4.『ホリーブレ洞窟にて』part 4.
「ム、ムー!」
宿屋の食堂で、苦しそうにムームー言ってるフワフワちゃんの前には、大きなグラタンがたっぷりと積み上げられている。
焼きたて熱々のグラタンは、エビとホワイトソースと肉と野菜がいい感じですごく美味しかった。
フワフワちゃんも私も、グラタンをはじめて食べたときは美味しいと盛り上がって、2〜3回おかわりをした。
王城の食堂なら、それで良かったはずだったんだけどね……
しかし、このことが、例のやり手な町長の耳に入ってしまったことが悲劇のはじまりって感じで。
……いや、喜劇かな?
「王子様の大好物はエビグラタンだそうで! 我が町でもとびっきりのレストランのシェフが腕によりをかけた逸品です!」
「ム、ムムー!!」
「ははは……素晴らしいお味ですね」
「きょういくがかりどのよ……そなたもきょうはんというやつではないか? おうじでんかをおたすけせよ」
「わ、私もですか?!」
次の町でも、その次の町でも、王子殿下の大好物ということで大量のグラタンが供される。セドレツ大臣が頑張ってくれたけれど、グラタンの山はなかなか減らなかった。1m四方のジャンボグラタンにエビで「ようこそ!」と書かれたものが出てきたときは、とうとうフワフワちゃんがグラタン拒否をして、自分の席から逃亡して私の膝の上に飛び込んできた。
「ムー! ムー! ムー!」
「だ、大丈夫? フワフワちゃん!」
「もうこれ以上は無理でしょう。先触れを出して、このメニューは禁止にいたします」
「仕方ありませんな」
マーヤークさんが通達をすると、セドレツ大臣が部下に指示を出して、文官さんたちがワタワタしはじめる。仕事を増やしてしまい、誠に申し訳ございません……
次の次に行った町ではグラタン攻撃こそなかったものの、エビ料理とホワイトソースの料理が別々のお皿で一緒に出てきて、フワフワちゃんは椅子から飛び上がって涙目になっていた。まあ、ほかに情報がなければ、そうなってしまうものなのかもしれない。有名税というかなんというか。相手からしたら一生に1度有るかないか、王子殿下にご用意するたった1回のご馳走のつもりでも、こっちはそれが毎回だからなぁ……
グラタン攻撃が激しかった町には、比例するように問題が山積していた。癒着体質ってやつ? 変な方向で優秀だから、王族とか貴族とかセレブなら手当たり次第に取り入るための能力に特化しているのだろう。本当にダメダメならご機嫌取りすらできないもんね。その優秀さをもっと良い方向に活かしてほしいものだ。
でもきっと、コミュ力の低い私だって似たようなことをするだろうから、あんまり馬鹿にもできないのだった。
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「次はやっとホリーブレ洞窟ですね!」
「ムー!」
「われはこのどうちゅう、ぞんがいたのしませてもらったようにおもう」
朝、宿を出てガヤガヤと魔車に乗り込むと、急にアイテールちゃんが真面目な感想を言い出したので、思わずみんなが注目した。
「このさき、ほりーぶれでどのようなことがあろうとも、われはみなにかんしゃしていることをおぼえておいてほしい」
そう、ホリーブレ洞窟に行けっていう妖精王様の依頼でここまで来たけど、そこから先は何が起こるか知らされていないのだ。アイテールちゃんの寿命に関する問題が解決するかもしれないと聞いているけど、それだって定かじゃない。
私が不安に思うよりもっと、アイテールちゃんのほうが思い悩んでいるのは確かだろう。
妖精王女様のエノコロ草パワーは、どんなに引き伸ばしてもいつか潰えてしまう。それが何年後かわからないから、もしかしたら明日かもしれないと怯えるのだ。確定していない情報は、希望でもあれば恐怖でもある。
「忘れたりしませんよ、絶対に!」
「ムー!」
アイテールちゃんの覚悟を、縁起でもないことを言うなと否定するのは違うと思ったので、私は当たり前のように返事してみた。フワフワちゃんが前向きなムードを作ってくれたので、少し表情の固かった妖精王女のアイテールちゃんは、私の肩から軽く飛び立ち、魔車の中でくるりと丸い輪を描く。その軌跡はキラキラと輝いて、さすがファンタジーの代表という感じだった。
「そうじゃな、おうじでんかのいうとおりじゃ!」
めっちゃ短いひと言しか喋ってなかった気がするけど、フワフワちゃんは、何かアイテールちゃんに刺さるメッセージを送ったらしい。
ちびっ子たちがほんわか和んでいたので、大人勢もそれをニコニコして見守るいい時間となった。
そこからはワイワイと話が盛り上がって、ココノールさんにチョコを渡したりモルドーレさんにお裾分けしたり、賑やかな道中を満喫する。
しばらくすると、魔車が止まって、目的地に着いたことがわかった。でも窓の外を見ると周囲には何もなくて、普通の森にしか見えない。
「こ、ここがホリーブレ洞窟……?」
「はい、こちらに垂直移動装置がございますので、少々お待ちください」
「え、機械なんですか?!」
ココノールさんが淡々と説明する。こういうときって普通は魔法じゃない? 精霊の国って、意外と科学的な雰囲気なのかな……?
