微笑むと、ポヴェーリアさんはアイテールちゃんに視線を移した。
エノコロ草を両手で持って、無意識にクルクルと手遊びをしていた妖精王女様は、ポヴェーリアさんと目が合うと私の首にしがみついて髪の中に隠れる。そのせいで、不思議イケメンが私の髪をすくい上げることになってしまった。そこまでやると思わなかったのでビクッとして二度見すると、ポヴェーリアさんはやっと私の存在に気付いたようにアイテールちゃんからこちらに意識を向けた。
「宝物を隠すのがお上手なのですね」
何いってんだ……こいつ?
イケメンじゃなかったら許されないような台詞を吐いて、フリーズした私をよそに、ポヴェーリアさんはアイテールちゃんに微笑みかける。
「何なら私の肩を貸しましょうか? そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ」
不思議グイグイ系イケメンに、引っ込み思案なアイテールちゃんは人見知りを盛大に発動している。私の首筋に添えられたちっちゃい手が微かに震えているのを感じて、まずは持ち上げられた髪をごく穏便に取り返した。
ポヴェーリアさんは、意外な反応をされたといった顔で顎を引いて私たちを交互に見ながらも、すぐに態勢を立て直す。
「おや、美しさに惑わされてつい……」
「申し訳ございません。このお方は教育係の私が責任を持ってお守りいたしますので、どうか手出しは無用に」
ついクセで謝っちゃったけどさ……本当に謝るべきなのはそっちじゃねぇのかな? もしかしたらホリーブレには謝る習慣がないの? だとすると文化的にかなり要注意な予感がする。
謝ったら責められるから謝らないってシステムなら、この人だけじゃなく、周囲が全員終わってるってことだし。
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あの後、1時間以上歩いてやっと中央の光が見えてくると、ポヴェーリアさんは「この先は迷うことはないでしょう」といって去っていった。
マジで気のいい兄ちゃんだったんか!?
よくわかんないけど、やっとみんなの緊張が解けて、フワフワちゃんも元気にムームー言い出した。私のことも許してくれて、今は腕の中に抱かれて丸くなっている。
「さっきの人、いったい何だったんでしょうね……?」
私が思わず疑問を口にすると、マーヤークさんがシーッという仕草で口に人差し指を当てる。
な、なんかマズいこと言っちゃった……?!
「近づいてくる気配がします」
「わかっている。5人だな」
ココノールさんとマーヤークさんが戦闘態勢になって、文官さん達は私たちの周りを囲むような位置についた。すると、今までの精霊の国に似つかわしくないような、鈍い光を放つ甲冑を身につけた軍人っぽい一団がやって来た。
「そこで止まられよ! 我々は魔国から来た使節団だ、精霊女王ベリルへの謁見を希望する!」
セドレツ大臣が代表して声をかける。さっきまでビビり倒していた割にはかっこよく決まっていますよ。セドレツさんはどうにも軽い雰囲気で女の敵っていうかイマイチ信用しきれないとこがあるけど、仕事に関しては肝が据わっていて、優秀なしごでき大臣なのだった。
しばらく間を置いてから、向こうのリーダーっぽい軍人が一歩前に出て返答してくる。
「魔国の使節団よ、ここまでよく来られた。だがしかし、精霊女王ベリルへの謁見はまかりならん! 速やかに帰られよ!」
「何ですと? あなたの所属と名前を伺ってもよろしいか?」
「私は大精霊アズラに導かれし麗人! ホリーブレの守り矢! 名はアミルカレである!」
「私は魔国の使節団代表を王命によって授けられた、セドレツ・アッシャー=グネルクル・ド・ライセルベリーハイネと申す者! このまま帰るわけにはいかぬゆえ、状況の説明を求める!」
あ、セドレツ大臣の長い名前がやっとわかった。
前にはじめて会ったときは、何が何だかわからないままに押し切られて話がはじまってしまったけど……でも、やっぱり覚えられる気がしないな。
さすがの外務大臣様というか、セドレツさんは何だかんだと歴史的な引用などを交えながら誇り高い軍人に食い下がって、とうとう守り矢の麗人アミルカレさんが折れる形で中央へと案内されることになった。いいのか、守り矢。
ホリーブレ洞窟には盗掘目当ての悪者や、どうにかして精霊の不思議パワーに縋りたい困ったさん、そして何でも思い通りになると思ってるわがままセレブなどが大挙して押し寄せるのだそうな。だから、基本的に紹介がないと入れない仕様になっているらしい。大学病院的なことかもしれない。有名だとみんな大変なんだね。私たちの場合で言えば、妖精王様の紹介状と魔国の統率者たるロワ、ミューオン・イム・ジェヴォーダン王のネームバリューで何とか認めてもらった感じだ。
そんなわけで、かなり厳重に両脇を固められながら、私たちはホリーブレ洞窟の中央部に入ることになった。
やっぱりポヴェーリアさんは、肝心なことを何も教えてくれなかったわけだね!
もうやだアイツ……アイテールちゃんにも絡んでくるし、あの男の人悪い人だよ!