10.『賢者の選択』part 1.
「ふむ……よろしくやったようじゃな」
浜辺で勇者様と別れて自分の水上コテージに戻ると、ソファに寛ぐアイテールちゃんに出迎えられてビビる。
「え?! な! あれ? ここ私の部屋ですよね?!」
「そうじゃが?」
優雅にお茶を飲んだ妖精王女様は、カップを置くと気だるげにソファの背もたれに身を預け、目を閉じてため息をつく。
その美しさに思わず見惚れてしまいそうになるけど、イタズラっぽく片側だけ引き上げられた口元が、何やら私の警戒心を煽ってくる。
「我は……運命の恋人たちの光が見える」
「え?」
何? なんか恥ずかしいシーン見られてたってこと?!
思わず自分の体をチェックするけど、どこも光っていない。
「な、なんでそんな……?!」
「ふふ……やっと勇者ルート確定といったところか。我に気兼ねなく甘々プレイを堪能するがよい」
「グハッ! やめてくださいよ!!」
私だって、それほど乙女ゲームやったことないのにィ……!
いやむしろ、アドベンチャーゲーム的なやつで言うなら殺人事件モノしかやったことないくらいで、私の乙女ゲームの知識は小説とか漫画で何となく聞きかじったものだ。
ちなみにこの妖精王女様も転生者とかでは全然なく、引っ込み思案で自己肯定感が低すぎたので私が面白おかしいお話を聞かせているうちに、いつの間にかこのような仕上がりになっていたのである。
これって私のせいなのかな?
まあ、私のせいか……
気を取り直して自分のお茶を淹れ、アイテールちゃんの向かいに座ると、私に目を向けた妖精王女様は姿勢を正して意を決したように言葉を紡いだ。
「……相談があるのじゃ」
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
王様と上層部の仲間たちがガーデンヴィラに入る前、ヘス卿が使っていた部屋には、とんでもなく貴重な本が積まれていた。それを収めるためにマーヤークさんに新しく図書塔を作ってもらって、文官さんたちに整理してもらっている。
かなりの希少本があったので、アイテールちゃんに報告しなければと思いながら、私は日々の仕事に忙殺されていたのだった。
「なるほどな……ヘスダーレンという者、確かに妖精や人間たちを取り込む目論みを持っておったようじゃ……」
速読ができるアイテールちゃんは、思いのほか豪華に仕上がっていた図書塔で、次から次と本のページをめくりながら内容を確認していく。
その中には禁じられた魔法書だけでなく、妖精国の歴史や人間の生態についても詳しい記述がされている本があったようだ。
「でも、ポヴェーリアさんを復活させる方法なんてあるんでしょうか……?」
「ホムンクルスのようなわけには行かぬであろうな。あの者は元より作られた存在ゆえ……しかし大精霊に作らせても同じものはできないという」
「え、大精霊様達に確認したんですか?!」
「師匠にも報告済じゃ」
「ええ?! 師匠って……精霊女王ベリル様のことですよね?!」
私がバタバタしているうちに、アイテールちゃんもいろいろと手を尽くしていたらしい。妖精王女様の相談というのは、ポヴェーリアさんの想いを探す方法についてだった。
二人の間には主従契約があり、ポヴェーリアさんは妖精王女アイテールちゃんの僕として永遠に仕えることを誓ったらしい。その契約印が、今も消えていないという。
そのせいで、アイテールちゃんはポヴェーリアさんがどこかでまだ生きていると考えているようだった。
確かに、麗人はホリーブレ洞窟の大精霊様によって作られた特殊な存在だ。蛇男くんとの決闘で傷ついたときも、ポヴェーリアさんの傷口の奥には何やら宇宙のようなキラキラした深淵が見えたし、血液の代わりにキラキラのラメみたいなものが零れ落ちていたのだ。
だから、死という概念が当てはまらない可能性はある。
ちなみに、あのとき駄目元で甲板や船室をくまなく探したけど、魂のコアっぽいものは落ちてなかった。
アイテールちゃん曰く、金色の煙がファレリ島のほうへ飛んでいくのを見たとのことで、私たちはファレリ島のどこかにポヴェーリアさんに関係するものがないか探すことになったのである。
そんなこんなで、まずは調べ物をしようって話になって、私たちは図書塔にやってきたのだった。
