10.『賢者の選択』part 12.
「ピオナさん! この計画書なんですけど……」
「あ! ピオナさん、ちょっといいですか? これって……」
「ピオナさん!」 「ピオナさん!」 「ピオナさ〜ん!!」
……私の積極的なアプローチで、ピオナさんとの距離感はかなり近くなったんじゃないかと思う。
コツはだらだら絡まないで、用事が済んだらすぐ退散することだ。
今のところ、私たちは仕事の関係で繋がっているので、頑張っていい仕事をするのが最優先。
そんでもってチョロっとプライベートの話題をしつつ、聞きたい情報を少しずつ集める。
ちょっとだけ悪魔キシュテムの軽さを参考にして、とうとう一緒に代官様のお墓参りに行く約束を取り付けた。
「というわけで、ピオナさんの謎に迫れそうです。ありがとうございます、キシュテムさん」
「お、おう……良かったな」
図書塔で、アイテールちゃんとキシュテムさんに報告がてら感謝を伝えると、伝説の悪魔はなんだか照れてそっぽを向いてしまった。
アイテールちゃんは、唇をイタズラっぽく片方だけ上げながら、私にヒソヒソと悪魔の事情を教えてくれる。
「キシュテム殿は褒められることに慣れておらぬのだ。偽悪的な行動ばかりしておるからな。どうも悪魔というよりは守護天使のようじゃの」
「ばっ! 何ゆってんだよ、俺は悪魔だっつの!」
「まあ怒るでない。教育係殿によれば、悪魔は堕天使といって、元は天使だったらしいぞ」
「はぁ!? あんなのと一緒にすんなよ!」
確かに、この異世界の悪魔と天使は、地球人と宇宙人ぐらいに違うものだ。
現実世界ではいろいろと違う設定だったみたいだけど、この異世界の悪魔さんたちは、何というかすごく人間的だよね。
それに、天使と戦ってないっていうか、自由気ままに好きなことやってる気がする。
この異世界で天使と戦う使命感持ってんのは、どっちかっていうと大精霊様だもんなぁ……
私は、年なのか若いのかよくわからない伝説の悪魔を見ながら、どっちかっていうと立場が上っぽくなっているアイテールちゃんを尊敬した。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「こんなところにお墓が……」
セナイレン・ロージ卿のお墓は、海が見える高台に積み上げられた石のオブジェみたいな、ちょっとした小山になっていた。
まあ……ガーデンヴィラのテラスで見たときは、この小山の2倍はあった気がするし、だいぶサイズダウンしたのだろう……RIP
私が持ってきた花束を置くと、脳内代官様が直々にお言葉をくださる。
(わざわざありがとう……感謝する)
「いえ……」
思わず声に出して答えてしまったけど、すぐ止めたのでピオナさんにはバレていないと信じよう。
どうしたらいいかわからないので、何となく手を合わせてしまう。
目を閉じて、脳内代官様が成仏しますようにと念を送ってみたが、何だか居心地悪そうな咳払いが脳内に響いただけだった。
「私、ここに来てもまだ実感が湧かないんです……」
ピオナさんは、穏やかな口調で話しはじめた。私は、何と声をかけていいかわからず、取り敢えず背中に手を置いてみた。肩の方が良かったか? ちょっと悩んでいると、ピオナさんに服の裾をつかまれる。
一応、嫌われてはないっぽい……?
どうしたらいいのかな? 代官様、何か伝えたいこととかありませんか??
私が困っていると、脳内代官様の声が頭の中に響く。
(アギー……いや、ピオナには苦労をかけたと思う……彼女は立派に自立した女性だし、私からは何もいうことはありません)
そ、そうなの……? じゃあ、それを意訳で伝えてもいいのかな……?
