10.『賢者の選択』part 32.
「あ、ここ……!」
監禁部屋の結界の隙間は、床に近い柱の継ぎ目辺りに見つかった。
ほんの1cmくらいだけど、ここから外に何か魔法を撃ってたら、外の誰かに気付いてもらえるかな……?
人手が少なそうだし、外に見張りはいないと思うけど……
いや、こんな狭いとこで使える魔法なんかないか……手が出ないからスマホ魔法は無理だし。
指ならギリ出せるけど……ッ!
「あいたた……」
木の板に引っかかって、爪の横からちょっと血が出てしまう。
この家どんだけボロいのよ……
でも逆に助かった。
魔法封じの結界は、物理を遮断する結界とは違うからね!
「よっしゃ! 穴開いた!」
釘で適当に繋げてあった壁板を慎重にひっぺがすと、外に出られそうな隙間ができた。
ありがとう、ボロ小屋!!
こっそり出てみると、見張りは居ないっぽい。
辺りは鬱蒼とした森みたいだけど、何となくすべての物がエメラルドグリーンの光を放つ、特殊な雰囲気だった。
とにかく、見つかる前に逃げるしかない!
ザッ……ザッ……ザッ……
落ち葉を踏む音が意外にうるさくて、テロリストたちに聞こえそうだけど構わない。
私は全力で森に走り込み、できるだけ真っ直ぐに進んだ。
魔法封じの結界部屋から出たら魔法が使えるかと思ったんだけど、森の中もなんだかオカシイ。
もし小屋を起点に広範囲結界が張られてるとしたら、まあだいたい円形に広がるもんだから、真っ直ぐ行けば最短距離で結界から抜けられるはず。
違ったら死ぬけど……
「ここまで来れば……うーん……ここでもまだ魔法使えないか……」
たぶん、このエメラルドグリーンの森自体が、何かの結界なんじゃないかな……?
西の森とかは、ちょっと素敵な植生だったけど普通の感じだったから、この森が何か特殊で不思議な力が作用しているとしか思えない。
いくら何でも、日陰もこんな薄ら明るいなんて、ファンタジー過ぎるもんなぁ……
でも逆に考えると、何となく清浄な雰囲気があるから、ヤバい魔物が襲ってくる可能性は低いかも。
ただし、この森には妖精のテロリストがいるのだ……
「どっちみちヤバいのに変わりないかぁ……」
ため息をついて、上がった息を整える。
はぁ……真面目にアイテールちゃんの訓練を受けとけば良かったかも……子供の頃はよく森の中で遊んだけど、もうあんなふうに走れない。
自分は、まあまあ運動神経いいほうだと思ってたけど、それは都合のいい記憶だったようだ。
魔法が使えなきゃ、ただの無力な人間なのよね……
昨日から落ち込んだり怒ったりして精神的に疲れた。追手がかかっていると思うので、ゆっくり休むことはできない。進む方向に枝を倒しておいたので、そっちに向かってまた進む。そんなことをしているうちに、空が夕方っぽい色になってきた。
ヤバいな……ごはんの時間で逃げたのがバレる。
だいぶ進んだと思うけど、エメラルドグリーンの世界から抜け出すことはできなかった。
「ふふふ……さすがに詰んだかもね……ふふふ……」
お腹が減ってきて、何だか笑える。
こんなファンタジーな場所で遭難するとは……楽しいんだか不安なんだか、自分の気持ちがわからなくなる。
とにかく魔法が使えるようになるまで歩き続けるしかない。
私は落ち葉で滑って転びながら、フラフラと森の中を進む。
見た目的にはエメラルドグリーンに光ってて可愛い森だけど、結界魔法が使えない今の私には草の葉ですら傷がつく。
自分でも知らない間に、いろんなところが傷だらけになっていた。
ファンタジーすぎて考えてなかったけど、山ビルとかマダニとか居たら嫌だな……
そんなふうに考えていると、急に光がなくなって、薄暗い場所に出た。
結界を抜けたのか?
魔法使えるかな……?
