10.『賢者の選択』part 31.
朝になると、ママ・グルントノルムがやってきて、木の実のパンケーキとヨーグルトサラダを出してくれた。
みんなでテーブルに向かうと、赤いパンを食べている妖精さんが、私に向かって話しかける。
「こんな美味しいパンケーキ、魔国ではなかなか食べられないでしょう? そうだよね?」
「え? はあ……」
正直言うと、厨房のおばちゃんのパンはもっと美味しい。
でも、変に煽って敵対心剥き出しにされても困るので、私は曖昧に濁しておいた。
「かわいそうに、魔国なんかで、まともな食べ物が食べられるわけないんだ」
「うむ、私は魔国のものは絶対食べないようにしているが、きっと不味いに違いない」
「まあまあ、そんなに虐めるものではないわ。このお嬢さんだって苦労しているのだろうから」
「…………」
な、なんだこいつら……?
私は違和感をメチャクチャ感じながらも、黙って出されたものを食べる。
おめーら、ベアトゥス様が作った料理食ったら、腰抜かすかんな!!
ママ・グルントノルムは、優しそうだけど裏がありそうだし、スパイ妖精たちはうまく言えないけど気持ち悪い。
丁寧だけど失礼っていうか……狭い世界で生きてそうなのに、偉そう。
ただの自然派じゃねえな、こいつら……いやまあ、テロリストなんだけど。
「そう言えば、アイテール王女が魔国の貴族と婚約するという話だ。魔国の王子を捕まえることもできないで、不甲斐ないことよ」
「えー!? 信じられないですね! 妖精国のために行動する気はないんでしょうか!?」
「王族でいい暮らししてたくせに、妖精国に尽くすこともしないなんて、酷いと思うよね!?」
妖精テロリストたちは、チラチラこっちの表情を窺いながら、さも道徳的な論調であるかのように、アイテールちゃんの悪口を言い出した。
丁寧ぶってニチャついた笑顔を浮かべているが、エグい罵詈雑言で名誉毀損レベルだ。
なんだぁ? こいつら!!
友達のために思わず反論しそうになったけど、なんか罠の匂いを感じるので、私は黙って聞いていた。
妖精たちは私の沈黙に自分たちが優勢だと勘違いしたのか、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて私にダメージを与えようと、クソみたいな世迷いごとを言い連ねる。
ははぁ……さてはこいつら、物理がムリなら精神攻撃って感じで変なこと言い出したな?
馬鹿の分際で、私を洗脳しようってか? あ?
喧嘩上等だぜ!!
ムカついて逆に冷静になったので、なんだか私はうっすら楽しい気分になってきた。
こいつらをどう料理してやろうか?
ぜってぇ許さねえかんな!!
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
朝食後、まずは大人しく監禁部屋に戻り壁や床を細かく調べ、魔法封じの穴を探しながら私は考えをまとめる。
私も結界は得意なほうなので、細かい隙間ができてしまうことはわかっている。
精霊女王様が大気圏に張った結界にも、継ぎ目にわずかな隙間があって、天使さんはそこから液体となって侵入したのだ。
私は液体にはなれないけど、魔法が使える可能性があれば、何かできることがあるかもしれない。
部屋の隅で四つん這いになっていると、急にドアをノックする音がしたので、慌てて返事をしながらベッドに座る。
「はい、何ですか?」
「いいかしら? ……ママよ」
「……どうぞ」
どうして、ママ・グルントノルムがここに?
どんな能力を持ってるかわからない大型の妖精を警戒しながら、私は部屋に迎え入れる。まあ今の私にそんな権限はないけど。ママは勝手に入ってきた。雰囲気的には恐る恐るって感じで、拷問しにきた感じではなさそう。
結界魔法ができないから、私は不安を拭えないけど、アイテールちゃんがくれた加護を信じて平気な顔をするしかない。
ママ・グルントノルムは、何か言いた気にしながらも黙っている。
こっちから話しかけるべきか迷ったけど、相手の出方を見たほうがいいかもしれない。
私はママの様子を眺めながら、ひたすら沈黙に耐えていた。
「…………」
「ごめんなさい、あの子たちがこんなことして。あなたに非がないことはわかっているわ」
「なら、私を解放してください」
「……それは、ごめんなさい。わたくしにはできないことなの……」
んじゃ、何しに来たんだよ……?
私は目の前のママ妖精に呆れながらも、神妙な顔をしたまま、この会話の意味を探る。
テロ組織のトップが人質に接触してきたんだから、何かあると思うのが普通だ。
ママ・グルントノルムは妙に明るい表情で、私と同じようにベッドに座り、首を斜めに傾げながら話しかけてきた。
「そんなことより、何か楽しいお話をしない? あなたは王城で働いているのよね?」
「……はい、そうですが……」
「じゃあ、マーヤークという悪魔は知ってる? 彼は元気かしら?」
なるほどね、マーヤークさんの情報を入手したいのか。
確かに、アイテールちゃんのお付き妖精も、マーヤークさんが撃退したと聞いた。
テロ組織からすれば、一番チェックすべき重要人物ってことになるんだろう。
「妖精は悪魔に強いと聞きました、それは本当ですか?」
「一般的な妖精はそんなに強くはないわ。でも、そうね……強い妖精は悪魔に対して強い耐性があるでしょう」
「では、マーヤークさんを害そうとするあなたたちに、教えられることはありません」
黙秘すれば拷問がはじまるかもしれない。
どういう手段に出てくるかわからないけど、妖精王の加護があれば何とかなるのか……!?
だけど、意外にもママは悲しそうな顔をして私に謝罪した。
「そうよね、あなたにとって、わたくしたちが信頼できない存在だというのはわかります……でも、わたくしはあの子たちの想いを止められないのです」
「……あなたはこの組織のトップですよね? どうして止められないんですか?」
「わたくしはあの子たちの統率者ではありません……わたくしは……」
そこまで言うと、ママ・グルントノルムは悲しそうに俯いた。
もしかすると、この大きな妖精は、本当にただのごはん係なのかもしれない。
だとすると、このテロ組織の親玉は、あのお付き妖精そっくりの弟さんか?
ママがどんな立場なのかよくわからないけど、何となく悪い人じゃなさそう……
じゃあ、何でこの組織と一緒にいるの……?
そんなことを考えていると、急にドアが開いて、お付き妖精の弟さんが顔を出した。
「ママ、何をしているのです? 危険ですから、あまり彼女に接触しないでください」
「あら、ごめんなさい。でもこんな所にひとりでは退屈でしょう? わたくし、この方のお話し相手になれるかと思ったのよ」
「其奴は、我が兄の仇となる悪魔と通じているのです。早くこちらへ!」
「は!? 私はなにも……!」
「わかったわ、ごめんなさいね」
ママ・グルントノルムは、反論しようとした私を制止すると、お付き妖精の弟さんの機嫌を取るように謝りながら立ち上がった。
ママともっと仲良くなれば、ここから脱出できるかもしれない。
外はもう昼かな……?
そろそろ私の失踪に、王城の誰かが気づいていると思うけど……