10.『賢者の選択』part 37.
無事、王城に戻った私は、複雑な気持ちで女子会の皆さんに報告をすることになった。
「えっと……取りあえず妖精王女様は大丈夫です。それで……あの……」
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
アイテールちゃんは、エメラルドグリーン色に輝く糺の森で、巫女として生きることになった。
これは、ママ・グラントノルムから受け継いだ寿命を定着させるのに妖精の結界の中で静養したほうがいいからってことがひとつ、もうひとつは妖精女王様の墓碑を守る役目が必要だから。……またテロリストに占拠されたら大変だしね。
そして、ポヴェーリアさんは、妖精巫女様を守る警護の任につくことになった。
婚約パーティーは少し地味な報告会になってしまったけど、あれからアイテールちゃんとポヴェーリアさん、あとは事情を知ってる身内のみって感じで、バタバタと魔国のトップと妖精国の王族方がファレリ島のガーデンヴィラに集まった。たぶん、これから国際会議は、このリゾート地で開催されることになるだろう。それか、天使さん達のウツロブネだね、絶対。
「アイテール様、美しく成長なさいましたこと、心よりお喜び申し上げます」
「うむ。ビスタベラ、そなたに感謝を」
妖精王様の婚約者であるビスタベラさんは、半年後に婚姻の儀を控えている。妖精王様のご懸案が片付いて、晴れて正式な妃となるらしい。
最初はアイテールちゃんを嫌ってるのかと思ってたけど、現実主義者の毒舌ってだけで、割と心配してくれていたようだ。
あのほんわかした先代の妖精女王様を見た後だと、何でこんな性格のお相手を選んだのかなと思ってしまう。妖精王様……謎だ。
ビスタベラさんは、私の隣にササッと寄ってくると、さっそく耳に口を寄せてくる。
「頑張りましたわね、ミドヴェルトさん。あなたならやってくれると信じていましたよ」
「え、ありがとうございます。お役に立てたなら良かったです」
お妃様にしては、外交官過ぎるんだよなあ……この妖精さん……
それでも、こちらを見てフフッと笑う顔がアイテールちゃんのように妖艶で、私は思わず見惚れてしまう。
ビスタベラさんは、今度はスルスルっとポヴェーリアさんに近づいてお祝いの言葉を述べると、いつの間にかセドレツ大臣と笑顔で話し始めていた。
……さすがコミュニケーション強者。
私も、本当はアレくらいグイグイ行かなきゃいけないんだろうなぁ……でも無理。人には向き不向きがあるのだ。
うっかり目が合った王様に手招きされて、仕方なく近づくと、一緒にいた妖精王様から直々にお言葉をいただいてしまった。
「あなたがアイテールのためにしてくれたこと、すべてに感謝を」
「いえ、私は何も……王女様がご自分で道を切り開いたんですよ」
「しかし、その隣には必ずあなたが居た。そして……我が母上のことにも立ち会ってくださったと聞いた。……感謝する」
「それについては、本当に何もできませんでした。すべて王女様の御力によってのことです」
「それでも感謝を。アイテールには、私の後を継いで妖精女王になってほしいと思っていたが、妖精巫女も十分に好ましい仕事だ。あの森は、特殊であるがゆえに狙われやすいのだが、今後はそういった心配も無くなるであろう」
妖精王様は、アイテールちゃんが居るほうを眺めながら目を細めて言った。
「寂しくなるがな」
巫女様は、一生独身という決まりがあって、ポヴェーリアさんとの婚約は白紙に戻ってしまった。
でも二人の僕契約は、まだ有効らしい。
妖精に生まれ変わっても、ポヴェーリアさんはアイテールちゃんに頭が上がらないのか……
でも、元麗人の王は、姫と一緒にいられるだけで満足だと言っていた。
もしかしたら、無理に恋愛関係にならなくて良かったのかもしれない。
「王女様……いえ、これからは巫女様ですね。推しは結局、見つかったんですか?」
私が花びらチョコを持ってご機嫌伺いに行くと、アイテールちゃんはニヤリと悪戯っぽく笑っていう。
「我の推しはな、お主だぞ、教育係殿よ」
「えぇ? 何でですか? ポヴェーリアさんじゃなくて?」
「あの者は別枠じゃ。お主はいろいろと我に気づかせてくれるのでな、褒美をつかわす。近う寄れ」
「え? はい……」
いつもの癖で私が素直にアイテールちゃんに近寄ると、妖精巫女様の細い指で、おでこをツンとやられてしまう。
「イタッ! 何なんですか!? いきなりィ……!」
「ふふふ……うまく行ったようだな。教育係殿には、新たに妖精巫女の加護を授けてやったぞ。それは父上に借りた加護ではなく、我のオリジナルじゃ、だから強いぞ」
「え? あ、ありがとうございます……ん? 妖精王様より巫女様が強いってことですか?」
「なんだ、知らなかったのか。妖精巫女は、この糺の森において妖精王と同等またはそれ以上の権限を持つのじゃ」
「ふぇ!? あー……バチカン的な……?」
「ばかちんじゃと!?」
「いや、全然違いますよ! とにかく、完全に理解しました。ありがとうございます!」
「ならよいが……ん?」
「え……? どうしました?」
「お主……この世界とは別の世界と繋がっておるようじゃな……?」
「あ…………」
妖精巫女となったアイテールちゃんは、この世界の理を管理し、すべてを明らかにして間違いを正す能力があるという。
私は、この世界の間違いなのだろうか……?
