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10.『賢者の選択』part 4.

「ほーん……これにサインすれば良いワケ?」



 次の日、またアイテールちゃんと図書塔に行って悪魔キシュテムを探すと、伝説の悪魔は書架の上のほうに浮きながら横になって本を読んでいた。


 早速チュレア様から押し付けられた契約書を見せ、軽く説明すると、本を閉じた悪魔は抵抗もなくペンを取り出す。



「あっ、はい、特に問題がなければ……あの、ちゃんと詳細をお読みになりました?」


「オッケオッケ、読んだー」



 さらさらと文字を書き込みながら、悪魔キシュテムは図書館から出ないという宣言書を何でもないとでも言うかのように、ものすごく軽い返事をする。


 それを覗き込んだアイテールちゃんが、感心したように呟いた。



「お主、字が綺麗だな……我の書取りを見てもらえまいか?」


「いいよいいよ? なに王女、書取りとかしてんの? 真面目じゃん」


「当然であろ、淑女の(たしな)みじゃ」

 


 ホントこの二人相性いいな……ポヴェーリアさん早く戻らないと大変かも……


 私は、昨日の今日でナチュラルにイチャイチャしている強者たちのお(たわむ)れを、何だか脱力感に(さいな)まれながら眺める。


 連日の疲れが溜まっているのかも……


 だって思い出してみようよ……このファレリ島に来た建前はバカンスなのよー!


 なんか思いっきり遊びたいよ! 海でできるやつとかー! なんかあるじゃないのよー! リアルでやったことないけどぉー!!





☆・・・☆・(★)・☆・・・☆





 悪魔キシュテムから妖精王女のアイテールちゃんを引き剥がして浜辺に出ると、魔国の王子殿下フワフワちゃんが合流して王家のプライベートビーチに行くことになった。



「ムー! ムームー!!」


「ほう、このようなところがあったのか……これは美しい場所じゃな」


「え、ここって……」



 その場所は、よりによってヘス卿が王冠から帆船を出していた浜辺だった。


 振り返ると崖の上に草がボーボー生えていて、あそこら辺で私ポヴェーリアさんに捕まった気がする……なんてことをアイテールちゃんの前で言うわけにもいかないので、ただひたすら茫然と斜め上を眺めていた。


 フワフワちゃんもアイテールちゃんも純粋に楽しそうだし、変に水差しちゃいけないよね。



「我はこの日陰で休んでおる。王子殿下は、あの岩まで行ってみやれ。ご自慢の俊足を拝見しようではないか」


「ムー!!」



 フワフワちゃんは砂の上をぐるぐるしながら張り切ってジャンプして、私の足元に8の字でスリスリしてから、すごいスピードで海の真ん中にちょこんと頭を出している岩に向かって走り出した。



「ちょっ……フワフワちゃん!?」


「よいよい、見ておれ、教育係殿」



 浜辺をピチャピチャッと軽やかに駆け抜けると、フワフワちゃんはそのまま海の上を波飛沫(なみしぶき)を上げながら進んでいく。


 ど、どういう仕組み???


 私が驚いていると、アイテールちゃんが実況で詳しい説明をしてくれる。



「王子殿下は、スピードが傑出しておるからな。あの小さな体からベアトゥス殿以上の攻撃パワーを繰り出すためには、単なる筋力だけでは足りぬということはわかるであろ。速さで補っている部分があるのじゃ。しかも純粋な速さだけでなく、あれはどうやら時間を操る魔法も乗せておるな……」


「じ、時間……魔法?」



 時間魔法って、時魔法? ヘイスト的なこと? ちょっと私はこの世界の魔法体系がよくわかってないんだけど、どうやら攻撃魔法や回復魔法だけじゃなくて、強化魔法も充実しているらしい。一応、現実世界でそれなりにゲームとかやってたから、イメージは頭に入ってるつもりなんだけど……いざ実際に魔法を学ぶとなると、これがチンプンカンプンでどうにも理解が難しい。


 今んとこ、私が使える魔法は欲望に忠実な魔法ばっかりで、人の役に立つかっていうと……まあ、おやつの時間には喜んでもらえてるけど……使いどころが難しい魔法しかない。


 もし、時間を操る魔法ができるようになったら、私も少しはみんなの役に立てるようになる……のではないか。


 

