10.『賢者の選択』part 28.
「おー! 決まってますね!!」
「だろぉ〜!? やっぱこうなるじゃん、マーヤークはさぁ、俺に冷たいんだよね〜」
王城の廊下を歩いていると、なんかビシッとした制服を着て帽子まで被ったキシュテムさんが執事悪魔に絡んでいた。
思わず私が声をかけると、キシュテムさんは恥ずかしいほどキラキラなポーズを決めながら上機嫌にウィンクする。
マーヤークさんは無言で微笑んでいるが、オーラがかなりお怒りモードだ。
「これはミドヴェルト様、どうされましたか?」
「あ、今お時間大丈夫ですか? 今度、天使さんのお見合いパーティーに使う装飾品のことで……」
「はい、それでは後ほど目録をお部屋の方にお持ちいたしますので、少々お待ちください」
「あ、それと、今回はアルコールなしでお願いしたいんです!」
「かしこまりました」
「えーなんだよぉ、マーヤークぅ! 今まで俺のこと無視してたくせに、ミドヴェルトには優しいじゃ〜ん!!」
「仕事中なので、私語は慎んでおります」
それだけ言うと、執事さんはくるりと踵を返して足早に立ち去る。
長い廊下にポツンと残された私たちは、何となく気まずい。
私はこの制服を着た悪魔を、もっとヨイショしておいたほうがいいのだろうか?
なんせ、レースの結果がどうなるかまだわからないとは言え、ほぼ当確といったレベルで女公爵様のパートナーとなられるお方だ。魔国の貴族制度がどうなってるかイマイチわかんないけど、うまく行けば伯爵様ぐらいの地位は貰えるんじゃ? 今からゴマ擂っといてもいいんじゃ?
そんな現金なことを考えている私をよそに、キシュテムさんは軽くため息をつく。
「俺ってあの子に嫌われてんのかなぁ?」
「あの子……?」
「あ、言ってなかったっけ? 俺、マーヤークが小さいときに一度会ってるんだよねぇ」
「え? マーヤークさんて、小さいときがあったんですか!?」
「ま、そりゃあ……え、ミドヴェルトって悪魔のこと知らない?」
「んー……ざっくりと自然に生まれるってことは聞いたんですけど……」
「俺だって、小さくて可愛いときがあったんだぜ?」
「あー……マーヤークさんが子供の姿になってるのは、一度見たことがありますねぇ……」
「え!? それって超貴重だよ? いつ見たの? いつ見たの?」
「いつって……えーと……お付きの妖精さんと戦った後?」
「戦闘後かぁ……魔力の消費が原因かな?」
「でも、チュレア様に魔力を絞られたときのマーヤークさんは、ものすごくお爺ちゃんになってました!」
「チュレちゃん……やっぱ逆らっちゃいけない相手だよね……」
「私もそう思います!」
チュレア様の婚約者候補となった伝説の悪魔キシュテムさんは、早くもご自分の立場がかなりヤバいってことに気づいたらしい。
これから王都に聞き込みに行くとかで、まあまあ上機嫌のまま送り出すことに成功した。
さすがに事件の内容までは聞けなかったけど、うまく解決しますように。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「ミドヴェルト様、こちらでよろしいでしょうか?」
「あ、それです! ありがとうございます!」
「ミドヴェルト様、チェックお願いします」
「あ、オッケーです! 後こっちもお願いしていいですか?」
「わかりました」
ベテランメイドさん達と、天使さんのお見合いパーティの第2弾の準備をひと通り済ませ、私は久々に裏庭を通って青髪悪魔ロンゲラップ大先生のアトリエに向かう。
ファレリ島で採取した植物をお土産に持って帰ったので、遅ればせながらお届けにあがるのだ。
「こんにちはー! おじゃましまーす……」
青髪錬金術博士のアトリエにお邪魔すると、いつになく静かだった。
最近は助手が増えて賑やかだった気がするけど、ファレリ島でわりと長めのバカンスを過ごしてしまったので、知らない間に何かあったのかもしれない。
「誰かいませんかー?」
「おやミドヴェルト、師は王都に出かけているよ?」
「あ、マルパッセさん、お久しぶりです!」
「ふむ、なんだね? それは」
「あ、これお土産なんですけどー……」
ピンク色の堕天使マルパッセさんがお留守番してるなら、まあ問題は起こってないのかな……?