「ベアトゥス殿は、このことを知っておるのか?」
「は、はい……」
「ならば問題はない。かの御仁ならば、教育係殿の問題にも対処できるはずだ」
「こ、このことは、まだ秘密に……」
「気にするでない、我とお主の仲ではないか」
「あ、ありがとうございます……」
「ふむ……しかし……」
アイテールちゃんは、ゆっくりと星空を見上げて言う。
「この狭い島の中だけでも、運命の恋人たちが複数おるのがわかる……」
「すごいですねぇ……」
「縁結びの施設をマーヤーク殿に設置してもらえば、不労所得が手に入りそうじゃな?」
また悪戯っぽくニヤリと片方の口元を上げるアイテールちゃんに呆れながらも、私はアイテールちゃんが元通り元気になったみたいで嬉しかった。
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「それで? お二人はどうなりましたの?」
ホムンクルス姫が、目をキラキラさせて聞いてくる。
この公爵夫人様には、天使さんたちのお見合いパーティー第二弾を任せっきりにしてしまった。つつがなくカップルが成立し、お見合いパーティーは成功裡に終わったらしい。宇宙船にいるサリー船長からも電話が来てて、また今度みんなで食事会をするという流れになった。
そんなわけで、多少の情報は公爵夫人にお土産として渡すべきだろう。
でも……
「くるしゅうない、つつみかくさずはなすがよい」
私の後ろで、口をベッタベタにしながら花びらチョコを食べている小さな妖精が答えた。
「「!?」」
ホムンクルス姫とヒュパティアさんは、驚きのあまり声も出ない様子で、小さくなったアイテールちゃんを見つめた。
「そ、それは……アイテール様……なのでしょうか……?」
「みてわからぬか?」
「なんか、分身体らしいんですけど……私も詳しくは、まだちょっと理解できてなくて……」
「だから、なんどもせつめいしたであろ。かくちの<ようせいづか>に、ぶんしんたいをはけんしておるがゆえにだな……」
「……なるほどね、妖精巫女様の新しいスキルということかしら?」
「さすが、ひゅぱてぃあじゃの! ほめてつかわす」
「ふふ……ありがとうございます」
アイテールちゃん曰く、宗教的な意味で必要な出向だとか何とか言ってたけど……要するにチョコ目当てで、魔国に落ち着いたということみたい。
どうりで……なんか森の巫女様、人形っぽさあると思ったよ……
妖精塚に関しては、王様に報告してあるので、王都にもひとつ作ってもらえそうだ。
塚なんて名前だから、土とか岩で出来てそうな感じだけど、妖精塚はエメラルドグリーンのいかにもファンタジーな建物らしい。
建物だけでは起動せず、ひとつの塚に妖精巫女様の分身体がひとつ入ることで使えるようになるんだとか。それってセーフハウスのデコイ的なこと……?