私は、謎の流れでピオナさんに肩を貸すような格好になり、ちょっとフラつきながらも頑張って耐えた。
「あの……ゆっくり心を整理していけばいいんじゃないかと思います。今のピオナさんの頑張っている姿を見れば、きっと代官様もご満足ですよ」
「……そうでしょうか」
「そうですよ、きっと」
下を向いているピオナさんの顔は見えなかったけど、あんまり納得のいってなさそうな声だった。こんなとき、なんかうまいこと言って場を収める友達がいたっけなぁ……なんて言ってたっけかなぁ……などと私が言い淀んでいると、ピオナさんは急に感情的になって否定をしはじめる。
「いいえ、いいえ……! あの人は私の罪を知れば、決して私を許さないでしょう。私は、私が……アギーを殺したのです! 私がアギーの養分を吸い取って死ぬに任せたのです! 私は……アギーになりたかった!」
「え……いや、でもそれは……えっと、自然の流れってやつですよね?」
「いいえ! 私は明確にアギーを切り離したのです! あの人の口からアギーという言葉が出るたび、私の闇を見透かされているようで怖かった。私は自分でも驚くほどに薄汚い女なんです……笑顔の裏に淀んだ独占欲を隠し持っていたのです……!」
え、え、ど、どうしよ……
なんか方向性ヤバくない? これ……
私は泣き出すピオナさんを抱きかかえながら、初対面のときに『弱い魔物は強い魔物に食べられて当然』とか言ってた姿を思い出す。
アレって……自分がアギーさんの栄養を食べちゃったから??
でも植物だし魔物だし、何が普通で何がどうヤバいのか私にはわからない。
「と……取り敢えず、落ち着きましょう。あ、そういえばホラ、ピオナさん泣いてますよ今! ね、ピオナさんはそんな悪い人じゃないですよ、代官様もきっとどこかで見てくださってますから」
どどどうしよ……これって、犯罪の告白なの!?
でででもさっき、代官様を独占したいとか言ってたよね?
つまり、愛の告白???
ピオナさんは、双子のアギーさんを殺しちゃうくらい代官様を好きだったってことだよね?
「いいえ……あの人が最後に残した名前はアギーだった! あれはアギーへの謝罪と愛! 私ではない……」
「ピオナさん……」
これでも私、でっかい勇者様に泣きつかれたこともあるし、少しくらい体重かけられても大丈夫ではあるのだ。
ただ、話の内容が思いのほかヤバい。支えられる気がしない。
(すまない……きっと私のせいでしょう。あのときいつもの癖で、ついアギーと言ってしまったのです。しかし私が想定していたのはピオナであって、アギーというのは単に愛称のようなつもりだったのです)
脳内代官様は、何だか狼狽えたように私に言い訳をした。あのときってのは、ポヴェーリアさんにご遺言を伝えたときのことかな。
二人の愛はきっと尊いものだったのだろう……でもこの状況はあまりに重い。
愛って何? 執着? もうよくわからん……
私は何かしないといけないような気がして、とにかく「大丈夫、大丈夫」と呟きながらピオナさんの背中をさすっていた。
全然大丈夫じゃない気がするけど……
認識のズレって怖い。
お互いに言葉の定義が違うと、想いは通じないのだ。
ヴィトゲンシュタインも言ってたよ。同じように高い知能で、使用言語も同じ人間がじっくり話し合っても、70%ぐらいしかわかりあえないってさ。
「自分でもわがままだとはわかっているのです。こんな……醜い感情をあの人に見せることなどできませんでした……あの人には私を……アギーのように優しく美しい心の持ち主だと思ってほしかったから」
ピオナさんの言ってること、なんかわかる気がする。
例えば笑顔の私も一応私だけど、それは人に好かれるための嘘の私って私自身が思ってたら、他人に笑顔を褒められて嬉しいか?
でも隠しているものを他人が認識することなんてないんだよね……
本当の私を他人が認識することなんてないし、ドロドロした部分を褒めてくれるわけもない。
他人は笑顔の私を私だと思って、良かれと思って褒めてくれたのに、それ以上何を望むというのか?
「ピオナさんは優しいですよ、きっと代官様にも伝わってますから」
「そうでしょうか……? 私……私はわからなくて……何も……あの人……私も食べたかった……」
「え?」
ピオナさんは急に強い力で私の両肩をつかんできた。変な感じがしてふと下を見ると、植物の根っこみたいなウニョウニョが、私の足首に絡みついて離さない。ピオナさんて、マンイーターなんでしたっけね……八重咲の。
「ワタシ、アノヒトヲ、食ベタカッタデス……」
「え、ちょ……冷静になりましょう! ピオナさん? ピオナさん!?」
「アノヒトヲ食ベタ、アナタヲ食ベレバ、ワタシハ満足デキルトオモイマスカ……?」
あっという間に、人型だったピオナさんが大きな赤い花に変わって、私は全力で物理防御結界を張る。
ピオナさんはかなり重症だ。
「わ、私を食べても美味しくないですよ? ピオナさん? しっかりしてください! オワッ!!」
ダメ元で声をかけてみるけど、やっぱ全然聞いてもらえてないよぉ!!
