10.『賢者の選択』part 29.
「実験って何するんです?」
青髪悪魔大先生のアトリエに着くと、助手のマルパッセさんが何とか掃除を終わらせていた。
「おや、お帰りですか、師よ」
「ファレリ島の採取物はどこだ?」
「ちゃんとこちらに。先ほどミドヴェルトが……おや、ミドヴェルト」
「すみません、度々……」
「こいつの実験をするから奥を使うぞ。あいつが来ても中に入れるな」
「わかりました……お茶はよろしいのですか?」
「そうだな、奥に持ってきてくれ」
「わかりました」
「お前はついて来い」
「あ、はい……」
あ、ホムンクルス用のフタ付き瓶だ……なんか動いてるぅ……
私が久々の実験室に懐かしさを感じていると、ロンゲラップさんは重量感のある装備をゴトンとその辺に置いて、革表紙の本を開く。青髪大先生が何やらサラサラと書き込んでいるのを黙って眺めていると、マルパッセさんがお茶を持ってきてくれた。
「バタバタして済まないね、そのテーブルを片付けてもらえるかな?」
「あ、ちょっと待ってください……ありがとうございます」
「師よ、お茶を置いておきます」
「ん……感謝する」
青髪メガネの錬金術博士は、本から顔を上げることもせずにノールックで答えた。
マルパッセさんは慣れたもので、一切動じず私にアドバイスをくれる。
「ふむ……ああなると、小一時間は記録作業をしているだろう。ミドヴェルトは先に飲むといい」
「じゃあ、いただきますね」
ごちゃついてるけど変に落ち着く実験室で、私はお茶をいただきながら、亀島の話をしていいものかどうか考えていた。
妖精王様に制裁を受けて、このロンゲラップさんと赤髪悪魔のエニウェトクさんは、だいぶ長いこと亀島に封印されていたらしい。
そのことについては特にダメージなさそうな顔してるけど、この青髪悪魔は無表情なだけで傷ついてないとは限らない。
とくに、喜怒哀楽がはっきりしてる伝説の悪魔キシュテムさんの存在を知ってからは、悪魔だからって落ち込まないわけじゃないんだなーと思うようになった。
まあ、比較対象がこの無表情な青髪悪魔と慇懃無礼なマーヤークさんなもんで、100ゼロであんまり参考にならないんだけど……
本当にマルパッセさんが言ったとおり、小一時間ほど経過すると、青髪メガネ悪魔がパタンと本を閉じて私のほうに向き直る。
「待たせたな、ではさっそく実験をはじめる」
「あ、お茶冷めちゃいましたけど、あったかいの貰ってきましょうか?」
「問題ない、冷ましておいたのだ」
「え……」
もしかして、猫舌なのかな?
まあ、私も現実世界では冷やご飯に卵かけて食べるの好きだったし、人の好みはいろいろあるのかも知れない。私のご飯をあっためようとする、お母さんとの攻防を思い出しながら、余計なことはすまいと心に決める。
ロンゲラップ先生は、私を長椅子に座らせると、もったいぶって言った。
「人間族の女、ミドヴェルトよ! 今、欲しいものを魔法で出してみよ!」
……と、急に言われましても……?
思わず放心してしまったけど、え、なん……? どうしろっていうの!?
別に何も欲しくないし、困る。
っていうか、久しぶりに卵ご飯食べたい……かな?
ポンッ!!
「ひゃあ!?」
空中にご飯茶碗が現れて、慌てて受け止めると、中には白いご飯と生卵(たぶん醤油入り)があった。
キャッチしきれなかった塗り箸が、カランコロンと床に転がる。
「わ! え? うそぉ!?」
3秒ルールで拾い上げた箸を軽く手で拭くと、私は左手に卵ご飯、右手に箸で、いつでも食べられる状態になっていた。
ちょっと嬉しい……
「なんだ、それは?」
私が日本の朝ごはんの思い出に浸っていると、青髪悪魔が眉を顰めてこっちを見下ろしていた。
まあ、お上品な悪魔様には、到底ご理解いただけないでしょうとも。
「えーっとですね……これは私の好きな『卵ご飯』というもので……」
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
アトリエからの帰り道、なんだかんだで久しぶりに卵ご飯を平らげ、私は満足していた。
これまでは、ものすごく集中しないと新しい魔法が使えなかったけど、青髪大先生の魔法を重ねがけしてもらうと、すぐ欲しいものが出せるようになるらしい。
青髪悪魔さんは「まだ改良の余地があるな……」とブツブツ呟いていたが、また来週も実験があるので楽しみだ。
なんか魔力消費が激しいので、1回分の魔力を溜めるまでに1週間かかってしまうんだとか。
そんな大実験なら、事前に何が欲しいか聞いといてよ……と思うけど、こういうのは邪念が入ると失敗するらしい。直感が勝負なんだって。
だからって、ロンゲラップさんの1週間分の魔力を使って卵ご飯1膳はコスパが悪すぎるのではないか?
まあ、私は最高に美味しくて幸せでしたが……
次はどうしよっかなー?
謎の草の卵とじにしようかな……?
昔、おばあちゃんと一緒に住んでるとき、よく朝ごはんに出てたんだよね。産毛が生えた柔らかい草の卵とじ。
私はすごい好きだったんだけど、おばあちゃんが亡くなってから、何の気なしに「あれ食べたい!」とか言ったら、お母さんが「あれは婆ちゃんがその辺で取ってきた草だ!」っつって、気まずい空気になっちゃって……それから食べられないままだったのだ。
何の草か、いまだにわからないんだけど、少なくとも七草ではないっぽい。
あれもう一回食べたいな……
いや、ロンゲラップさんの1週間を、おばあちゃんの謎の草の卵とじにしてしまっていいのだろうか……?
まあ、来週になれば、また気が変わってるかもね!
久々に推しとの楽しい時間を過ごせてしまったので、私は少々浮かれていたらしい。
「おい、こいつだ!」
「よし、袋に詰めろ!」
何だかわからないままに、冴えない道端で梱包されてしまった……
今、こいつら私に「こいつだ!」って言った……?
ってことは……ご指名ですか!?
「んー! んー!」
一応、全力で暴れてみるけど、どうにもならない。
ものすごく嫌だけど、帰還魔法で……あれ? なんか魔法無効っぽい……?
詰んだ……
私は、どうやら荷馬車に乗せられて、王都を出て逆ドナドナ状態になっているようだった。




