9.『秘密の恋』part 33.
「……アイ……テール様……?」
ポヴェーリアさんの剣を止めたのは、まさかの妖精王女様だった。 チュレア様と一緒に来てたのか、全然気づかなかった……
そのまま甲板の上で剣戟がはじまって、キン! キン! と金属音が響く。
アイテールちゃんは鋭い視線をポヴェーリアさんに固定したかのように離さず、ドレスと一体になって何やらポヨンポヨンした生き物のような、イレギュラーな動きで攻めていた。この世界の最強存在といわれる精霊女王ベリル様に師事していただけあって、妖精王女様の剣技はとんでもなくレベルが高い。
防戦一方のポヴェーリアさんは、まだこの戦いにどういった意図があるのかわかっていないようだった。
アイテールちゃんにどこまで認めてもらえるかわかんないけど、以前のポヴェーリアさんと比べたらだいぶ強くなっているはずだ。
二人の様子を見ながら意識をヘス卿のほうに戻すと、予定通りに行かなかったことにショックを受けたのか、ヨレヨレのまま呆然としている。
さっきの感じ、どう見てもポヴェーリアさんがヘス卿を殺す流れに見えたけど、死んだらどうなるっていうの?
もしかして、死亡保険みたいな何かを掛けてたのかな……?
ポヴェーリアさんは、かなりヘス卿に傾倒してたような気がするんだけど……やっぱ命令されたら契約者でも殺そうとしちゃうのはAI仕様の欠陥的なことなのかな?
たぶんアイテールちゃんは、そこら辺に怒ってるんだと思う。
大事な部分は自分で判断して欲しいみたいな、何か期待感があったのだろう。
でも日本の武家みたいな感覚だと「もはやこれまで!」とかいって「介錯つかまつる!」的な考え方で主人にとどめを刺すのも、まあなきにしもあらずっていうか……
現実世界にある地元の観光地なんて、まんまソレだもんなぁ……
ご老中の家の女性たちが集団自決とか、少年の隊士たちがお城陥落で集団自決とか……
そう考えると、私も少し自信がなくなる。私って知らず知らずのうちにアイテールちゃんをガッカリさせてる瞬間があるんじゃないだろうか、とか……無意識のうちに大切なものを見誤ったりしてるんじゃないか、とか……
「ハッ! そういえばベアトゥス様、もうヘス卿との契約は解消されたのですよね? お身体に異常はありませんか?」
「おう、これといって何も感じねぇな……」
手のひらを握ったり開いたりしながら勇者様が答える。とりあえず契約破棄とかの問題はなさそうでよかった。これは円満な解約ってことでいいのだろうか? ペナルティなし?
久しぶりに筋肉勇者の体を間近で見たけど、相変わらずデカい。こんなん殺したって死なないよな……でも見た目が頑丈だからって中身が安定してなきゃ意味ないわけだし……
「バカ、やめろ! お前、こんなところでッ……!」
「え?」
勇者様が急に怒り出すので、私は契約解除の失敗で謎のトリガーが起動して暴れ出すのかと思ったが、焦って声のするほうを見上げると、ベアトゥス様はなんだか照れて困っているようだった。
なんだろ……普通に背中の筋肉触っただけなんだけど……?
でもまあ、どこだって勝手に触ったらセクハラか。この程度……とか加害者が思ってても、被害者にトラウマを植え付けてしまう場合もあるのかもしれない。異世界だからって、そこら辺テキトーにしてると、思わぬしっぺ返しを喰らいそうだ。
「申し訳ございません、ご無事かどうか確認したくて」
「そ、そうかよ……すまん、勘違いした」
「勘違い……?」
やっぱセクハラになっちゃってたのかな……一応さっきプロポーズみたいなことしちゃったけど、それとこれとは話が別だ。現実世界だと最近は両想いカップルでも夫婦でも、デートDVとか色々と関係性が精密化しているらしいし、ワンアクション毎にインフォームドコンセント的な前置きとか説明が必要なのかもしれない。
念のため周囲を見渡すと、ヘス卿はマーヤークさんが押さえているし、チュレア女公爵様とフワフワちゃんがいるのでそちらは問題なさそうだ。周囲のファレリ民さんたちも、疲れ切ったように倒れこんでいて、ほとんど無力化されている。
少し離れた甲板で今も戦っているのは、妖精王女アイテールちゃんと、麗人の王で僕たるポヴェーリアさんだけだった。
なので、私たちは暇である。
「そういえば、ベアトゥス様ってどうして私の危機一髪に気づいたんですか? すごいタイミングでしたよね」
「ああ、そういうスキルなのだ」
「スキル……」
