10.『賢者の選択』part 3.
「統率者たるロワがお呼びです」
図書塔での調べ物を終えて自分の部屋に戻ると、マーヤークさんが水上コテージまでお迎えに来てくれた。
たぶん例の件だろう。
私は無言で悪魔執事についていく。
浜辺に出ると、勇者様が立っていて、こちらも同じ要件なのが見てとれた。
「おい、お前から預かった魔道具に悪魔キシュテムの連絡先が表示されたんだが、どういうことだ?」
「ちょっとした戦略的同盟です」
「はぁ? 何があったか説明しろって!」
「これから王様に説明に行くんで、ベアトゥス様もいらっしゃいます?」
私だって困惑しているんですよ……ははは。
こんな流れになるのはわかっていたさ。できれば、アイテール王女様にもご同席いただきたかったですね。
いやまあ、教育係として全責任は私にあるんですよ……NOと言えない日本人ですよ。
勇者様は、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも黙ってついてくる。
この筋肉勇者も案外組織に忠実なとこあるから、魔国とはいえ、自分が所属しているとこのトップには敬意を持っているっぽい。
魔国の王様は、人間さんたちの後ろ盾になって魔国民に食べられない工夫をしてくれてるし、勇者様の希望も聞いて厨房で雇ってくれたし、結構いい人なのである。ここまでされて王様に反感持ってたら、逆にやべー奴だわ。
とはいえ、私はこの異世界を自分とは切り離して見ちゃう癖があるから、人間も魔物も単なる個性みたいに感じちゃうけど……幼少時からいろいろな情報を刷り込まれてたら、やっぱり簡単に気持ちの切り替えはできないかもしれない。
勇者様の情操教育に関しては、厨房のおばちゃんがかなり大きく影響しているだろう。
厨房のおばちゃんは、私にとって異世界の母と言えるような存在だ。
ベアトゥス様にとっても、魔国との距離感を考えるきっかけになってくれてたらいいなと思う。
魔物にもいいキャラは居るし、必ずしも敵じゃないのだ。しかも今の魔国じゃ、人間との関わりがなさ過ぎて、みんな差別意識もないフラットな状態。つまり、これからいくらでも関係性が構築できる土壌がある。ただし、美味しそうな匂いがする、という不穏な評価はすでに得ている。
一応、私も定期的に人間さんたちの様子を確認して、変な方向に行かないようにチェックしてるし、お互いイイ感じに仲良くしたいものだ。
そもそも、自分たちで納得して魔国に来てくれた皆さんだから……それ以外の人間さんたちは、謎の時空に消えたか、それともまだ存在しているのかわからないけど……とりあえずこちらはうまくいくと信じたい。
そこまで考えたところで、ガーデンヴィラの王様の居室にたどり着いた。
先導してくれたマーヤークさんは、ドアの横に控えて一礼する。
あー嫌だなー……言い訳も全然思いつかなかったし……まあ、なるようにしかならんか。聞かれたことにだけ素直に答えよう……
諦めの境地で部屋に入ると、王様といつもの黒い棒みたいな大臣が頭を抱えていた。
室内を見渡せば、なにやら緊急会議があったみたいで、ほかの大臣の皆さんも某文豪ばりに椅子にもたれて難しい顔をしている。
服装がバカンス仕様で浮かれているせいか、苦悩の度合いが際立っていて、なにやら異様な雰囲気だった。
私がめちゃくちゃ長い会議机の末席につくと、なにやら護衛騎士のように勇者さまが後ろに立った。
と、隣り……の席、いちお……空いてますけど……
振り向いてベアトゥス様の意思確認を試みるけど、勇者様が全然目を合わせてくれないので諦める。
みんなコワイよ……
そんなことをしていると、ため息をつきながら王様が話しはじめた。
「あー、ミドヴェルトよ、よく来た。あー、此度はいろいろと難儀であったな……あー……大臣、あとは頼む」
「ミドヴェルト殿、もうわかっているかとは思いますが、我々は例の悪魔について、まだ態度を決めかねている状態でして……」
黒い棒みたいな大臣さんは、全然私と目を合わせてくれず、手に持った資料の束をせわしなくめくりながら、息継ぎもせずに長めの前置きを言い切った。
う……仲良くしてくれないまでも、そこそこ微笑みかけてくれてたのに……なんか一気に信頼を失ったのかもしれない。
いや、わかるけどさ……その理由。
私が悪魔キシュテムとの繋がりを皆さんに強制してしまったため、多大なご心労とご迷惑をおかけしているのでしょう。
安心してください、私も苦悩しています。あなた方の仲間なんです!