妖精巫女のアイテールちゃんは、妖精塚をワープポイントとして使えるらしく、ファレリ島と西の森にもほしいと言っていた。その話を聞いたホムンクルス姫が、公爵領にも妖精塚を作りたいと言い出して、魔国では妖精塚の誘致がブームになっている。
妖精塚のご利益か、私もやっと水魔法が使えるようになって、さらに快適な魔国生活が送れている。
ポヴェーリアさんは糺の森に残って、静電気の妖精さんを集め警備隊を作ったそうだ。
大精霊様方は、まだ工事中のホリーブレ洞窟に、麗人さんたちを引き連れて戻って行った。
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「この石でいいか?」
「そ、そこまで大きいのはちょっと……もっとこう、普段使いもできるような感じがいいというか……」
「じゃあこれか?」
「あ、これ可愛いですね。色も明るくて好きです!」
今日はベアトゥス様と結婚指輪に埋め込む宝石選びをしている。
王都の下町にある金物屋さんは、かなり技術が向上して、いろんな魔法を込めた結婚指輪が作れるようになったらしい。
いつもならこっちから商品企画の提案をするのに、おじちゃんから連絡が来たもんで、丁度いいから勇者様といっしょに街ブラデートと洒落込んだ。
魔法は3つまで埋め込めて、デザインも結構シンプルな感じでいいと思う。
ポイントは、二人でお揃いの宝石にするってこと。
カップルデートの話題作りにもなるし、まあ喧嘩の危険もあるけど、盛り上がりそうではある。
「いい指輪になりそうですね!」
帰り道に、二人で王都の大通りを歩いていると、いつの間にか古物商のループクンドさんの前まで来てしまった。
あれからどうなったのか気になっていたので、ベアトゥス様を引っ張って店内に入ってみる。
「こんにちは〜!」
すべてが茶色い店の奥にたどり着くと、幼女のような店主のおじちゃんが、私たちを見てギョッとした顔をする。
「な、何じゃ!? またお主らか!!」
「あ、店主さん、お久しぶりです〜」
めちゃめちゃ警戒されてんな……ま、しょうがないか。これまでの出会いが、店主さんからしたら散々だったもんね。
でも今日は、ちゃんとお客さんになるつもりだ。
「お元気そうで何よりです!」
「お、おう……ま、これでもわしは、まだまだ若いからの!」
「じつは私たち、結婚するんですよ!」
「おーそうかい! そりゃ目出度いの!」
「それで……何か古いものを探してるんですけど……お勧めはありますか?」
「そうじゃな……じゃあ嬢ちゃんに、とっておきの品を見せてやろう、あれなんかどうじゃな?」
店主さんは天井まで伸びた棚にスルスルとよじ登ると、危なっかしげにプルプルと短い腕を伸ばして何かを掴み、なんだかフラフラとしながら戻ってきた。
「ほれ! 店を開いたときから売れ残ってる動物の骨じゃ!」
「うっわ! いらねえだろ、こんなの!」
勇者様が反射的に拒否するが、ここでまた喧嘩しちゃったら元も子もない。
「いいですね、いただきますよ。おいくらですか?」
店主さんは、埃だらけの骨をボロ布で磨きながら、驚いたように目を見開いた。……ついでに口も開いている。
「……本当か? じゃあ……そうじゃな……5Gじゃ!」
「やっす!! いや、これで金取ろうとすんなよ! こんなもんガラも取れねえだろうが!」
「お前は黙っとけ! わしは嬢ちゃんと商売の話をしとるんじゃ!」
何だかんだと騒がしいやり取りをしながら、私は骨を買い取った。あとは何か新しいものと何か借りたもの、それと何か青いものだっけ……?
ちょっと楽しい気分になって古物商を出ると、通りの本屋で新作の大売り出しがはじまっていた。
そういえば、小さくなったアイテールちゃんは、尊敬する作家先生のエニウェトクさんと、共同で本を出すようになったのだ。
私と勇者様のネタは絶対に使わないようにと念押しして、マーヤークさんにお願いして契約書も作ってもらったので、少しでもネタにしようとすれば原稿が焼失するようになっている。
だからまあ、少し気が楽というか……他人事として眺められるようになってはいるけど、そうはいってもやっぱり気になる。
「ベアトゥス様、少し待っててください!」
「あんなもん、ほっとけよ」
「ちょっと確認だけですから!」
本屋さんの店頭に並んでいる最新作を手に取ると、アイテールちゃんは早速あの森の出来事を赤髪悪魔にネタ提供したらしく、ママ・グルントノルムと魔法対決して囚われた乙女と運命の恋人が結ばれる大恋愛シリーズが展開されていた。
えぇ!? このシリーズ、もう3作目に入ってるのぉ……!?
どうみてもマーヤークさんのネタだと思うんだけど、チクるべきなんだろうか……?
まあ、話の種に今度機会があったら話そう。
私は、証拠品として本を一冊買うと、勇者様をお待たせしているところに小走りで駆け戻った。