10.『賢者の選択』part 6.
「なるほど、王家のプライベートビーチは解放されるんですね……」
ファレリ島開発事業部を担当する文官さんは、代官だったセナイレン・ロージ卿の奥様だった。
う……非常に気まずいけど、旦那さんの話題には触れないようにしなければ……
大きな山鯨としてファレリ民に美味しく食べられてしまった代官様は、感動的なご遺言を残されて私の情緒にクリーンヒットしたのだった。
しかも私もちょっと食べちゃったのよね……牛豚肉の両方いいとこ取りみたいな美味しいステーキだったと記憶している……じゅるり。
ああ、いや、いかんいかん。
こんな気持ちで魔国の皆さんも人間に相対しているのだろうか……?
理性とマナーが試される……とにかく仕事に集中しなければ!
それにしても……と思う。
セナイレン・ロージ卿の奥様は、ピオナさんという名で、かなりの美人さんだ。きっとお子さんも可愛いんだろうな……
そういえば、蛇男くんのご両親も大蛇姿から人間ぽい姿に変身してたし、もしかしたらこのご夫婦もそうだったんだろうか?
あんなでっかいイノシシ姿だったけど……もしかしたら、家ではイケオジ姿でいいパパしてたのかも知んない……
あ、マズい……水っぽい鼻水が、急に……
「大丈夫ですか?」
「あ、ずびばせん……」
ピオナさんにハンカチを渡されて、思わず使ってしまった。この世界ってティッシュないんだよね……
「あ、洗って返しますね! これからもまたお仕事でご一緒するでしょうし!」
「いえ、お気遣いなく。それより……ミドヴェルト様は私の夫をご存知でしょうか?」
はぁう! やっぱりなんか知られてる?!
変にごまかすのもアレなので、私はできるだけありのままを言葉にするしかない。
「あの、生前のセナイレン卿にはお会いしたことがなかったので……申し訳ありません。すべてが終わった後に知った次第です」
「そうでしたか……夫とはほとんど交流もなく、こうなってからあの人のことを知ろうとしても、遅いですよね」
「え……?」
どゆこと?? 仲良し夫婦じゃなかったの?!
ピオナさんは所在なさげに、セナイレン卿との馴れ初めなどを話してくれた。
半ば政略結婚で、最初は口も聞かなかったこと。夫婦の義務を果たした後は、お互い仕事に没頭して滅多に顔を合わせなかったこと。
今回の訃報に接し、ピオナさんは、初めてセナイレン・ロージ卿のお気持ちを知って驚愕したらしい……マジか。
それってアレよね、私がポヴェーリアさんに聞いて王様に伝えたご遺言よね……
あんな、すごく愛にあふれたお言葉をお遺しになるから、てっきりラブラブ夫婦だとばかり……
「おかしな話ですが、夫が死んだと聞かされた後も、私は泣けませんでした。それでその……ミドヴェルト様がそのようにお泣きになるのは……失礼ながら何らかの交流があったのではと思いまして、一度お話ししてみたかったのです」
「え?」
まさか、私、不倫でもしてたと疑われているんでしょうか……?
ん? ん? 一気に話がキナ臭くなってきたぞ?
ここで間違った答え方をしたら、私はトラブルに巻き込まれるのか??
いやでもさっき、旦那さんには死後にお会いしたこと説明したよね??
単純に知り合いかどうか聞かれてるだけだよね?
私は軽く混乱しながら、身の潔白をアピールしようとした。そのせいで、別の罪を告白する羽目になる。
「申し訳ございません、お話できることが何もなくて。その……食糧事情が逼迫しておりましたため、勧められるままにお肉を……少し……食べてしまいまして……誠に申し訳ございませんでした」
私が焦って深々とお辞儀をすると、ピオナさんは「失礼いたしました!」と一礼をした。
後ろで話を聞いていた勇者様は、急に割って入ってきて、私を引き寄せる。
「あんたの夫を料理したのは、この俺だ。こいつに非はない。何かあれば俺に言え!」
「そうでしたか……いえ、特に申し上げることはございません」
ピオナさんは勇者ベアトゥス様をまっすぐ見て、敵意のないことを表したいのか、そちらにも一礼した。
「強い魔物が弱い魔物を食べるのは、ごく普通のことです。気にしてはおりませんよ。ただ、ミドヴェルト様から夫の魔力を感じたので、事情を知りたくなってしまった……それだけです」
「そ、そうでしたか……」
やっぱ、優秀な文官さんは魔力とか感じることができるのかなぁ? そういえば、アイテールちゃんも、お城に勇者様がいるかどうか察知できてたし……なんかいろんな能力があるんだね。
しかし、お肉をちょっと食べただけで、そんなにバレちゃうもんなの……?