……なんて言って許されるとは思ってないけど……でも言いたい。あるある言いたい。
人間関係あるある……強めのグイグイ系って、みんなに嫌われるよね……
そして、あちらを立てればこちらが立たず……マジ本当、こういうの苦手なんだよなぁ……胃が痛い!
しかし、もうやらかしてしまったことを嘆いても仕方がないのだ。
明るく前向きに進んでいこうではないか、ねえ皆さん!!
私はヤケクソで、詐欺師もかくやの笑顔を浮かべる。
今、やっと思いついたぜ。おじさんたちを丸め込む最高の言い訳を!!
「この度の行動、皆さまにおかれましては寝耳に水のことでしたでしょう。誠に申し訳ございませんでした。しかしながら、先を読む能力がお有りの皆さまなら既におわかりかとは存じますが、これは未来への重要な布石のひとつなのです」
「重要な布石……だと?」
「ええ、これは私の一存ではなく、妖精王女さまも賛成してくださったことなのです」
「アイテール殿にそのような権限は与えられていないと思うが……」
「待たれよ、つまり妖精国もいざとなれば軍を出す……ということなのでは?」
「いやしかし、妖精国の力など当てにしては、のちのち面倒なことになりますぞ」
「もう既に面倒なことになっている。かくなる上は……」
「皆さま、かの伝説の悪魔は、現在ファレリ島の図書塔におります。しばらくはそこから動かないと言っておりますので、どうぞご安心くださいませ!」
「なんと、ファレリ島に居着いたというのか?」
「しかしここなら、王都までかなりの距離がありますな」
「ちょうどよい、この島に悪魔を封印してしまえば、すべてが丸くおさまりますぞ」
「問題は、いつまでその図書塔とやらに止まりおるかではないか?」
「マーヤークですら持て余しているというのに、伝説の悪魔など……」
さりげなくマーヤークさんへのとばっちりが聞こえた気がするけど、まあドアの向こうにいる本人は気にしないだろう。
私は上層部のおじさんたちを上手いことヨイショしながら、責任を持つ必要なんてないんだよってことを匂わせた。
賢くて才能あふれる皆様なら……わかりますよね?
そう、勝手に誤解させる作戦だ。
世の中なんて、全部誤解で出来てるからさ、いい感じに勘違いしてもらえればこっちの勝ちなんだぜ。
正直、この場さえ切り抜けられれば、後はどうにでもなるだろう。
そんなふうに考えていた。
「あらあら、揃いも揃ってミドヴェルトに良いように転がされていますわね。散策から帰ってみればこの体たらく……お兄様もさぞ御苦労なさっていることでしょう。マーヤーク、あれをお持ち」
「こちらでございます」
急に部屋に入ってきたチュレア女公爵様に、場の空気がピリッとして、大臣たちは一斉に立ち上がって一礼する。
王様だけが椅子に背を預けて、右手に顎を乗せたまま眉を顰めた。
「我が愛する妹チュレアよ、そのようにマーヤークをこき使うでない」
「あら失礼いたしました。マーヤークは魔国の王室と契約を交わした身、当然わたくしにもその権利はあると思い込んでおりましたわ?」
「権利ならば当然お前にもあるが、マーヤークはまだ完全に職務に復帰したわけではないのだぞ」
ひゃー……私の作戦は失敗に終わるのか? でもまだどうなるかわからないし、無の心で静観するしかない。
チュレア様は少し不貞腐れて「わかりましたわ」と言うと、執事悪魔さんから何やら巻物を取り上げて、スルスルと縦に広げた。
この女公爵様は、王様と違って下々の者に優しくないからなぁ……
いつも万能感あって結構強そうなマーヤークさんがシワシワにされたときは、マジ本気でビビったよね……チュレア女公爵様は絶対に逆らってはいけない人No.1だと思う。……たぶん。
「これは悪魔キシュテムにサインさせるべき項目をまとめたものですの」
そういうと、チュレア様は鈴の音のような軽やかなお声で、細々しい条件を滔々と読み上げる。
いやー……チュレア様マジ、あの伝説の悪魔のこと嫌いすぎんか……?
キシュテムかわいそ。
「これらの契約をあの悪魔からもぎ取ってくることを命じます。王子教育係のミドヴェルト、よろしいかしら?」
「うぉぇ?!」
急にこっちにお鉢が回ってきたせいで、私はお偉方の前で思わず変な声を出してしまった。




