10.『賢者の選択』part 33.
「アイテール様! まさかあなた様が私の邪魔をするとは思いませんでしたぞ!!」
「退け! 今は妖精国と魔国が友好的になろうとしている最中なのだ、騒ぎを起こすでない!」
キラキラとした花火のようなものが、辺りに輝いては消え、地面に長い影を作る。
お付き妖精の弟さんと、アイテールちゃんが戦っているのだ。
どっちかっていうと……話し合いしながら魔法撃ち合ってる感じ……?
お付き妖精の弟さんは、わりと殺意高めの火魔法を撃ってるけど、それをアイテールちゃんは水魔法で細かく消してる。
仮にも妖精国の王女様としては、自国民を傷つけることはしたくないのかもしれない。
でも、あのお付き妖精の弟さんであの強さってことは……ママ・グルントノルムってどんだけ強いの!?
「なんで王女様が最前線に!? 危ないじゃないですか!」
私が周囲に噛み付くと、みんな気まずい雰囲気で目を逸らす。
いや、わかるよ。
二人が戦ってるのは、エメラルドグリーンの森の中だから、魔国民は魔法が使えないのだ。私がそうだった。
でもさ、妖精側と合同捜査なら……魔法使える妖精さんいっぱいいるはずじゃん!!
いや、わかってるよ。
今やアイテールちゃんより強い妖精なんて、ほとんど居ないだろうってことは。
レベルアップして大型化したこの妖精王女様は、大精霊様を凌ぐ実力があるみたいだし、実際のとこ今も余裕な雰囲気はある。
でもでも、私は王女様を心配してしまうのだ。
「は! そういえば他のテロリストは? ママ・グルントノルムはどうなりました!?」
「それぞれ、こちらの保護下に入っております。ミドヴェルト様、落ち着いてください」
マーヤークさんが冷静に説明してくれるのが、なんか宥めたいのわかるけど、私をわからず屋としているみたいで悔しくてわかりたくない。
そうこうするうちに、妖精対決は白熱して、お付き妖精の弟がヒステリックに叫び出す。
あいつもアイテールちゃんに諭されて、私みたいな天邪鬼気分になっているのか?
まあ……犯罪者とはいえ、兄貴殺されたらあんな感じになっちゃうか……
お付き妖精の弟くんのおかげで、私は少し冷静になれた気がする。
そんでもお付き妖精ってやつは、兄弟揃って嫌味な性格なのか、妖精王女様を責め立てる。
「王女様! 王女様!! あなたはどれだけの妖精たちを犠牲にすれば気が済むというのです!? 私は妖精国に殉じた者たちを決して忘れることはない! あなたには妖精国のためを思って行動していただきたいだけなのですよ!! 簡単なことでしょう!?」
「そなたの望み通りの展開にならないことは謝罪しよう。だがしかし、我は正しいと信じる道を行くのみじゃ! これ以上の無理はやめよ!!」
「やはりあなたでは駄目ですな! 私の計画を実行するしかないらしい!! これは私の本意ではなかったが……そうさせたのは、王女様とあの妖精王です! まったくガキの頃から使えない奴だった!! 魔国と友好的交流ですと!? 愚か過ぎて話にならん!! 妖精王の座は、譲ってもらうことにする!!」
何言ってんだ、あいつ!!
一度落ち着いた気持ちが、また一気に沸騰して、身体中の血が脳に吸い上げられるような感覚。
アイテールちゃんの苦労も知らないで!!
てめえの考えた最強の作戦とやらがすべてと思うなよ!!!
私がそう思うと同時に、アイテールちゃんも怒りを露わにする。
「そうか……それがその方の言い分ということで良いのだな」
これまで水魔法だったものが、アイテールちゃんの指先からピキピキと冷たく凍り付いていく。
威力を増した氷魔法は、目の前の叛逆者を本気で傷つけようとする王女の意志そのものだった。
「そちにはそのような権限はない……父上は、正当な手続きを経て妖精王となったお方。委譲の理由もなければ、その御意志もないであろう」
「ははは! もう寿命も残り少ないくせに、随分と強気ではないか! 幼心の君よ! ……いや今は虞を知らぬ心の君だったか? 随分と大層な名を名乗ったものですなあ!!」
もはやアイテールちゃんは、言葉を交わすことさえ無意味とばかりに、無言で氷魔法を強めていく。空中に分厚い氷の円盤が広がったかと思うと、それがバラバラと円柱状に崩れて針のようになる。
アイテールちゃんには、いったいどんな結末が見えているのか?
テロリストとはいえ、王女様が手ずから処す必要なんてあるんだろうか?
