4.『ホリーブレ洞窟にて』part 1.
「おはようございます……」
魔車の近くで待ち合わせた面子は、妖精王女のアイテールちゃんと、魔国の王子殿下であらせられるフワフワちゃんこと正式名称タウオン・イム・ジェヴォーダン様。そしてやる気にあふれたいい笑顔の執事悪魔マーヤークさんと、王子様付きの騎士モルドーレさん、外交交渉なんでもおまかせのセドレツ大臣、あとは謎の新顔ココノールさんだ。パッと見、可愛い系のエルフさんで、たぶん女の子だと思う。ちっちゃいし。
「はじめまして、通訳兼案内役のココノールと申します。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
「ムー!」
実をいうと、昨日あんまり眠れなかったので、私はこっそり魔車で寝ようとしていた。でも、私と私の肩に座るアイテールちゃんの隣にはフワフワちゃんを抱えた上機嫌のマーヤークさんが座り、向かいの席には新顔のココノールさんとモコモコ騎士のモルドーレさんが座っている。正直、眠れない。
セドレツ大臣は、相変わらず別の魔車で、文官さん達とギリギリまで仕事をするらしい。
いつも騎士に紛れてるはずのマーヤークさんは、今回は堂々とフワフワちゃん付きの部下としてついて来た。どういう計画なのかわからないけど、妖精国でのいざこざみたいな問題が起きなければいいなぁ……不老不死とか長生きって、一瞬憧れちゃうけど、やらかすタイプだと面倒くさそうな感じ。
ホリーブレ洞窟までは、他国を横切っていくので結構時間がかかるらしい。一旦南に向かってから西に行くみたいな感じ?
図書室で調べた限りでは、ホリーブレには高位の精霊が棲みついていて、独自の文化を形成しているらしい。だから、ワイルドな探検というよりは、他国に訪問って感覚で向かっている。服も新調してきたし、ホリーブレ洞窟のドレスコードに合わせたシースルーなシフォンドレスも持ってきた。何だか知らないけど透明感が重要で、ホリーブレ的な雰囲気を壊すと重罪に科せられるそうだ。もうすでに嫌な予感がしているけど、ミスを引き寄せないためにも必死に気づかないふりをする。
というか、マーヤークさんとかモルドーレさんに透明感……あるか?
私は何気なくガラスの甲冑をつけたモルドーレさんや、白系のゆめかわ制服を身につけたマーヤークさんを思い浮かべてしまう。に、似合わなさがすごい……
精霊の国ってどんなとこだろう……本でだいたいのことは調べたけど、写真のない時代っていう設定なので、中世のヘボヘボな挿絵じゃイマイチ想像がつかなかった。
妖精国は自然派ファンタジーな感じで葉っぱのおうちとか可愛かったけど、精霊の国はもっと神秘的なのかもしれない。いや、そうであってほしいと思う。せっかく異世界に来てるんだし、ただのヨーロピアンな雰囲気からは大幅に逸脱してほしい気もする。
でも洞窟に街ってあんまり明るそうじゃないよね……精霊の光とかで地下世界みたいに擬似的な太陽があったりするのかな? まさかの暗闇で、みんな目が退化してたらどうしよう。
「そうきんちょうするでない、きょういくがかりどのよ」
急にアイテールちゃんに話しかけられて、私は魔車が動き出してから身じろぎもしていなかったことに気づいた。もっとみんなに話しかけて、積極的にムードメーカーになるべきだったかもしれない。反省。
「いえ、緊張してるわけじゃないんですけど……」
「ご安心ください、ミドヴェルト様。道中の宿は、この私がすべて手配済みですので」
「あ、ありがとうございます」
いや、宿の心配はしてないんですけどね。マーヤークさんが満面の笑みで自分の仕事をアピールして来たので、なんだか大袈裟なことになってなきゃいいなと思う。下手すると宿屋の区画一帯を全部借り上げてそうだ。公爵領に行ったときみたいな、気軽な修学旅行感は満喫できなさそうなのは確かだろう。
「ミドヴェルト様、ご質問があれば今のうちにどうぞ。あちらでは、魔国の常識が通じない部分もございますので」
ツアコン要員のココノールさんが話しかけて来たので、いい機会だから結界像のイベントについて相談してみることにした。
「ココノールさんて、いつもはどんなお仕事をなさってるんですか?」
「え、私……ですか? 通常、外国にお出かけになる方の付き添いで通訳をしたり、出先での観光スポットをご紹介したりしています。魔国内にあまり留まっていないので、今回はたまたまこの仕事をお受けできまして僥倖でした」
「お忙しいんですね〜」
国外限定かぁ。それじゃ、公爵領での結界像イベントとかは引き受けてもらえそうにないな……などと考えていると、ニコニコしながら話を聞いていたマーヤークさんが、爆弾情報をぶっ込んできた。
「ココノール殿は、ミドヴェルト様ともまったくの無関係というわけではないのですよ。大司教ロプノール様の妹なのですから」
「うえぇ?! 本当ですか?!」
「本当です。兄がお世話になっております」
「え、でも、ロプノールさんからは何も……」
「私は、兄が家を出てから生まれましたので、向こうは私の存在を知らないのです」
「そ、そうなんですか……」
複雑な家庭環境なのだろうか? ロプノールさん関連で一気に新情報がてんこ盛りだ。あなたのお兄さんは今ちょっと体調不良ですけど、可愛いウサギ系彼女ができそうですよ、と言いたいけど言えない……
よく見ると、ココノールさんにもちょっとツノが生えてるっぽく見える。角エルフっていう種族が、魔国のどこかに村を作っているんだろうか?
