3.『蛇男君の昇進試験』part 7.
蛇男君は、なかなか良い顔つきになっていて、遠目からでも自信を持って戦っているのがわかる。
しかし5人目の相手はヒヅメ系のヤギみたいな大男で、もし合格して騎士になるとしたら、きっとモルドーレさんの居るべへモト騎士団に入るだろうと思われる強者だ。ガタイでは蛇男君の方が完全に分が悪い。
「あー今度こそヤバいかも……」
私は久々に神様にお祈りする体勢をとっていた。蛇男君の頑張りは、かなりアイテールちゃんを支えているように見える。つまり蛇男君の勝利と成功が、この妖精王女ちゃんの生命力に影響を与えるのだ。オー・ヘンリー短編集で言えば『最後の一葉』みたいなもんなのだ。……と思う。
ある意味において、もはや蛇男君はアイテールちゃんの「推し」とも言える存在になっているんじゃなかろうか。
いまや蛇男君の喜びこそが妖精王女様の喜びであり、蛇男君の起こす奇跡こそがアイテールちゃんにも奇跡をもたらすんだとしか思えなくなってきた。
奇跡とは何か。
戦場の勝利である。
どこかで読んだ本のフレーズが頭に浮かんでくる。現実世界で大好きだった学者さんの本だ。小難しいはずの話がリズム良く、そしてちょっと皮肉まじりに書かれていて、すごく楽しく読めた記憶がある。
そしてまさに、蛇男君がこの試合に勝利するのは奇跡に近いと言えるだろう。
万全の状態ならまだしも、脱皮したてでやわらか鱗の体には、痛点が剥き出しのような状態で散らばっている。私のデコピンで悶絶してたくらいだし、あんな強そうな敵の攻撃を喰らったら、蛇男君はあっという間に戦闘不能になるに違いない。
敵の攻撃を完全に防いで、なおかつ相手には効率良くダメージを与えなければいけないのだ。
ほとんど無理だ。
いやいや、私が諦めてどうする! でも相手だってここまで4人抜きしてきた猛者だし、侮れない……っていうか、侮りようがないくらいに強そうだ。
「きょういくがかりどの……われはあのもののしょうりをこいねがう」
「私もです、王女様」
妖精王女様の祈りが、蛇男君の加護となりますように。
女子二人が揃って祈りの姿勢をとったので、フワフワちゃんはムームー言うのをやめて静かになってしまった。それに気づいたセドレツ大臣は「大丈夫ですよ」と気休めに優しい言葉をかけてくれる。
さすが外務大臣だけあって、こまめな気遣いがハンパない。
テキトーなこと言わないでほしいけど、そんな社交辞令的な定型文にさえすがりたくなる状況だった。
「よくご覧なさい、蛇男君は的確に相手の攻撃を受け流しています。一方、相手は少し無理をしていますね。ダメージをものともせず、力押しで前に出ることにばかり気を取られています。退避行動をまったくと言っていいほど取っていない。今までの相手はそれで打ち勝てたかもしれませんが、蛇男君相手にどこまで通じるかは疑問です」
「な、なるほど……」
意外にもセドレツ大臣は、しっかりと蛇男君とその相手を見た上で大丈夫と言ってくれたらしい。そう言われると、蛇男君の攻撃は地味だけど、確実に相手にダメージを与えているようだ。派手な動きをしているせいで、相手のほうが攻撃をしまくっているように見えてたけど、蛇男君はノーダメージっぽい。
「い、行けますよ! 王女様!」
「そうじゃな……そうあってほしいものよ……」
「ムー!」
私達が元気になったのを見て、王様が満足気に振り返る。セドレツ大臣は、やり切った感を醸し出しながらカップ酒を飲み干した。
試合は熱戦の様相を呈し、激しい切り込みを重ねるヤギ系大男に、蛇男君が槍術の突きを繰り出す。固唾を飲んで見守っていると、何度目かの突きが当たり判定にバッチリ刺さり、KO勝利で蛇男君が5人抜きに成功した。
「やったああぁぁ!!」
「ムー! ムー!」
「やりおるな!」
これで蛇男君は騎士になれるはず!! 喜びのあまり目の前のイチゴを頬張る。すると、クリームがまったくなくてフワフワちゃんの分を食べてしまったことに気づいた。確かにちょっと酸っぱい……何でクリーム全部舐めちゃうかなぁ……
「ちょっとフワフワちゃん! イチゴ残しちゃだめでしょ!!」
「ム……ムムー!」
残りのイチゴを王子殿下の口に放り込むと、フワフワちゃんは酸っぱさのせいか尻尾がボサボサになって涙目になる。好き嫌いはいけないこと。大きくなれませんよ。
「はっはっは! さすが教育係というわけですなあ!」
一連のやり取りを見ていたセドレツ大臣が、堪えきれないように笑い出した。ほかのおじさん達も声を出さずに笑っていて、何だか恥ずかしい。
「へ、蛇男君のとこに行ってみましょう、王女様!」
「それはよいかんがえじゃ」
「ムー!」
私たちは、慌ただしくロイヤルボックスから出ると、1階のロッカールームへと向かった。体良く逃げたわけじゃない。だいぶ前から、5人抜きに成功したら蛇男君を労おうと思っていたに決まってるじゃん! ……ということにしといてください……
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王子殿下の顔パスでバックヤードに入ると「ロッカールームはこちらです」と先導してくれるスタッフさんがついて、私たちはスムーズに蛇男君の元へと案内された。
「蛇男君! 5人抜きおめでとう!!」
「あっ! ミドヴェルトさん! お、王女様に王子殿下まで?!」
「ムー!」
「よくやった! われはうれしいとおもう」
「あっ……ありがとうございます!!」
蛇男君は照れながらも「まだ試合がありますから」と謙虚に構えていた。さすがだね、蛇男君。勝って兜の緒を締めるタイプなんだね、君は。なんか無意味に突撃しちゃったけど、5人抜きしたら騎士になれそうってのは大臣達の与太話かもしれないので、あえて伝えずに黙っておいた。もしかしたら6人抜きが必要かもしれないもんね。
何だかフライング感も否めないので、フワフワちゃんにアドバイスを求め、今後の試合に活かしてもらうこととなった。そうさ、必要な情報を届けに来たってことにすればいいんだよ!