危うく不倫疑惑の大スキャンダルで炎上するとこだったわ……オソロシイ。
アイテールちゃんとフワフワちゃんは、仕事の話に興味がないのか、私が出したチョコを食べながら窓の外を見てキャッキャしている。
なんとか仕事の話を終えて、私たちはガーデンヴィラから無事に出ることができたのだった。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「せっかくだから浜辺で遊びましょうか!」
「お主も懲りぬのう、教育係殿よ……」
「ムー!」
「この辺はとくにデカい獲物は居ないようだな。俺は見回りに行くから、また何かあったら呼べ」
「わかりましたぁ! ベアトゥス様もお気をつけて!!」
勇者様が行ってしまうと、私たち3人はすっかりバカンスモードに突入して、貝を拾ったり砂に埋まったりして楽しんだ。
本当は海で泳ぎたかったけど、それだとアイテールちゃんがひとりぼっちになってしまうので、砂浜をメインの遊び場にしたのだ。
これからファレリ島でいろんなアクティビティを用意するにあたって、今回のことは結構重要な情報だったと思う。
妖精の皆さんは、海に入れない。
ということは、陸の遊びをいっぱい用意しないといけないってことになるよね。
「うーん……砂風呂とか……?」
これでも現実世界では、商品開発部に籍を置いていたこともあるのだ。いっつもダメダメでアイテールちゃんにも呆れられてるけど、私だってちゃんとした大人だってことをアピールするために、お仕事で挽回しなくちゃね!
しかし、ファレリ島の開発にたずさわる限り、セナイレン・ロージ卿の奥様にはこれからもお会いしなくちゃいけないんだよね……
はあ……私、現実世界じゃろくに海で遊んだこともないのに、みんなが喜ぶサービスとか思いつけるのかな……
アイテールちゃんはポヴェーリアさんのこと、どこまで本気なんだろ……
悪魔キシュテムの存在は、これからどう影響してくるの……?
ダメだ、心配事がありすぎて考えがまとまらない。
私はもっとこのファレリ島について知るべきなんじゃないかな?
……そんなふうに考えていた時だった。
(僭越ながら、ファレリ島のことであれば、この私が説明できると思うが……)
急に脳内に声が響いて、イヤホンしてるのかなってぐらいにハッキリと息づかいまで聞こえた。
気のせいというにはボリュームが大きすぎる。それに、声が聞こえる前にシャララン〜♪と起動音みたいなものが鳴って、いかにも正式なサービスのように体裁が整っていた。
「あ、あなた……誰なんですか?」
(失礼、私はセナイレン・ロージと申す者だ。君に必要とされて今ここにいる)
「え? え? 代官様ですか?!」
(そうだ……と言えなくもないが、今現在は代官のポストは他のものに引き継がれているだろう。私は確か死んだはずだと記憶している)
どゆこと?!
私はとうとう幽霊の声が聞こえるようになってしまったのだろうか?
お肉食べたから? だとしたらベアトゥス様のほうがいっぱい食べてたんだから、あっちに取り憑いてよ〜!!
「ももも申し訳ございません! 代官様のお肉を食べたのは、ヘス卿の前で断りにくく、また美味しそうに調理されていたので……」
(いや、すまぬ。私も、なぜこうなってしまったのかは皆目わからないのだが、決して君を恨んで憑依しているのではないつもりだ)
「そ、そうなんですか? 勘違いで取り乱してしまい、誠に申し訳ございませんでした……それで、あの……ファレリ島についてご教示くださるという件につきましては……」
(うむ、それこそが真に私の使命であろう。私は、君の能力でこの場に呼ばれたものであると愚考しているのだ)
脳内セナイレン・ロージ卿は、私専用のファレリ島ツアーガイドになってくれると宣言した。
これは……頼れる現地係員なのではないか?!