なんだろ、ダメージ肩代わり的なやつかな? 周囲に人が多いからか、スキルの内容までは教えてもらえなかった。勇者様は何個スキル持ってるんだろう? 単純に人間の数自体が少ない上に、スキル持ちってあんまりバレないほうがいいみたいな風潮があるので、スキルってものが私はいまいちよくわからない。
ここで掘り下げるような話題でもないので、後で聞けたら聞いてみよう。
そんな呑気なことを考えていたときだった。
急に辺りがパッと明るくなって、アイテールちゃんの前で光の粒子をギュッとした煙みたいなものが広がった。
最初は魔法攻撃か何かだと思ったそれは、消えかけの花火のようにキラキラと煌めいて、そして何事もなかったかのように波の音に紛れていったのだった。
アイテールちゃんは、無表情で剣を突き出したまま固まっている。
え、もしかしてこれ……
「あら、惜しいこと」
チュレア様が扇を閉じて小さく呟く。
ポヴェーリアさんは、どこにも居なかった。
「ポヴェーリアもいったか……」
ヘス卿の言葉で、私は察したくもないことを強制的に思い知らされる。
アイテールちゃんがポヴェーリアさんを消滅させたのだ。
え? でも、なんで? そんな必要あった? アイテールちゃんはポヴェーリアさんを好きで、これからもずっと一緒にいるためにレベル上げしようって話で、それで剣の腕を磨いてそれで……
「アイテールちゃん……!」
「バカ! そっちに行くんじゃねぇ!!」
思わず勇者様の陰から出て何歩か歩き出すと、ヘス卿の目が真っ黒になって、耳からタコみたいな黒い触手が何本かウニョウニョと漏れ出した。ヘス卿を押さえている執事さんが、それに気づいて黒いモヤモヤで追い縋るけどスピードが足りない。そのまま謎のタコ足がすごい勢いで私の方に伸びてきて、足首に絡みついて引き倒されてしまった。
「ひゃあ!!」
「ミドヴェルト!」
タコ足の吸盤が皮膚にくっついて気持ち悪い。私は勇者様に体を抱えられながら、綱引きの綱みたいな状態になってしまった。
こんなとき、大岡裁きなら愛のあるほうが手を離すって話だけど、できればベアトゥス様に離してほしくない。悪魔的なタコ足の接着部分は足首だけで、耳でもなければ口でもないのに生命力が吸われているような脱力感がある。おえ……胃もたれみたいな胸焼けみたいな感覚が迫り上がってくるようで気持ち悪い……もうダメかも……
「悪いね、俺としちゃあ、まあコイツにできるだけのことはしてやりたいんだよ」
タコ型のヘスダーレン卿が、おもむろに懐から虹色に光る王冠を取り出した。正面の大きな宝石が嵌め込まれている部分にタコ足が差し込まれると、私と接続している足首の吸盤部分が一気に冷たくなった。吸い込まれるような感覚があって、重心が下にズレるみたいな衝撃に襲われる。
なんか……実際は体を横たえて寝てるのに、急に滑って転びそうになる夢を見て、現実の身体もガクッてなるみたいな……そんな感じ。でも夢ならその衝撃で目が覚めるのに、この触手の白昼夢からは醒められそうにない。
私は何度もガクガクしながら、ベアトゥス様が必死な顔で何か言ってるのをぼんやりと眺めていた。
あれ……? ヤバいなこれ、涙と鼻水両方出てるかも……くそダサ顔を晒してしまっている気がする……ちがうんです……涙が鼻から出てるだけなんですぅ……うう、せっかく両想いになったのに……鼻水女なんて嫌われちゃうじゃん……
これだけヤバい状態なのに私の意識が暗転しないのは、やっぱ足首からの生命力吸引には無駄が多いということなのだろうか?
執事悪魔マーヤークさんのやり方が、とってもスマートだってことに気づけて良かった……
「はは……まさかここまで復活できるとはな! あんた本当に人間か?!」
タコダーレンはすごいパワーで執事さんを跳ね除け、下半身を完全にタコみたいにウニョウニョさせながら高笑いをはじめた。いや、これはヘスダーレン様ではなく、悪魔キシュテムとみて間違いないだろう。本体の大部分はマーヤークさんによって捕獲されたらしいけど、やっぱりヘス卿の中に少し残っていたんだと思う。あのゴマみたいなウニョウニョがほんのひとつでも残っていれば、私から生命力を奪うことで一気に増殖できるんじゃないかな。……たぶん。
マーヤークさんはすっかり萎れていて、膝をついてボロボロだ。相変わらず、強いのか弱いのかよくわからない。
勇者様は私のほうに気を取られて、なんだか戦線離脱してしまっている。
ヤバいかも……私はうまく気絶させてくれなかった伝説の悪魔に文句を言ってやりたかったが、身動きができずに絶望しかけていた。
まるでこの場を制したかのように勝ち誇る悪魔キシュテムの背後から、鈴のように澄ました声がするまでは。




