10.『賢者の選択』part 27.
「え、違いますよ! だからぁ、ぐるぐる側から順番に……」
「こうか……?」
「いやいや、こっちはデザート用ですから……」
「……難儀じゃな」
今日は、王城の空き部屋でマナーレッスンである。
妖精王女のアイテールちゃんが、テーブルマナーを実践で教えてくれる食事会なのだ。
さすが王族だけあって、アイテールちゃんはどこに出しても恥ずかしくないぐらいの知識を持っていらっしゃる。
私と勇者様は、なんか結婚式に必要だとかで、ご馳走を目の前に「待て」状態。
二人であーだこーだ言いながら、ナイフとフォークの使い方を習っていた。
なまじ、現実世界で何となく知識があった分、細かい修正が難しい。でも、まあまあマナーを知ってる私が、今んとこ勇者様を監督するような形になっている。王城に勤めてるとは言っても、お城の食堂じゃみんな手で食べてるしね……パンとか肉とか。かろうじてスープにスプーン使うくらいか?
正直、貴族も王様もそんなもんだったから、こんな面倒なことになるとは思わなかった……
「そもそも、食事のマナーは妖精が確立したものなのじゃ」
妖精王女様曰く、すべての種族が仲良く暮らしている頃、力の魔族と知能の人間族に負けじと頑張ってた妖精族は、自然パワーだけじゃ勝てないと思って、なにやらいろんな儀式を次から次へと作っては広めていたのだとか。
そのひとつに食事の作法があるらしい。
大昔に作り出したため、どの種族も起源がはっきりしないまま、正式な作法はコレ! と妖精が作ったテーブルマナーを信じ込んでいるらしい。
本来必要ない手順を増やすってのは、いいマウントの取り方だよねぇ……
虚業の匂いがするぜ……
まあでもこれは、すべての種族に好かれる妖精だからこそできる技だよね。
一部でいがみ合ってるものの、妖精さんがやってるなら真似したいねぇってなるのだ。この異世界は。
たとえば人間族がこういったマナーを提唱したとしても、「人間ごときが何を言う」で一蹴される可能性は高いワケで。
やっぱ多少は憧れの存在じゃないと、真似したくならないよね。
その上位互換が、ホリーブレ洞窟だろう。
大精霊様方はやっぱりこの異世界においては神様的な存在だから、魔国では今、大精霊様の動静が毎日のように新聞に載ってるらしい。
いつも私にダメージを与えていた新聞が、大精霊様には両手をあげて平伏しているのだ。
先日、アイテールちゃんに付いて王都の本屋さんに行ったときに見かけたけど、なんかすごくおっきい大精霊様グッズ専門店ができていた。
商魂たくましいと言うか何と言うか……
チュレア様付きの文官さんになって、勝ち抜き婚約者レースを頑張っているキシュテムさんは、王立警察に出向になっていた。情報漏洩の犯人を探す任務についたらしい。その情報は漏洩していいのか? と思うけど、まあアイテールちゃん経由だから、ギリOKってことで。
しっかし、この二人、かなり連絡しあってるね。
相変わらず相性抜群で何よりですが……大丈夫なのか? ポヴェーリアさんは。
などと思っていると、ドアが急にバンと開いて、当のポヴェーリアさんが闖入してきた。
「できたよ! この花の角度がポイントだったんだ、こうして斜めにすると抵抗がなくなるから……」
「ポヴェーリア、今は教育係殿と人間の勇者殿がいらっしゃるのだ、控えよ」
「ああ、これは……失礼、ミドヴェルト。それに、あー……人間の勇者よ」
「ベアトゥスだ、よろしくな」
「よろしく、ベアトゥス。あー……ごめん、アイテール姫」
「よい。それでは報告を聞こう」
「そう! あのね! 僕が作ったこの動力源は、胸に埋め込むことで全身に魔力を送ることができるんだ! それでもう少し小型化できれば完璧なんだけど、基礎的な部分はほとんどできたから、後は少しの調整だけで……」
ポヴェーリアさんの話を聞きながら、私たちは呆気に取られていた。
アイテールちゃんは、興奮して早口でまくしたてるポヴェーリアさんに慈母の微笑みを向けている。
まあ、二人がいいならそれでいいけどさ……
「なんだ、あいつら聞いた話よりうまく行っているではないか」
「なんです? まだ拗ねてるんですか? 今日はちゃんと、私からベアトゥス様のお部屋にお迎えに上がったじゃないですか」
「べ、別にだな、嫌味のつもりではなかったのだ……すまん」
テーブルマナーの講義が一時中断して、暇になった私たちは、目の前の麗しい恋人たちの戯れあいを眺めているしかない。
勇者様が急に顔を赤くして、変に顔を逸らすもんだから、私はなぜか照れてる筋肉勇者に詰め寄りたくなってしまう。
「どうしたんです? 急に素直ですね。これまでは王女様の苦言にしか反応しなかったくせに。何かあったんですか?」
「な、何を言う! 何も無いに決まってんだろ!」
「怪しいですねぇ……」
なんだか興が乗ってしまって、斜め下から上目遣いで覗き込んでみると、勇者様は目を泳がせて必死の形相だった。
何か……これ以上追い詰めると、破壊衝動みたいなスキル発動しそうで怖いな……
うん、ここらでやめておこう。
「ま、別にいいですけど」
「……いいのかよ」
ん? もっと追い込まれたかったのか??
最近のベアトゥス様は、わかりやすいようでわかりにくい。
テーブルのご馳走は、勇者様の作ったものじゃないけれど、すごく美味しそうだ。
「……お腹すいちゃいましたね」
「もう小一時間以上は経ってるからな」
「……勝手に食べちゃいます?」
「いいのか? 王女に怒られるぞ」
「どうせ気づいちゃいませんって。ベアトゥス様も共犯ですよ? はい、あーん♡」
「おっ……お前! またそんな!」
勇者様は、拒否するようなことを言いながら、素直に私の差し出すにんじんグラッセを食べた。
「ふふふ……どうです?」
「……思ったより甘いな」
「これは私の好きなメニューなんです。バターと砂糖でにんじんを……」
「お前の世界の食い物なのか?」
「たぶん……厨房のおばちゃんに聞いたら、こっちには無いって言ってましたし……」
「これを作ったら、お前は喜ぶのか?」
「はあ……それは、まあ……」
「なんだ、はっきり言え」
「えっと……これは、付け合わせなんですよ。だからステーキと一緒に食べたりするんで、むしろステーキの喜びが、こっちのにんじんと結びついてるって言うか……」
「大量には食いたくないってことだな?」
「まあ、そうなりますね」
私がよくわからない会話を勇者様と展開しているうちに、アイテールちゃんとポヴェーリアさんのやり取りは終わったようだった。
「コラそこ! 勝手にイチャつくでない!」
いや、イチャついてる人たちに言われたくないんですけど。




