10.『賢者の選択』part 2.
「だぁからさぁ〜、俺もあいつも、そんときは必死で逃げたワケ!」
「ふっふふっ……もう……やめんか……」
「いや、本当、たまたまあったんだよね。それが。そこにさぁ!」
「ダメだ……あっははっ! もう我を笑わせないでくれ、キシュテム殿!」
何よ……すんげー盛り上がってんじゃん……
図書塔は、現在のところ貸切状態になっているため、多少うるさくしても怒られることはない。
とはいえ、司書さんの無言の圧力が怖いんですけどね……
悪魔キシュテムは、あっという間にアイテールちゃんと意気投合して、ソファーのある一角を陣取って面白おかしい話に興じていた。はじめは澄まして最低限の対応をしていた妖精王女様も、いつのまにか素が出て大笑いしてしまっている。
「あの……王女様? もう少し声を抑えては……」
「すまぬ、キシュテム殿の話が上手すぎるのじゃ。はぁ……こんなに笑ったのは久しぶりだな」
「そうだ、ミドヴェルトも聞いてくれ。ポヴェーリアのことなら、俺だって知らない仲じゃないしな!」
伝説の悪魔は、すっかり馴染んでいる様子で私に話しかける。その顔は屈託がなくて含みは感じられない。わりと根に持ってもいいレベルで死闘を繰り広げた気がするんですけど……
もしかしてだけど、ヘス卿の人当たりの良さって、中に潜んでたコイツの影響もあるのか……?
こんな状態だと、いつまでも警戒している私のほうが心が狭いと思われてしまいそうだ。切り替えが必要なのはこっちだってこと……?
悪魔キシュテムは、魔国外での行動については自由を保障されている。でもヘス卿との関係がやっぱり影響して魔国内、特に王都には許可なく立ち入りができないということになっていたはずだ。
だけど、ファレリ島が経済特別区に指定されてからは、魔国の領土だけど例外的に自由な立ち入りが認められているようだった。
まあ、神出鬼没の悪魔を管理するのは、魔国とはいえ難しいらしい。
悪魔執事のマーヤークさんや青髪悪魔のロンゲラップさんは、王室との正式な契約でいろいろと能力や行動を規制されているらしいし、問題を起こして分離された赤髪悪魔のエニウェトクさんは、厳密にはロンゲラップさんの管理下になっているという。
魔国の賓客として堂々と活動しているヴァンゲリス様は、一応あれでも暗黒海の王子だし、次にまた問題を起こせば実家に送り返すと警告済み。
悪魔キシュテムにも似たような通達をしていると思うけど、所属が曖昧なので効果的な罰を与えることができないとマーヤークさんが愚痴っていた。
そんな厄介な悪魔が、なんでまた……
「ポヴェーリアさんの件にご協力いただけるということですか?」
「ああ、ここにある本なら俺もすべて読んでいる。聞きたいことがあったら何でも質問してくれ!」
何だかすごく協力的だけど……そういえばヘス卿は、いつだったか麗人と戦ったことがあるとか言ってたなぁ……
そんときもやっぱ、このニヤけた悪魔は一緒に居たんだろうか?
「じゃあ……麗人が壊れたらどうなるんでしょうか……?」
ポヴェーリアさんには確かに人格があったと思うけど、AIっぽくなってしまっていたのもまた事実である。
そんなわけで、私はあえて「壊れた」という言葉を選んだ。これをアイテールちゃんがどう思うか……
「ふーむ……壊れた麗人ねぇ……お! あったぞ!」
伝説の悪魔はドヤ顔で瞬間移動して、一冊の本を持ってまた同じ場所に現れる。
「この本の112ページだ……これだな!」
思わずアイテールちゃんと一緒に開かれた本の頁を覗き込むと、麗人っぽい挿絵からキラキラの何かがあふれ出ていた。
「これ……あのときと同じですよね?!」
すごい! この悪魔、優秀な図書館蔵書検索システムだ……!!
私とアイテールちゃんは一気にスイッチが入って、伝説の悪魔を使い倒した。
おかげで麗人についての資料がかなり集まる。
私がスマホ魔法で必要な部分を画像に収めていると、悪魔キシュテムが興味深げに首を傾げた。
「なんだ? ソレ」
「あっ、これは……えーと、写真が撮れる魔道具です……」
何気なく説明しようとして、もし欲しいと言われたらどう断ろうかと思ってしまった。
まあ、今のところスマホを渡したかった悪魔関係者には軒並み断られているので、あまり心配はいらないはず……
なんて思っていると、このウェーイ系悪魔は、私が最も恐れている方向に話題を持っていった。
「え、俺も欲しい! 王女も持ってんの?」
「我のものは特別製じゃ!」
「なんだよー! いいじゃんいいじゃん! えーミドヴェルト、俺もほしー! ねーねー!」
急に馴れ馴れしく肩を組んで纏わりついてくるようになったワイルドな悪魔に背後を取られながら、私は死んだ目でキラキラにデコりまくったスマホを見せびらかすアイテールちゃんを見つめる。
妖精王女様は、何かお考えがあるのか、いい笑顔で返してくれた。
何スかね……未来視で何かご覧になったとかスかね……?
「まあ、でも、確かに……ポヴェーリアさんとの関わりが少しでもあったキシュテムさんなら、ご協力いただけたほうがいいかもしれませんね……」
「そう! だから俺にもコレ、貰えるだろ? な!」
「はあ……そんなにお望みであれば、まあ……」
本当にいいのかなぁ……?
なんか落とし穴がありそうで嫌なんだが……
でも、アイテールちゃんが「渡せ!」みたいな空気出してくるから、私にはわからない意味がある行為なのかもしれないし……
えーい! もう知らんわぁ!!
私は思い切ってスマホ魔法を出現させ、伝説の悪魔さん用のスマホを適当にいじって設定を変えられないか頑張ってみる。
キシュテムさんがワクワクした顔でこっちを見ていらっしゃいますけど、すぐ渡すわけにはいかんのですよ……
できれば連絡先をリセットしたい。
私のスマホ魔法は、一応、私が認めた人にしかスマホを渡さない前提みたいで、連絡先がみんなリンクしちゃうんだよね……
だから、悪魔キシュテムと、魔国の王様とかライオン公爵様とか元メガラニカ王とかが自動的に繋がってしまう。もちろん女子たちにも。
もしホムンクルス姫に、ウェスパシアの祭壇ネタとかを不用意に漏らされたら最悪だ。
そうでなくても、面白半分に誘惑とかされたら、たまったもんじゃない。
あ、ダメだ……元から入ってるアプリは消せないっぽい……いや待って! チャイルドロックは?! ……あ、ダメだ。挫折した。
「キシュテムさんは高潔な悪魔という噂を聞いてますから、この魔道具を信用して渡します。この魔道具は、写真を撮るだけでなく、連絡できる機能もあるんですけど……申し訳ございません、しないでもらえますか?」
「いいぞ? どっちみち気が向いたら、あんたのとこまで瞬間移動できるし」
「あ……そうでしたか。失礼いたしました」
この悪魔、精霊女王ベリル様系のヤベー奴だった……
そんなら興味もないか、連絡機能には。
「じゃあ、こちらをお渡ししますね。使い方は……」
「おー、面白いじゃねーか! あんたと王女にも連絡しちゃダメなの?」
「我はかまわぬぞ。いつでも連絡を寄越すがよい」
「あぁ、まあ……それでしたら……私と妖精王女様への連絡は許可します」
あ、やっぱ面倒の予感がする。
私は疲れ果てて、連絡先に追加された伝説の悪魔のアイコンを眺めた。