成長してものすごく強くなったけど、まだまだ落ち込むことだってある妖精王女様に、余計なトラウマを持って欲しくない。
本人もそれは考えているようで、いつでも攻撃できる状態にありながら、その行動にはほんの少しだけ迷いが見えた。
そんな一瞬の隙を見逃さず、お付き妖精の弟はニヤリと笑うと、何かの魔法を発動させた。
「甘いですな王女様! 私が王になるとでも!? いいえ、違いますぞ! 私が長年取り組んだ研究の集大成をお見せしよう! なぜこんなところに隠れ住んでいたかわかるかね!? 私はとうとう先代の妖精女王を復活させたのだ! ふははは! 行け! ママ・グルントノルムよ!!」
「何じゃと……!!」
「はぁ!?」
「やめてくれ!!!」
ママは妖精女王だったの!?
というか、復活って……死んだ女王を!? それって禁術じゃん!!
アイテールちゃんも細かい未来までは視えていなかったようで、お付き妖精の弟が何を言っているのか理解できないという顔でこちらを振り返る。
そう、誰よりも大きな反応を見せたマーヤークさんのほうを。
「妖精女王様! 駄目です!! 行かないで!!」
いつも冷静で、怒っても冷笑しているような悪魔執事が、なんだか子供みたいに泣きながらママ・グルントノルムに縋りついた。
保護された妖精たちは、呆気に取られたようにその光景を見ている。こいつらは、この件に関してだけはシロなのだろう。
ママは、まるで操られているように無表情で目に光がない。
マーヤークさんは、私が魔国に来たばっかりの頃、フワフワちゃんを私に取られたと思ってかなり号泣し、弱メンタルを晒したことがあるのだ。だから、本当は繊細なとこがあるのかもしれない。
それにしてもコレは……
いつもは職務に合わせ、イケオジの姿で働いているマーヤークさんが、どんどん若返って青年のような雰囲気になっている。
またしても存在が曖昧になってしまっているのか?
少しずつママに押し負けている悪魔マーヤークは、あっという間に中学生くらいまで小さくなっていた。
「妖精女王様! 待って……!! 行かないで、お願いだから!!」
このままだと、エメラルドグリーンの結界に泣きじゃくるマーヤークさんごと引き込まれてしまう。魔法が使えない場所で、悪魔は存在できるのか?
私が行っても無意味だけど、気ばかり焦って一歩踏み出し、勇者様に引き戻された。
「駄目だ、お前はここに居ろ……」
「で、でもあのままじゃ……!」
「しょうがないなぁ☆」
その声に私が振り返ると、伝説の悪魔であり今は警視でもあるキシュテムさんが、軽くウィンクをしながら「任せろ」とばかりに進み出た。
「マーヤークのこんな姿が見られるなんて、超ラッキーだね! みんなもしっかり堪能するといい」
そう言いながらキシュテムさんは、ママ・グルントノルムを止めようとするマーヤーク少年にそっと触れる。
「マーヤーク、その手をお離し。ママはどこにも行かないよ? さあ、こっちへおいで。大丈夫だから」
悪魔の優しい言葉を聞いて、泣きつかれた少年は眠るようにキシュテムさんの腕に倒れ込んだ。
その瞬間、ずっと無表情だったママ・グルントノルムが、マーヤークさんのほうを振り返って微笑んだ気がした。
……私の気のせいだろうか。
ママとマーヤークさんには一体どんな関係があったの……?
子育てに慣れたパパみたいに、少年マーヤークを肩の位置で抱っこしながら、キシュテムさんはこっちに戻ってきた。
「預かってもらえる?」
「あ、はい……おわっ……!」
見た目より重いマーヤーク少年を受け取ると、私は思わず後ろの勇者様にぶつかってしまった。
「無理すんなって」
「すみません、こんなに小さいのに意外と重かったので……」
「小さい? 俺にはデカい男に見えるが……」
「え?」
ベアトゥス様が何を言ってるのかわからないまま、私はママ・グルントノルムがエメラルドの結界内にサクサクと歩いていくのを見ていた。
結界内では戦いに決着がついたのか、氷の塊になったお付き妖精がアイテールちゃんに蹴り出されていた。
「ナイス王女! ママが行ったから気をつけて!!」
警視のキシュテムさんが軽い雰囲気でアイテールちゃんに声をかけて、王立警察の部下の方達が凍った妖精を捕縛している。
いくら何でも連続で戦うなんて……と思ったが、アイテールちゃんはニヤリと笑って親指を立ててみせた。
ふふふ……歴代最強の妖精王女様を心配するなんて、烏滸がましかったかもしれない。
復活した妖精女王だというママ・グルントノルムがどれだけ強いかわかんないけど、きっと大丈夫だよね!
私は、マーヤークさんを抱き止めたまま、妖精王女様の勇姿にサムズアップしていた。