ココノールさんが、青く光るメダルみたいな丸い石をかざすと、簡易エレベーターみたいなゴンドラがスーッと登ってきた。まずは王子殿下と執事さん、私とアイテールちゃん、そしてセドレツ大臣とココノールさんが乗り込む。レバーを操作すると、一瞬重力がなくなって体がふわっと浮き、割とエグいスピードで降下をはじめた。
「ヒヤアァァァアアァァ!!」
これは落ちてるっていうことでいいのかな?! 比較的軽いフワフワちゃんが宙に浮いたので、思わず肉球を握った。ほかの人たちも膝をついたりして落下の衝撃に耐えている。と、止まるときはちゃんとしてるんだよね?! 安全装置あるんだよね??!
子供の頃に好きだった某アリスの本では、落ちながらのんびり対蹠地について考察していたりしたっけ? ……私もそのくらいの余裕を持ちたいものだけど……でもやっぱり怖いものは怖いぃぃいぃぃ!!
するとゴンドラのスピードが落ちたのか、急に想像以上のGがかかって、私たちは床にベタッと押し付けられた。
「むぎゅうぅ……もぉ……何なのぉ……!」
なんとか止まったゴンドラの上で、私はカエルのように上体を起こした。
幸いお腹が減っていたので、虹色のキラキラを戻すようなことはなかったけど、胃袋がひっくり返るような感じで気分は最悪。
ほかの皆さんも大体似たような感じで、元気なのはアイテールちゃんとマーヤークさんぐらいだった。
フワフワちゃんは、本当だったらちゃんと着地できたはずなのに、私が後ろ足の肉球を握っていたせいで盛大に壁の辺りに打ちつけられていた。
「ム、ムー……」
「ああっ! ごごごめんフワフワちゃん!!」
かわいそうなフワフワちゃんを抱っこすると、私にまた何かされると勘違いしたのか、ムニムニと暴れて腕から逃れようとする。
妖精王女のアイテールちゃんは、翅があるのでヒラヒラと飛んで無事だった。
そのままゴンドラから降りて、ホリーブレ洞窟に一番乗りしていた。
高い岩の壁が上のほうまで垂直に続いていて、陽の光は一切届いていない。だけど所々ボウっと灯りが点いていて、真っ暗闇というわけではない。地底世界の特殊な太陽はないっぽい。精霊の国は、想像よりずっと暗めだった。
「これを落としたのは貴女かな? 美しい妖精よ」
急に声をかけられて驚いて見ると、ボウっとした灯りを持った人が立っている。
イケボなので男の人っぽい。薄い黄緑色の髪が肩までかかるくらいに伸びていて、もう片方の手にはエノコロ草を持っている。精霊国からのお迎えの人だろうか?
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
マーヤークさんが尋ねたことで、予定にはない闖入者だとわかり、私は慌ててアイテールちゃんに駆け寄る。
「われは、なにもおとしてはおらぬが……」
「では貴女にこれを贈りましょう」
そのイケメンの説明によれば、精霊の国には誰にでも見える大精霊と目に見えない精霊、そして精霊が具現化した『麗人』がいるのだという。
「私の名前はポヴェーリア。精霊の導きがあれば、また会えるでしょう」
新しい情報をいろいろと教えてくれたポヴェーリアさんは、ホリーブレ洞窟中央部への行き方とか、必要なことは何ひとつ教えてくれなかった。