「あ、またあった、中世科学本!」
「ここにもあるな……ヘスダーレンとやら、なかなか話がわかる御仁ではなかったか?」
この異世界で中世科学本の扱いは、とんでもオカルトジャンルである。魔法がある世界なので、科学のほうはイマイチ胡散臭い目で見られてしまうようだ。たとえばニュートン的に引力の解明を試みても、重力魔法でいくらでも中心点が変えられるので、リンゴが落ちたとしてこの惑星が持つ引力なのかどうかハッキリしない。地中に重力魔法の罠が仕掛けられてるのかもしれないし。そんなこんなで、正確性に重きを置いて「〜かもしれない」とか「〜の可能性がある」とかばかりの本は、読者ウケがすこぶる悪かった。
やっぱり、本当かどうかわからなくても、自信満々に言い切ってしまうほうが民衆はついてくる。
私もそこら辺の理論は、新興宗教を立ち上げる際に利用させてもらった。
心の中に迷いがあると、ぐるぐる考えちゃって本当に疲れるから、確定できるところはどんどん確定していってしまうほうが楽なのだ。
こうかもしれない、ああかもしれない、たぶん十中八九こうだろう。でも答えはわからない。
……そんな状況だと、精神的な疲労は溜まる一方だもんね。
そんなときに、こうだよ。と言い切ることができれば、ああやっぱりそうか、と楽になれるのだ。
それが欲しくない答えだとしても、思いを断ち切るための判断材料にはなる。
決断とは、別に必ずしも正解を選ばなきゃいけないってことじゃなくて、今必要ではない可能性を思い切って捨てることなんだよね。
可能性があると、希望につながる反面、迷ってしまう。そして、いつまでもぐるぐると、答えのない思考の沼に沈んでしまうのだ。あんまり考えすぎると発狂する人も出てくるから、楽観視せず早めに対処しないと危険なのである。
そういった気持ちの切り替えをできなくしてしまう場合があるので、中世科学本は読む人を狂わせる危険な本とされているのだった。
まあ、現実世界の科学をある程度把握している私は問題なく読めるけど。
レベルアップしたアイテールちゃんも、いろんな能力を総動員して楽しめているようだ。
ただ、ポヴェーリアさんはどうだったのかわからない。
もしかしたら、真面目なポヴェーリアさんは、人知れずいろいろ考えちゃってたかもしれない。そして、自分でも気付かないうちに精神のバランスを崩していたのではないか。だからこそ、ヘス卿の説得力に惹かれてしまったと考えると違和感がない。
私も平和な頃のヘス卿と話すのは楽しかった。
ヘス卿は、何でも知ってる上に、新しいことも柔軟に受け止めて理解を示してくれたと思う。
それに、何よりいつも自信満々に結論を出していた。今考えると、私と勇者様を結婚させようとしたのは単なるお節介で、私たちの関係を確定させたかっただけかもね。何となく良心的に解釈してしまうけど、今となってはそう思いたい。
「ヘスダーレン様と王女様なら、きっと話が盛り上がったと思います……」
もっとヘス卿のお話を聞いてみたかったなぁ……
なんて思っていると、斜め後ろから不意に覗き込む影を感じた。
「そうか? あんな変人と会話できる奴なんて、そうそう居ないと思うぞ?」
「?!!」
ゾッとして振り向くと、背の高い黒髪の男が立っている。長めの髪を後ろで結って、ワイルドな雰囲気ながら軟派な顔つき……その上ヘス卿を知っているような口ぶり……これってまさか……?!
「悪魔キシュテム?!」
「よっ! 久しぶりだな」
笑顔で手をあげる伝説の悪魔にビビった私は、思わず妖精王女様の前に立ち、駄目元で護衛代わりに時間を稼ごうと話を続けた。たぶん私の結界は破られてしまうので、最悪の場合、私はアイテールちゃんの盾にすらなれない。
このタコ悪魔は、わりと殺意が高い上に、攻撃方法も多彩なので気が抜けない。とりあえず、またゴマ粒みたいなのが飛んできたらヤバいので、あんまり口を開けないようにしよう。
「な、何しに来たんですか……? ヘスダーレン様の件でしたらもう決着済みですよね?」
「べっつにぃ〜? あいつの本がまとめられてるから、俺もたまにここで読んでるだけだけど?」
「はい……?」
そういえばコイツ、魔国の客分として自由な行動が保障されてるんだった……