「あの、お兄様にお会いになったりはしないんですか?」
「時間があれば会っても良かったんですけど、仕事が立て込んでおりまして」
「はあ……何かご伝言があればお伝えしましょうか?」
「特に伝えるべきことはございませんので」
あるだろ? 妹の存在なんて、大ニュースだろ?!
などと思いながら、私は黙り込む。これ以上、仕事の席で家族問題に突っ込まれたくはないのかもしれない。ココノールさんが素っ気ないのは、深掘りしてくんなという牽制なのだろうか。
でもとりあえず、帰ったらソッコー喋っちゃいそうでウズウズするから、ダメ元で確認しておこう。
「あの、ロプノールさんにご自身のことを秘密にしておきたいってわけじゃないんですよね?」
「ええ、何でしたら私が会いたがっていると兄にお伝えくだされば幸いです」
「わ、わかりました。伝えておきますね!」
ココノールさんは、何でもないというふうに抱えた書類を持ち直す。もう私の魔法の転移先がロプノール君のとこな時点で縁を切るのは不可能なんだし、妹さんとも仲良くしちゃったほうがいいのではないだろうか?
応相談で、国内のイベントにもアドバイスがいただけるのではないか?
聞かないまま、ずっと引っかかって変な感じになっちゃうくらいなら、聞いてみようよホトトギス。
「ココノールさん、私、結界で像を作るイベントを考えているんですけど、ご協力いただくことってできますか?」
「え? 結界……ですか? 像?」
「そうなんですよ。私の故郷では、冬に雪像とか氷像を作ってお祭りをしていたんですけど、それを結界でできたらいいなと思ってて……」
「ちょ、ちょっと待ってください。結界で像なんてできるんですか?」
「まあ……ちょっと丸っこくなっちゃいますけど、いくつか組み合わせれば……」
「ミドヴェルト様は、防御魔法が得意なのですよ。魔国の一部にも常時結界を張っていらっしゃいますし、先の騎士団試験でも結界のグラスを支給されたとか」
「は? グラス? 結界で……ですか?」
ん? マーヤークさんて騎士団試験のときコロッセオに居たっけ?
まあ王城の偉い執事さんなので、情報収集能力も高いのかもしれない。フツーに王様あたりから聞いたのかもね。
ココノールさんは、私とマーヤークさんの顔を交互に凝視しながら、何とか冷静さを取り戻してため息をついた。
「なるほど。結界の像を制作することが本当に可能なのでしたら、イベントも成功する公算が大きいですね」
「本当ですか?! 実は公爵領でできたらいいなと思ってるんですけど、国内のお仕事もお願いできるでしょうか?」
「構いませんよ。私も結界像に興味がありますし……このお仕事が終わったら、一度詳しいお話をお聞かせ願えますでしょうか?」
「あ、ありがとうございます! 結界魔法使いを育成するためにもなると思うし、最終的には全国的に参加者を募集したいんです! それに……」
「まったく、今さらですが呆れましたねぇ。結界を像にするなど、ミドヴェルト様らしいというか」
「いやはや、ミドヴェルト殿には驚かされるばかり。ですがその話、もし実現するのであれば、ぜひとも騎士団にもお知らせいただきたいものです」
マーヤークさんが会話に混ざって来たので気安くなったのか、モルドーレさんも前向きなご意見をくれた。っていうか、イベントを利用して騎士団の結界要員を訓練しようとしてる??
まあ私自身、遊び半分のワークショップみたいな感じで定着すればいいなあと思っているし、お役に立てそうなら何でも使ってほしいと思う。
現実世界でも、雪まつりに自衛隊とか参加してたもんね。
そんな話をしているうちに、魔車は本日の宿に到着したのだった。