「時間を操る魔法は、特に難しいものではないのだが……」



 アイテールちゃんは、言葉を繋ぎながら私を下から上へとゆっくり眺め、軽くため息をついて言った。



「マーヤーク殿に教わらなかったのであれば、適性は無いと判断されたのであろうな」


「えぇ〜?! 私はヘイスト使えないってことですかぁ〜?!」


()()()()? 何じゃそれは?」


「えっと……時間の早回し……的な?」


「ああ、『スピード活性化』のことか。ふむ……無理っぽいのう」


「うぅ……」


「まあ、落ち込むでない。教育係殿には教育係殿しかできない魔法があるじゃろ」



 なぜかアイテールちゃんに(なぐさ)められながら、私は砂に膝をつく。


 この浜辺の砂はすごくサラサラで、白くて所々キラキラと光っている。



「確かに、こんな綺麗なビーチで落ち込んでてもしょうがありませんね。海に入りましょう!」


「我は海に入れぬのだ。()()()()()のでな。妖精王女が海に入ったとなれば、父たる妖精王に連絡がいってしまうわ」


「え、だってあのとき船で……」


「甲板の上は、陸地判定なのでな」


「あ、そうなんですか……」



 アイテールちゃんの話によると、森の泉や川とか淡水系の水は良いんだけど、なぜだか海水はダメらしい。


 そうなると、汽水域はどうなるのか?


 すごく気になったけど、海に続く河口付近には近寄らないのでわからないとのことだった。



「じゃあ、私ひとりで海に入ってみます……」



 何だか寂しいけど、元気に海上を移動してるフワフワちゃんは、アイテールちゃんに指示された岩を通り越してあちこち走り回っているのでしばらく戻ってこないだろう。あの子マジ……本当におっきい子なのかしら? どう考えても小学生以下にしか感じられないんだが?? みんな私を騙そうとしているのではないか? 聞いた話だと、フワフワちゃんは魔物の歳で換算して、もうすぐ成人ぐらいの年齢らしい。イマイチ信じられない。


 私はぬるい波に足をつけ、そのまましゃがんで浅い海の中を手で歩き出す。正直なところ、現実世界でも海で遊んだことなかったんだけど、チャプチャプした波が体を揺らして安定しない。やっぱ湖とは違うんだ……


 この世界にきて、1回船から落ちて少しだけ泳いだけど、あのときはすぐ助けられたからあんまり自力では泳いでなかった。


 あの、天然岩の高架下みたいなとこから水が急に青くなってるから、たぶんあそこから深くなっているのだろう。


 海は離岸流とかいろいろ怖いから、慎重に行動しないとね。


 なんたって、私が溺れてもフワフワちゃんは気づいてくれないだろうし、妖精王女様は海に入れないと来た。詰んでる。


 などと思いつつ、プカプカ浮きながら砂底を手で押して進んでいると、フイにぷにゅっとした感触があって、慌てて手を引っ込めた。


 そういえば……オコゼだとかイモガイだとか、海の底にいるやつも危険なの居たっけ……


 一応、用心のために結界魔法は常時発動してるけど、毒まで防げるかは自信がない。昔は無条件に自分の結界魔法を信じてたけど、ヘス卿の一件で結界が破られるイメージがついてしまい、ちょっとしたイップスみたいになっているのだった。


 とりあえず手に触ったものを確認しようとすると、黒いスライムみたいな、オタマジャクシみたいな生き物がいた。


 よかった……可愛い。いや待って? 見た目が可愛くても、毒のある生き物はいるのだ。油断大敵である。


 とりあえず噛まれないように頭と尻尾を押さえて、毒針がないか確認してみる。ない。


 でも待って? スライムっぽいってことはクラゲ系かも。急に触手とか出して刺されるかもしんない。でもそうだとしたら、ぷにゅったときに刺されてるよなぁ……じゃあ、こいつは無害認定でヨシ!


 ちょっとアイテールちゃんに見せてあげよう。私は結界で小さな容器を作り、その中に海水と黒スライムっぽいオタマジャクシをそっと入れる。


 しかし私は忘れていた……ちっちゃくて可愛い野生動物を見つけた後は、その子の親御さんにご挨拶するイベントがあるってことを。






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