9.『秘密の恋』part 35.
「あの……申し訳ございません王女様……」
「…………」
私が余計なことを言ってしまった。レベル上げてみようなんて。ゲームの世界じゃないのに。
ポヴェーリアさんの気持ちは、アイテールちゃんに伝わっていただろうか?
「我はこうなることがわかっていたのだ、教育係殿よ……」
「え?」
そういえば、アイテールちゃんって未来予知っぽい能力があるんだっけ。未来視……とポヴェーリアさんは言っていた。
「ポヴェーリアさん……どうしてヘス卿に剣を向けたんでしょうか?」
「あの者は消えたがっていた。だからこそ、生かす道を探りたかったのじゃが」
「ポヴェーリアさんがですか?」
「二人ともじゃ」
ヘス卿が? まさかと思いながらも、これまでに見た一貫性のない行動を思い出し、予想外にヘス卿に同調していたポヴェーリアさんの想いが急に理解できたような気がした。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
とりあえずみんなで王城に帰ると、チュレア様はヘス卿の一件を報告するために慌ただしく撤収していった。
そのヘス卿はといえば、王冠の臨界時にはとっくに限界を迎えていたらしく、お身体は粉々になってしまったようだ。
王冠の魔力と一緒にマーヤークさんが処理しようとしたところ、悪魔キシュテムが押し留め、粉を革袋に詰めて去っていったとのことだ。
また復活に利用されちゃうんじゃないか? なんて思ったりしたけど、魔国の常識でも悪魔の常識でもそれはないとのことだった。
まだ私は異世界を理解しきれていないので、勝手に変な妄想をしてしまっているらしい。知らないものに対する無意識の最悪な想定は、万が一に備えて心の隅に置いておくのはいいけれど、やっぱり言葉に出してはいけなかった……
おかげで私はマーヤークさんに、かなりヤバめの陰謀論者だと思われてしまっている。
ちなみに悪魔キシュテムは、伝説の悪魔として魔国外で自由に行動するとのこと。
ヘスダーレン卿とは別段契約関係にあったわけではなく、友誼上の関係であったと主張し、魔国の客分の立場を確保しながらしれっと美味しいとこ取りをしたみたい。あれでいて悪魔としてはかなり地位が高いらしく、とっくに寿命を終えていたヘスダーレン卿を内外からサポートしていたっぽい。伝説らしく高潔な悪魔だったようだ。悪魔なのに……まあアレだね。現実世界でいうと、少年の心を失わないで冒険ばっかしてる大富豪の社長みたいなもんか。
「そんなこと出来るもんなんですねぇ……」
私の部屋まで詳細を報告しに来てくれたフワフワちゃんとマーヤークさんに、最近お気に入りのミントチョコを振る舞うと、話が弾んで雑談に発展した。
「ミドヴェルト様もお望みとあらばご相談ください。あなた様の体内ならば、私の転職先としてこれ以上ない環境ですので」
「え、嫌です」
「ム、ムー!!」
私は人間として生き、人間として死にたい。たとえなんか長生きしたい事情ができたとしても、目の前の悪魔執事に体を乗っ取られるのは御免被りたいものである。それにどうせこの悪魔は、私の生命力を吸い放題になることが目当てなのだろう。
悪魔キシュテムは、最後にヘスダーレン卿の呪いを置き土産にして去った。
いわゆるウェスパシアの祭壇問題である。
ウェスパシアの祭壇は、魔国の魔物たちが生まれる場所として数千年崇められてきた場所だけど、実は魔国で最も魔力量の多い女性を生贄にして維持してきた微妙なシステムなのだ。
フワフワちゃんのお母さんである王妃様も、あのグツグツ謎に泡立ってる黒紫のカルデラっぽい窪みに自ら沈んだという話だった。
その件については、ヘス卿から聞いた話とマーヤークさんから聞いた話で、だいぶ全容が見えてきている。
この話は、まだ上層部だけでトップシークレットとされているから、私もあんまり外で話せない。
でも、ホムンクルス姫あたりが知ったら、いろいろと考え込んじゃいそうで心配だ。
ライオン公爵様の生前のキャラ……っていうかモラハラ王子は、どこまで知っていたのだろうか?
もしかして単純に酷い奴じゃなかったかもしれないし、非常にセンシティブな問題だと思う。
まあでも、まんま傲慢クソ野郎だった可能性も高いし、そこは今さら蒸し返さないほうがいいだろう。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「わあ……! 改めてよく見ると、すごく綺麗ですね!」
海! そして空!!