蛇男君は、真剣な眼差しで王子殿下の助言を聞いている。妖精王女のアイテールちゃんはといえば、水を飲ませようとしたり私がみんなに配布した栄養補給のチョコバーを食べさせようとしたり、かいがいしく世話をしていた。次の試合はさすがに負けるかもしれないけど、今この瞬間はみんな前を向けている。ありがとう蛇男君!
そうこうしていると、ロッカールームに文官さんがやってきた。
「アンチン・ドゥ・テンプル・ロードヌル・ゴッドヴァシュランズオルム殿、貴殿の騎士団への入団希望が受理された旨、お知らせに参りました」
「え?! ほ、本当ですか!!」
「なお、初日は予備工兵団に参上のこととなっております」
「あ、ありがとうございます!」
あ、合格したこと教えちゃうのね……というか、今日一日でいろんな人の本名を知ったような気がする……蛇男君の名前、めっちゃ長いな……もう蛇男君でいいよね。
騎士団に入団できた蛇男君は、次の試合で嘘のようにボロ負けした。
疲労が溜まっていたのか緊張の糸が切れたのか……やっぱ、どうみても合格したことを教えないほうが良かったと思うんだけど……まあいっか。
☆゜.*.゜☆。'`・。・゜★・。☆・*。;+,・。.*.゜☆゜
「よかったですね、王女様!」
「うむ、われもうれしい……あのものは、おのれのみちをてずからきりひらいた。あのものにできること、われにできぬよしはないであろう」
「そうですとも! ホリーブレ洞窟に行けば何かつかめますよ!」
「そうじゃな、きょういくがかりどのよ……かんしゃする」
蛇男君のおかげで、アイテールちゃんもかなり元気になってくれたと思う。最後はちょっとアレだったけど、笑って終われたことは確かだ。
妖精王女様だって、やってできないことはないって! きっとうまく行くって!
もうこうなったら、私が修造になってアイテールちゃんのモチベを上げていくしかない!
妖精だって成長できる!
前向きに進めばいいことあるよ! いや、失敗したって大丈夫!!
私は、そこはかとなく忍び寄る不安をどうにかして打ち砕いてやろうと、もう無理やりだけど全方位系空元気MAXだったのだ。
そのせいか、すっかり忘れていた。
コロッセオからの帰り道、王城の裏庭近くのアトリエに差し掛かると、偶然にも青髪悪魔のロンゲラップさんと鉢合わせた。アイテールちゃん含め、王族関係者と大臣さんたちは魔車でお帰りになったので、私ひとりだけ出店の片付けとか反省会に参加した後の夕暮れどきである。
「……あ!」
「……なんだ」
思わず人様……じゃなくて悪魔様を指差してしまい、慌てて話を切り出す。
「あのですね、教会の大司教様が、回復薬の効かない病にかかってしまったんですが」
「それで? お前も感染したか?」
「いや……移ってはいません……よね? 昨日の今日じゃ潜伏期間が……」
私が不安になって自分の体を確認しはじめると、ロンゲラップさんは革表紙の本に何やら書き付けながら呟いた。
「わかった。あとで診ておく」
「よろしくお願いします!!」
これで良し……忘れてたわけじゃないよ。ちょっと忙しかっただけなんだよ。でもさ……タイミング逃すと、頭からすっぽり抜けちゃうことってあるよね。……ないか? いやあるだろ!
ロプノール君が苦手だからといって、さすがに見殺しにするわけないって!
なぜか良心の呵責を感じながら、私は自分に必死に言い訳をしていた。王様に言われた「他人に興味ない」って言葉が、意外にもグッサリ刺さっていたのかもしれない。自分で思ってるのと他人に指摘されるのじゃ、なんかショック度が違う気がする。
私の周囲には、現実世界でも異世界でもチャキチャキしてて面倒見のいい人が多かったので、無意識のうちにそうならなければいけないと思っていた。
私は良い人じゃない自覚はある。だから頑張って良い人ぶってる。でも何故?
うまく生きるため? みんなを騙して得したい? わからない……というか、別に悪いことしたい欲もないんだけど。
確かに私はボンクラで、ベアトゥス様にも毎回怒られてばっかだし、人としてなんか足りないんだろうなってことはわかってる。ただ何が足りないのかはさっぱりわからない。うーん……
昔の知り合いとかクラスメイトとかも、愛称で覚えてて、疎遠になったあと本名が思い出せない子が結構いたな……人の名前とか年齢とか家族構成とか覚えるのって苦手だ。こんな奴、絶対嫌われるよなぁ……
などと考えながら歩いていると、いつの間にか王城の部屋にたどり着いていた。
明日はとうとう出発の日だし、今日はもうチョコ食べて早く寝よ……