何でか、そのときはチョコ魔法を試してしまった。
「あ、出た……」
魔法で出てきたチョコは、いつもの花びらチョコだった。何も考えてないとコレが出る。甘いものを食べて気持ちが緩むと、私は思わずその場にへたり込んでしまった。正直もう一歩も歩けない。気づかないようにしてたけど、たぶん靴擦れしてるんじゃないかな……
「そうだ、連絡しなきゃ……」
やっと糖分をとった脳が正常に回りはじめて、私は外部との繋がりを取らなければいけないと考えた。真っ先にやれよと思うけど、なかなか段取り良くいかないもんなのよね。
本当はその前に帰還魔法で帰れよと思うけど、いやホント、なかなか最善手ってパッと思いつかないもんなのだ。
そんなこんなでモタモタしていると、目の前にキウイっぽい魔物が出てきた。
慌てて物理防御結界を張ろうとすると、キウイっぽい魔物は、嘴っぽいものを根本からそのまま飛ばしてくる。
マジか……!
結界が間に合わず、焦って飛び退いたものの、手の先に痛みを感じた。
やっちまった……!
こんなとこで怪我したくないのになぁ……思わず怪我した指を口に含むと、今度はすぐ後ろに殺気を感じた。
キウイより強そう!? エメラルドグリーンの森を出た途端に、次から次へとエンカウントし過ぎなんですけど!!
ガシッ……!!
「え!?」
振り向くまもなく拘束されて、思わず声を出してしまったけど、なんかこの凸凹には馴染みがあった。
あったかい筋肉の塊だ。
「ベアトゥス様? ……どうしてここが……」
は! あの謎のダメージ肩代わりスキルってやつ……?
こんな遠くても発動すんの!?
ていうか、手の指をちょっと怪我しただけなのに、ダメージ入ってた!?
「心配させやがって……! しばらく大人しくしてろ!!」
「あ、あのですね、この森には妖精のテロ組織が……」
「わかってる、あの悪魔たちも来てるから安心しろ」
後ろで喋られると、なんかくすぐったいんですが……
勇者様の説明によると、キシュテムさんの追ってる事件が妖精と関係あることがわかり、犯人のアジトを探していた王立警察が場所を特定してくれたらしい。
この森は「糺の森」といわれる聖域で、妖精国と魔国の境目にある森で、わりと有名な場所らしい。
なんでここに妖精のテロ組織がアジトを作っていたかというと、自然の結界があって過ごしやすい上に、一般的には立ち入り禁止になっていて人目を避けられるからだろうとのこと。
キシュテムさんの調査結果を聞いたチュレア様が、妖精国に話を通してくださって、魔国と妖精国の合同捜査が実現したみたい。
「くそ……こんなに傷だらけではないか……すまん、俺が目を離したばかりに……」
「あ、いえ……これは草で切っただけで……」
「ミドヴェルト様、こちらをお使いください」
「あ、どうもすみません、マーヤークさんまでいらっしゃってたんですね」
執事さんにいただいた回復薬を使うと、傷はあっという間になくなった。
それでも勇者様は全然離れてくれなくて、仕方なく私はそのままマーヤークさんに話しかける。
「あの! ママ・グルントノルムっていう妖精さんは、私に優しくしてくれたので、あまり乱暴に扱わないようにってお伝えいただけますか!?」
「ママ……?」
その名前を知っているのか、マーヤークさんは私のほうを驚いたように見て、足を止める。その後「わかりました」と何事もなかったように一礼すると、どこかへ行ってしまった。キシュテム警視にちゃんと報告してくれるといいけど……
「妖精王女も、お前を心配して来ていたぞ、後で合流すると良いだろう」
「え、王女様も!? す、すみませんご心配をおかけしまして……」
「本当だ、心配した……」
うう……勇者様が全然離してくれない……
なんか猫吸いみたいなことしてるし……
フワフワちゃんも私にやられて嫌がってたけど、こんな気持ちだったのかな……?
ごめんフワフワちゃん……!
「べ、ベアトゥス様? そろそろ向こうに合流しませんか!?」
「もう少しいいだろ、お前は俺に会いたくならなかったのか?」
「え、ま、まあ……それはもちろん」
「さては……思い出すことすらしなかったな?」
「そ、そんな……ことは……」
……あったかもしれない。
私は罪悪感で、この居心地の悪さを我慢せざるを得なかった。
これは、勇者様を最優先にしなかった罰なのか?
だって、敵が妖精だったもんだから、アイテールちゃんとマーヤークさんのことで精一杯だったのだ。
私が婚約者様対策で困っていると、近くの森がひときわ明るく輝いて、何やら騒がしくなっている。
「ベアトゥス様! 行きましょう!!」
「仕方ないな、無理するなよ?」
勢いで私が走り出すと、勇者様も腕の力をゆるめて離してくれた。
ママ・グルントノルムは無事だろうか。