10.『賢者の選択』part 36.
「アイちゃんは、この森の巫女になってもらう。それが結果的に寿命を伸ばすことになるからね」
「この……森の?」
私は、ベリル様の説明を聞きながら、何となく前向きな気持ちになってくる。
精霊女王様といえば、この異世界では神のような存在だ。いつもはふざけてワルぶってるけど、やっぱり人の願いを叶える力は持っているのだ。
ベリル様は、厳かに左手を挙げると、引き寄せるように2回腕を振る。
「キシュテム、それをこっちへ持って来い」
「へいへい……人使い荒いんだからもぅ……」
「お? そんなこと言ってイイのかな? ん? お前の弱みを俺はさぁ……」
「はいはい、ただいま持ってまいりましたよ!? これでイイんですよね、ユア・マジェスティ!?」
キシュテムさんは、どうやらベリル様に何か弱みを握られているらしい。
急にテキパキと行動しはじめて、部下さんたちを使ってママ・グルントノルムを運ばせる。
ママの横には、少年姿のマーヤークさんが俯きながら付き添っていた。
「まったく何なんだ? この場の悪魔率の高さときたら!!」
ベリル様が、嫌そうに両手を軽く広げてみせる。まあ、それはポーズだと思うけど、キシュテムさんは苦笑していた。
少年マーヤークさんはといえば、まったくの無反応で、まるで葬列に寄り添っている親戚の子供のような感じになっている。
ママ・グルントノルムは、私を見ると、人間味のある雰囲気で少し笑って「ごめんなさいね」と小さく呟いた。
もしかして、元に戻った……?
意識のないアイテールちゃんの隣に寝かされたママは、今にも消えそうだ。
ベリル様は、ママ・グルントノルムの頭を優しく撫でて「準備はいいかい?」と尋ねる。
その言葉を聞いたママは、すぐそばにいるマーヤークさんに向かって穏やかに微笑んだ。
「マーヤーク……またいつかどこかで会いましょう……」
「妖精女王様、必ず……必ず、あなた様の生まれ変わりを探し出しますからッ!」
「うふふ……待っているわ。ふう……そろそろ精霊女王様にお願いしなければね……アイテール……あなたは強い意志を持っているから、きっと大丈夫ね」
「あーもう! ホンットやだなあ……君たちときたらさぁ……仕方ない、これは特別サービスだからね、ん?」
そう言うと、ベリル様はママ・グルントノルムとマーヤーク少年の手を取って、ふうっと息を吐き目を閉じる。
まるで神様のように金色のオーラが辺りを照らし、二人の手のひらの間にポウッと白い玉が生じた。
コロン……
あれって……まさか……?
私は、その白い玉を自分が拾う魂のコアに似てると思いながらも、何となく口を出せずに一連の様子を黙って見ていた。
すると、ベリル様がこちらのほうにウィンクして笑う。
「どう? ミドちゃんの技、真似してみたんだ。ロンゲラップのやつに大体の仕組みを聞いてさぁ。アイツ、ミドちゃんのストーカーだから気をつけなよ? あの本、ミドちゃんのページだけで指3本分の厚みはあったぜ?」
そんなことを言いながら、精霊女王様は白い玉を摘みあげる。
でもその目線は完全に勇者様に向いていて、煽るかのようにニヤリと笑うと、ベアトゥス様の反応に満足したのか私にも流し目を送ってきた。
そして、また神様みたいに厳かな顔をしながら、ベリル様は妖精と悪魔に言葉を授ける。
「汝らを魂の片割れと認め、いつの世でも巡り合う運命を与える……おい悪魔、髪を上げておでこ出せって! ……そうそう、そのまま抑えてろよ」
ベリル様は、白い玉を細い指で器用にペリリと二つに割ると、玉の切断面を二人のおでこにピタッと貼り付けた。
玉はそのまま二人のおでこに吸い込まれていって、跡形もなく消え失せる。別に、派手なエフェクトもなく、それで終わりだった。
「ま、これで普通の相手よりは出会いやすくなるだろう……ただし気をつけろ? 運命の相手ってやつは、必ずしも恋人になるとは限らないんだ。追っ手と逃走犯の関係になることもあれば、親子関係になることもあってだな……」
「何度でもあなたを捕まえてあげます……私が行くまで待っていてください」
「人の話聞けよな?」
「ふふふ……待っていられるかしら? 私だって探しに行くかもしれないわ?」
「あー……もういいや」
恋人たちの会話に説明を邪魔されて、ベリル様は少々不機嫌になったようだ。
それでも気を取り直して、儀式の続きをしてくれる。
「もともと、この森には妖精女王の墓があったんだ。きっとそれを利用されたんじゃない? そもそも死人が持つには異様なほど莫大な魔力だからね。少し貰って可愛い孫に与えるくらいはいいだろう?」
「ええ、構いませんわ」
「君に魔力が集中し過ぎているのも、またおかしな話なのさ。君の息子が強い妖精を生み出せなくなっているのも、何か事情があるんだろう。君たちの問題は、繋がってるんじゃないか? ん?」
「そう言いながら、こっち見んのやめてくんないかなぁ……わかった、調べるよ……精霊女王陛下」
少し後ろで気配を断っていたキシュテム警視が、困ったように言う。
伝説の悪魔キシュテムさんは、ベリル様に一体どんな弱みを握られたというのか……私も知りたい。というか弱みを握りたい。
「それでは、この妖精女王が内包する寿命1000年を、妖精王女アイテールに与え、糺の森の巫女とする!」
精霊女王ベリル様が、高らかに宣言すると、空から光が降ってきて辺りが真っ白になった。
「では、またね……」
とても日常的な言葉を遺し、ママ・グルントノルムは枯葉になって消え去った。
「また……必ずや……」
そう呟くマーヤークさんは、大人の姿に戻っていた。