10.『賢者の選択』part 8.
壁の脇に現れた小部屋には、小さな祭壇のようなものがあって、なぜか自然に明かりがついた。
魔法の小部屋なのかもしれない。
室内はシンプルな石レンガの壁で、遺跡というよりは古城ってイメージ。灰色系。
明かりは、蝋燭っぽいものが燭台っぽいものに立てられていて、そんなに長時間放置されていたとは思えない。先週あたり誰か来ました? みたいな感じがある……と思う。
「これって……」
「ムー?」
腕の中にフワフワちゃんがいるから、ギリ一歩踏み出せるけど、正直怖い。……カビ臭いし。
ここで敵が出てくるとしたらスケルトンだな……
もしくは吸血鬼とか?
薄緑色の苔が、壁のところどころに見える。
祭壇っぽい台の上に本があったので、私は何となく足を止めた。
「……本ですね」
「ほう…………これは見たことがないな」
「ムー!」
「あ、ちょ……いいんですか? 勝手に持ち出して」
「良いも悪いもなかろう。王子殿下が壁に大穴を開けた後では、何をしようが我らは侵略者じゃ」
「それはまあ……そうですけど」
いや、なんか違うんじゃないか……? と思ったけど、アイテールちゃんにうまく反論できないまま、私は長いものに巻かれた。
「この部屋って、もしかして密室なんでしょうか? ドアも廊下も見当たらないんですけど……」
「その答えならわかるぞ」
急に勇者様が会話に入ってきたので、私たちが声のするほうに注目すると、ベアトゥス様の足元に魔法陣が見えた。
そして、丁度それがうっすらと光りだして起動している最中だった。
「おまえら、下がってろ!」
「ベアトゥス様、お気をつけて!」
「おう!」
執事悪魔さんの結界みたいに、波のような光のオーロラが天井まで達したかと思うと、ふっと消える。
そこには、小脇に本を抱えた幼女が居たのだった。
「な、なんじゃ!? お前ら!」
「これはまた……面妖な者よの」
「ムー!」
「あ! おじ……店主さんですか!?」
「ん? ああ、古道具屋のジジイか!」
ベアトゥス様が警戒態勢を解いて、呑気な声を上げる。
本を抱えたまま、低いおじいさんの声で喋る幼女は、紛れもなくあのアンティークショップの店主さんだった。
緑色の髪をお団子のように結って、なにやら黒っぽいローブに全身を包んで灯りを持っているので、ちょっと某ゲームの敵キャラっぽくて急に刺して来そうにも見える。いや、包丁は持っていないけど……
「ああ!? お前ら……!!」
「お久しぶりです、まさかこんなところで会うとは思いませんでした」
「ああ、わしもじゃが……いや、そうじゃないじゃろ! わしゃお前らのせいで、いやはやトンデモナイ目に遭ったんじゃぞ!?」
「あれ? 以前お会いしたとき、そんな髪の色でしたっけ? 私の記憶ではピンクかなって思ってたんですけど……」
「あん? これか? わしの髪の色は、四季に合わせて変わるんじゃよ……って、お前! わしらは全然仲良くないんじゃぞ! むしろ因縁の相手じゃろうが! 気軽に世間話をはじめるんじゃない!!」
プンスカ怒っている幼女店主さんが愚痴った内容によると、私たちが怪しい箱をマーヤークさんに委ねた後で、アンティークショップは王立警察に踏み込まれて大変だったらしい。
ちょっと申し訳なかったけど、あのときは「完全に一致」状態だったから、王都の安全を守るためには仕方のない通報だったんです、すみません。反省はしていません。
そんでもって、幼女店主さんは執事悪魔にガン詰めされ、心を癒すために引きこもって本を読んでいたとのことだった。
「この場所がどこかご存知ですか? ファレリ島の王家のビーチなんですけど」
「ふぁ!? ファレリ島じゃと!? 最近、行方不明になった奴らが見つかったというあの……?」
「ああ、そういえば号外出てましたよね。店主さんもご存知でしたか」
「情報の重要性に気づいたんじゃ! またお前らのような奴に商売の邪魔をされてはかなわんからの!」
幼女店主さんは、不機嫌そうに辺りを見回すと、フワフワちゃんが壊した壁の辺りに視線を固定しため息をついた。
「じゃがここも、もう使えんな。一体何をどうしたらこうなるというんじゃ……」
「あ、すみません。今この辺を調査してまして……下に毒ガスが溜まっているので危険なんですよ。なので、ここを見つけることができて丁度よかったです。店主さんも、読書とかお昼寝の最中にうっかり死にたくないでしょ?」
「そりゃまあ、うっかり死ぬのはごめんじゃな……って、毒ガスじゃと!? 一体何なんじゃあの本は! わしを殺す気だったのか!?」