はじめて来たときも結構感動したけど、ファレリ島はかなり本格的リゾート地になれそうなポテンシャルを持っていると思う。
今回は、ファレリ帝国の後始末と称して、チュレア女公爵様がバカンスに誘ってくださったのだった。
あのとき一緒だった面子に、王様と上層部が追加されているが、あくまでも休暇の体で白々しい茶番劇が巻き起こっている。
「いやぁ結構結構。この辺りは特に気候の良さが際立ちますな!」
うん……言いたいことはわかる。魔国の王都ってなんか知んないけど曇り率が高くて、雨の日も多いのだ。たまに青空が見られるって感じで、基本的に黒雲とマイナスイオンにあふれている。セドレツ外務大臣は、カラフルなアロハっぽい中世の衣装を着込んでいて、浮かれたピエロにしか見えないが上機嫌のようだ。王様と黒い棒みたいな大臣さんは、サラッとクールビズみたいな無難な格好をして周囲の風景に溶け込んでいた。
とりあえず、元気なうちにマーヤークさんの能力でサクッと人数分の水上コテージを用意し、王様と上層部の皆さんたちはガーデンヴィラに泊まってもらうことにする。
ひとりぼっちになってしまったアイテールちゃんが、嫌な思い出のあるこの地で変なテンションにならないか心配だったけど、面倒見のいいチュレア様がついていてくれるとのことでお任せした。
本当のところ、私と上層部の皆さんにはやることがいっぱいある。ヘス卿の残した課題にどう向き合うかって部分で、チュレア様曰く長々とつまらない会議が日夜開かれて、面倒くさくなった王様がファレリ島を経済特別区に指定して実験的な政策を進めることになったのだ。
今でこそ魔国には人間さん達が保護されているけど、妖精族は留学の名目で滞在している妖精王女様のほかにはスパイぐらいしかいない。
そんなわけで、このファレリ島を世界的に有名なリゾート地にして、さまざまな種族が平和に交流できる緩衝地にしようという計画なんだよね。
これがうまく行けば、どこかで見ている悪魔キシュテムもちょっとぐらいは満足してくれるだろう。……たぶん。
あの伝説の悪魔は、ヘス卿の理想を実現するために魔国を監視し続けると言い残して去っていったらしい。
外圧に弱い魔国の上層部は、急にてんてこ舞いで事なかれ主義からの脱却を図っているのだった。
手始めに、お店と宿泊施設といくつかのアクティビティを用意して、ファレリ島との定期便を就航させるってことになっている。
チュレア様がマーヤークさんをこき使って用意した魔国艦隊は、近海の警備をさせることで常時運用するらしい。
「はぁ……忙しくなりそうだなぁ」
夕方近くになって、やっと自分の水上コテージに戻ると、浜辺にベアトゥス様が立っていた。
「おう、やっと帰ってきたか」
「あれ? どうしました?」
「ちょっと歩かねぇか?」
「え? ああ、はい……」
考えてみたら、あのとき甲板の上で勢い余って逆プロポーズみたいなことしちゃってから、忙しすぎて勇者様とあんまり話ができてなかったかもしんない。
……なので、個人的には仮眠したかったけど、ベアトゥス様のお散歩に付き合うことにした。
久々のデートって感じかな?
打ち寄せる波音がいい感じに眠気を誘ってくるけど、太陽が落ちかけている海辺はとっても綺麗だ。
「俺は迷惑な男かもしれんな……」
「え、急になんですか?」
まさか、また婚約解消したいとか言い出すんじゃないだろうな? まあ、ほかに好きな人ができたんならしょうがないけど……いや、しょうがなくないけど、ちょっと仕事にかまけて放置したぐらいで怒られるのは勘弁してほしい。
「俺はお前に相応しい男ではないと思っていた。お前は王都で女神のように崇められていて、俺は取るに足らない人間だった……」
「はあ?! 私もただの人間ですけど?! そういう変に持ち上げるの、やめてもらえます?」
「まあ聞け、そこには嫉妬もあったかもしれないが、とにかく俺は何か手掛かりがほしかったのだ」
勇者様としては、単なる一般人だと思っていた私が、意外と王様と繋がってたりホテル経営してたりしてビックリしてしまったらしい。一部ストーカーに女神扱いされていたのも事実だし、ベアトゥス様が勘違いするのもしょうがない……のか?
すべては単に成り行きで、別に私は高貴な生まれってわけでも何でもないので、勇者様の方がすごいと思うんだけどなあ……放射線も無効だし。
まあでも、ここで無理に反論したところで勇者様のモヤモヤは晴れないだろう。私は仕方なく聞き役に徹することにした。
「ファレリ帝国に渡ってからは、視界が開けたような思いだった。お前から離れることで、集中力も戻ったようだった。俺は俺のやるべきことを見つけた……と思い込んでいたのだ」
「それって……何なんですか?」
「守護、対象の守護だ」
この勇者は、根っからの勇者なんだな……夕日に照らされて、ちょっと逆光気味になっているベアトゥス様の表情はすごく優しい。
何かを守るって、強くなきゃできないことだもんね。
「しかし、まさかお前が追いかけてくるとはな……」
急に立ち止まった勇者様は、こちらに向き直って一瞬だけ強い視線で私を射抜いた。ドキッとするけど、勇者様がすぐに俯いてしまって私は不安になる。
「お前を諦めるのにいい機会だと思ったが、やはり逃してはやれぬ……」
「も、もう逃げません!」
ベアトゥス様に良かれと思って、自由に行動してほしいと考えてたんだけど……それが逆に意味不明でストレスを与える原因になってたとしたら、申し訳ないとしか言いようがない。
私も自分の気持ちがわからなくて、その場しのぎで、好きでもないのに好きな振りしちゃったのだ。挙げ句の果てには、気になるくせに興味ない振りしたりして、本当どうしようもない。でも、好きだからこそ好き避けしてしまうって、誰にでもあるよね。……ないか?
勇者様は、ほにゃんと気の抜けた笑顔を浮かべて、柔らかく私を抱きしめてくれた。
「無理するな」
「無理してません……好きです」
この筋肉勇者には、わかりやすいどころか超絶ストレートに気持ちを伝えないと、勝手に勘違いするから。
私の羞恥心が何だっていうんだ。そんなもの、今はどうでもいい。