残念、久しぶりに推しのお昼寝姿とか見たかった……けど、まあ仕方ないよね。
私はお土産の袋をその辺の空き場所に置くと、アトリエの中を見渡した。
「なんか……これまでで一番散らかってませんか……?」
「ああ、そうなんだ……やはり、そう見えるだろうね」
「はあ……まあ……」
私がキョロキョロと周囲を見回しながら答えると、マルパッセさんは少しがっかりしたように答える。
「これでも少しは整理したんだが……王立警察に師が連れて行かれたときにひと悶着あってね……」
「は?」
「ああいや、逮捕されたわけではないんだ。何でも技術顧問として意見を聞きたいとのことでね。確か行き先はえー……古物商のループクンド……だね。このメモによると。いや、師の文字はなかなか難読で、この情報が正しいかどうか少々怪しいが……おそらく合っているだろう」
「ループクンドって……もしかして、あの!?」
私は話もそこそこに、お土産の説明をマルパッセさんに託してアトリエを飛び出した。
店名はあんまり覚えてなかったけど、古物商といえば、あの万押しされまくってる幼女みたいなお爺さんの店だろう。
すでに何回か王立警察にガサ入れされているので、ブラックリストかなんかに載っちゃってるのかもしんない。
焦って王都の大通りを走って進むと、案の定、記憶通りの場所にあったアンティークショップに人だかりができている。
「あれぇ? ミドヴェルトじゃ〜ん! こっちこっちぃ〜!」
「キシュテムさん、はぁはぁ……な、何があったんです……?」
「あーなんか……ここの店で不審物がみつかったらしくて、調べてもらってるとこぉ? ロンゲラップ先生が来てて……」
「そーなんですね! よ、よかった……!」
「あー……もしかして、あのロンゲラップに用な感じ??」
「いえ、用はないです。念のための確認です」
どうやら本当に技術顧問のお仕事だったらしい。
魔国は、身元がしっかりしている魔国民には割とホワイトな国なので、大丈夫とは思ったけど心配だったのだ。
「と、ところで……『あのロンゲラップ』って……まさか、ロンゲラップさんともお知り合いなんですか?」
「いや? 知り合いってほどじゃないけど、行く先々で結構名前は見かけた感じ? 今日会えてラッキーだったよ☆」
そんなツチノコ扱いなのね……
私が呆れてぼんやりしていると、部下っぽい警察官がやって来て踵を揃え敬礼する。
「キシュテム警視! 技術顧問殿がお呼びであります!」
「あ、報告ご苦労! じゃ、俺は仕事しなくちゃ。まったね〜☆」
「あ、はい……お仕事頑張ってください〜」
キシュテムさんが行ってしまうと、どう見ても一般人な私を見て、部下っぽい警官さんは眉を顰める。
「あー……君は、キシュテム警視とはどういった関係でありますか?」
そういえば、この仕事はチュレア様の婚約者としても評価されるものだった。
私みたいな謎の女と仲良くしていたら、キシュテムさんがまるで浮気者に見えてしまい、ポイントが減点されちゃうかも!?
「えーっと……私は怪しい者ではなく……あのー……ちゃんと婚約者もおりまして……」
「婚約者がいるご令嬢が、単身で事件現場に乗り込むとは、よくありませんね」
うわ、話す順番を間違えたか!? まずはチュレア様の名前を出してマウント取るべきだった?
でも、変に報告が上がってご迷惑をおかけするのもアレだし……
などと私がアワアワしていると、後ろから聞きなれた声がする。
「何だ、お前も来ていたのか?」
思わず振り返ると、ゴツい手袋を脱ぎながら、青髪悪魔大先生がゆっくり歩いていらっしゃる。
か、かっこいい……! 何あのスチームパンク丸出しなゴーグル!!
青髪悪魔のロンゲラップさんは、茶色い革表紙の分厚い本を小脇に抱え、何やら鋲がたくさん打ってあるカーヴィングの美しい鞄を肩からかけていた。頭には、やはり鋲のたくさん打ち付けてある革製の片眼ゴーグルをして、レンズの部分がまるで望遠鏡のように段々に伸びている。薄青色の服と茶色の組み合わせに渋めの金色がアクセントになって何ともオシャレだ。さすがです。好き。
「あ、ロンゲラップさん……お久しぶりです」
「これは、技術顧問殿のお知り合いでしたか、失礼いたしました!」
部下っぽい警官さんは、身元確認終了とばかりにくるりと綺麗に後ろを向いて、サッとどこかに行ってしまった。
お忙しいところ、足止めして申し訳なかった……
「どうした? ここの犯人と昵懇の仲か?」
「い、いえ、そんなんじゃないですけど……」
「丁度いい、俺はもう帰るから、その資料を持ってきてくれ」
「は、はい!」
時間が空いて、よそよそしくされたらどうしようかと思ったけど、青髪の錬金術博士はいつものように私を助手扱いしてくれた。
まあ体よく使われてるだけなんだけど、最近変に持ち上げられちゃってムズ痒かったから、何となく嬉しくなって荷物持ちに徹する。
「あの、アトリエのほうにファレリ島のお土産をお持ちしておきました!」
「そうか、感謝する」
「あのー……一応スマホ魔法でご連絡しようとしたんですけど繋がらなくて……やっぱり、アレ分解しちゃったんですか?」
「ああ」
「な、何かわかったこととかありました?」
「中はモヤモヤとした霧で満たされていて、分析はできなかった」
「え……」
「それで思い出した、この後、時間あるか?」
「はあ……今日の業務は一応終わりましたけど……」
「では実験に付き合え」
「あ、はい!」
この無表情なロンゲラップさんも、ちっちゃいときがあったのかなぁ……?
私は推しの幼年期を妄想しながら、足取り軽くアトリエに向かった。