「本? ……そういえば、店主さんはどうやってこの場所を見つけたんですか?」
「おん? 例によって店の棚に万押しされとった本に書いてあったんじゃよ。この魔法陣がな」
「またですか……だから、誰が置いていったかわからない物を、気軽に拾わないでくださいよ。命に関わることもあるって、私言いましたよね?」
まったくこの幼女店主、好奇心がMAXで危機感がゼロ過ぎる。
私は軽く気絶しそうになりながら、店主さんと一緒に魔法陣を使ってアンティークショップに行き、件の本を接収してファレリ島の穴に戻る。
念のため、また王立警察が来るかもしれないと伝えると、店主さんはプンプン怒っていた。
「ふう……」
本を抱えた私が魔法陣に現れると、勇者様が床に傷をつけて魔法陣を壊す。
「これで良いか?」
「ありがとうございます、ベアトゥス様」
「教育係殿よ、この穴はかなりの小部屋と繋がっておるようだ……これは1日でクリアできるようなダンジョンではないぞ」
「ムー!」
(まさかこのような場所があったとは……私も、まずは上に報告して指示を仰ぐべきだと具申しよう)
「はあ、そうですよね……私も疲れましたし、一旦帰ってお茶にしますか」
「ムー!」
フワフワちゃんは、ただお腹減ってるだけだよね。
私は手に持った本をどうすべきか悩みながら、元代官だったセナイレン・ロージ卿のお言葉に従うことにした。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
しばらくして、私たちがガーデンヴィラに戻ると、なにやらテラスでは大掛かりな準備が行われていた。
どデカい丸太で櫓が組まれて、その上にこれまたどデカい蟹が乗っている。
「どれ、ちょっと料理の手伝いでもしてくるかな!」
勇者様は珍しい食材を目にして、やる気満々で櫓のほうに行ってしまった。するとアイテールちゃんが、よそ見をしていた私に肘で合図をしてくる。
前を見ると、黒薔薇のようなドレスの裾を捧げ持つ一団が見えた。
「あら、ミドヴェルト。丁度良いところに来ました。これからプレセペ祭りですから参加しなさいな。タウオン、お前もね。それからタウオンは手が空き次第、お兄様のところへお行き。ミドヴェルト、後でお仕事のお話を聞かせて頂戴! ではわたくし、忙しいのでまたね」
「あ、はい! ありがとうございます!」
チュレア女公爵様は、流れるように前方から歩いてきたかと思うと、話しながらそのまま遠ざかって行ってしまった。
私が慌てて返事をしながら一礼すると、女公爵様はノールックで手を振ってくれる。後ろに目でも付いてんのかと疑いたくなるけど、それほどお忙しいということだろう。
「ところで、プレセペって何なんですかね……?」
「そこな蟹の名じゃ。いつもは深海におるが、たまに浅瀬に産卵にやってくる。プレセペは陸にあげるとすぐ腐るので、こうして慌ただしく祭りをするようじゃな」
「ああ、なるほど……さすがですね王女様!」
アイテールちゃんはレベルアップしてからというもの、すっかり歩く動物図鑑のようになってしまっていて、知らないことなど何もないかのようだ。私も無意識に頼ってしまうようになって、ちょっと最近はイケナイことだと思いはじめている。
アイテールちゃんの知識量がもの凄いのは素晴らしいことなんだけど、そのせいで人生がつまらなくなってしまっているらしく、時たまこうして大げさに褒めてあげないと何故かメンタルが後ろ向きになってしまうのだった。
しかし、この島、何かとデカい獲物が多いなぁ……
と、そこまで考えて、私は思わず脳内にいる代官様に申し訳ない気分になってしまう。
「あ! すみません、つい……」
(どうしたのかな? 私には特に気を使う必要はないとだけ申し上げておこう……いや、すまない。妻に関してだけは、ご配慮いただきたい。失礼する!)
脳内代官様がちょっと気安い会話をしてくださったと思ったら、急に引っ込んでしまったので不思議に感じていると、後ろから声をかけられた。
「ミドヴェルト様、調査の手応えはどうでしたか?」
「あ、代官様の奥さん! こ、これから報告書をまとめるところです!」
「ふふ、急ぐ必要はございませんので、今日はプレセペ祭りをお楽しみくださいませ」
「はあ、どうもありがとうございます……」
なるほどね、奥さんが来たから代官様は黙り込んでしまったと……
でも、いつまでもこんな状態でいいのだろうか?
私は、なんだか余計なお世話をしたい気持ちになっていた。