頭の花の部分ばっか警戒していたら、まさかの茎が縦に開いて挟み込まれそうになる。
そんな、鉄の乙女みたいな仕組みだったの!?
もしかして、私を食べれば、脳内代官様はピオナさんの中に吸収されるのだろうか……
半分諦めて緑の茎に飲み込まれそうになっていると、不意にグイッと引っ張られて、私は外に投げ出された。
「だから危ねえっつっただろうが! 殺っちまっていいのか? この魔物!」
「ダメです!! 生捕りでお願いします!!」
「おう、任せろ!」
急なベアトゥス様の登場に、一気に緊張の糸が切れてしまう。
私はその場にへたり込んで、勇者様が八重咲マンイーター状態のピオナさんを、手慣れた様子でぐるぐる巻きにするのを見ていた。わぁ……自分の根っこで、あんなふうにされちゃうんだ……
この勇者様は、また謎のダメージ肩代わりスキル的なもので助けてくれたのかな?
そういや、スキルのこと聞こうと思って全然聞けてなかった。
ぐるぐる巻きになったピオナさんは、なんだかんだでチュレア女公爵様の預かりとなって、次の日にはもう別の文官さんが開発部に配置されていた。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「なるほどねぇ……それでこの本にセナイレンの意識が移ったんだ」
「そう……みたいですね……」
急に脳内代官様が感じられなくなったので、なんか心配になって仕事の合間に勇者様にも手伝ってもらいながらいろいろと探し回ったら、よりによって二人一緒にいるときに悪魔キシュテムからスマホに連絡が来た。そんなわけで私は今、ベアトゥス様の殺気に包まれつつ伝説の悪魔と話をしている。こんなときに限ってアイテールちゃんが居ないのは何故なのか……
ピオナさんの件を反省されたセナイレン卿は、生前にお書きになったというご自分の本に取り憑いて、図書塔から出ないと宣言された。なんなのこの図書塔……ロンドン塔なのかな? ていうかヘス卿、セナイレン卿のこと知ってたんじゃないの……? なんで自費出版の本持ってんのよ? いろいろと聞きたいが、肝心のヘス卿はもう居ない。
一応、王様に一連の報告をすると、ファレリ島のことを何でも知ってる代官様がそのまま続投となった。まだ引き継ぎとかが全然できてなかったらしく、次の代官に内定してた文官さんは、曰く付きのファレリ島に単身赴任することを恐れて病気になってしまったので、都合よく代官のポストが空いていたのだ。
ただ、セナイレン卿ご本人は書籍になってしまったので、3人の秘書が代理人となって実務をこなすのだとか。今はそのうちのひとりと思われる秘書さんが、代官様の御本を開いて私たちに見せるように持っているのだった。たぶん8時間シフトだな、これ……
「でも、良かったです。またファレリ島についていろいろとご教授いただけますか?」
「もちろんだ。あなたには本当に迷惑をかけたが、私の知識でよければ、また活用してほしいと思う」
「わかりました! それでは何かあればご相談に伺いますね」
「今となっては遅きに失してしまったが……私は彼女の想いが何となくわかっていたのかもしれない」
「え……」
「お互いに離れていたほうがいいという気がして、問題に向き合ってこなかったのだ」
代官様が急に弱気になってしまったので、代官本を開いた状態で持っている秘書さんが、腕をプルプルさせながらフラついた。どうやら、セナイレン卿のお気持ちが重くなると、そのまま本の重量も重くなってしまうらしい。私は慌てて、代官様のお気持ちを軽くしようと言葉をかける。
「奥様はまだお元気です、遅くなんてないですよ。落ち着いたらお話しされてみてください。チュレア様にもお伝えしておきますから」
「すまないな、感謝する」
すると、本が耐えられる軽さになったのか、苦しそうだった秘書さんがほっと息をついて直立姿勢になった。取り敢えず代官様は気持ちを切り替えてくれたっぽい。
それに釣られて私もほっと一息つくと、悪魔キシュテムがニヤニヤしながら言った。
「あんた、おもしれー魔力持ってんじゃん」
「あぁ? お前なんかに……」
「ミドちゃんは渡さねーよ?」
不機嫌そうな勇者様は、チッと舌打ちをすると、腕組みをして左右に重心を移動しながら目を閉じた。




