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9.『秘密の恋』part 31.

 私が離れて戦ってほしいと言ったせいか、勇者ベアトゥス様は豆粒みたいにしか見えない遠い空中で、何やらチュレア女公爵様から爆発する攻撃を受けているようだった。あの攻撃がひとつでもこっちに飛んできたら、大規模艦隊でも一瞬で灰になるだろう……カゴ部屋の隙間から上空に目を凝らしながら、私は何となく斜め後ろにいるであろう執事さんに尋ねる。



「あれって……決着つくんでしょうか……?」


「さあ、どうでしょう。お二人ともお強いので、スタミナ切れということにはならないと思いますが」


「……マーヤークさん、楽しんでます?」



 だいぶ状態が落ち着いてきたのか、いつもの悪魔的な微笑みを取り戻して、執事さんは無言で目を伏せた。悪魔に忠誠心を期待してもしょうがないけど、今回は絶対チュレア様に思うところあるだろうな……このシワシワっぷりは時間経過で治るものなんだろうか?? というか、以前に力を失ったときは確かちっちゃい子供状態になってたのに、どういう仕組みなんだろう……?


 まあ、悪魔執事に余裕が出てきて何よりですけど……ヘス卿のほうはどうなってるんだ?


 結界があるならここに居たほうがいいだろうって言われて私は全然動けていないんだけど、一応アイテールちゃんに任されてるから、ポヴェーリアさんの安否ぐらいは把握しておきたい。



「ヘス卿のほうは……」

「おっと、待ち人が来たようですね。私はミドヴェルト様のお近くに控えておりますので」


「え?」



 マーヤークさんの鋭い視線が向いたほうに、私も釣られて目をやると、ちょうどヘス卿とポヴェーリアさんが甲板を歩いてきたところだった。


 あれ? なんか、怒ってる……? というか、ヘス卿ボロくなってる??


 ちょっと笑いそうになってしまうけど、明らかに面倒が起こりそうなので気合を入れ直して真顔(まがお)を作った。私は真面目です。笑っていませんでした。よし、この表情でいこう。



「ちょっといいかな? ここを開けてくれないか?」



 意外にもお行儀良く許可を取ろうとしたヘス卿は、室内にマーヤークさんの姿を見つけると、眉を(ひそ)める。



「無理に押し入ってもいいのだが、ここは紳士的に行こうではないか、なあマーヤーク」



 あ、知り合いなんだ……


 私が寝ているうちに一戦交えたのだろうか、それとも旧知の仲なのか、ヘス卿に取り憑いてる悪魔って伝説の存在とか言われてたらしいけど何歳なんだろ……?


 どっちみち籠城しても無意味なんだよね。ヘス卿もポヴェーリアさんも私の結界を破れてしまうわけだし……私は大人しくカゴ部屋のドアを開け、ヘス卿とポヴェーリアさんを中に入れた。ヘス卿は落ち着いた様子で室内に入ってきて、周囲を軽く眺める。何となく初めて会った頃のお爺ちゃんぽく感じたので、一応確認してみようと思った。



「ヘスダーレン様、あなたは今……()()()なのでしょうか?」


「……あんたには済まないことをしたな。だが私にはこの方法しかなかったのだ」


「悪魔キシュテムではない……ということでよろしいのですね」


「私がどちらだろうと、もう関係ないのではないかね?」



 ヘス卿は、思慮深そうな表情をしたかと思うと、何やら遠い目で自嘲気味の笑みを浮かべる。変なワイルドチャラ男キャラは、やっぱ悪魔のせいだったのかな……?



「ヘスダーレン様、私は理想を追い求めるあなたを応援したいと思っていたのです。でもそのために戦争が必要だとは感じられませんでした」


「理想には力が必要だ。だが、まあ、それは私個人の考えなのかもしれんな……あんたにはあんたのやり方があるのだろう」


「こちらにはどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか? 降伏のお申し入れなら承りますが」



 私のところにわざわざ来たってことは、それ以外考えられないけど……最後にちょっと挨拶に来ただけかもしれないし、ヘス卿の考えは相変わらず予測できない。賢王って自称するからには、何か隠し球を持っていそうな気がするけど、それすらブラフかもしれない。


 何かやりそう、と思わせることがもう作戦なんじゃないか……なんて、死せるあの人が生けるアイツを走らす的なネタが好きな私なんかは、余計なことを色々と思ってしまう。でも、こうやって無駄にぐるぐる考えるだけでも十分罠にハマってしまっているし、考えようが考えまいがこっちが疲弊させられてるのには変わりないのだった。


 私はマーヤークさんに(なら)って薄ら笑いを浮かべ、動揺してないアピールを頑張るしかない。



「私は魔国の根幹に疑問を持っているのだ。あのウェスパシアの祭壇を王家が手放すなら、兵を引こうではないか」


「この期に及んで条件を出せるとお思いですか? ヘスダーレン様の兵というのは、この船に残っている怪我人のことでしょうか?」



 やばい、このオッサン、なんか考えとる……!


 ていうか、なんで私にそんな話すんの?! マーヤークさんを通じて王様にでも語りかけてんの?! それとも私のこと全権大使かなんかだと勘違いしてたりして……?


 その瞬間、なんかちっちゃい虫みたいなものが、私の口の中に飛び込んできた。


 ゴマかな? ぐらいの小ささだったので、何気なく舌で押しやって歯で噛んで捕まえた。グニョグニョ動いててキモいけど、飲み込みたくないから確保するしかない。



「んっ、はーやーふはん……なんかはいっへるんへふへほ……」



 私が口を指さすと、執事さんが黒いモヤモヤで口の中から虫を取り出してくれた。結構強めに噛んでたのに死んでないとは……強い虫だな。



「さすがです、ミドヴェルト様。こやつは先ほど捕獲した悪魔の切れ端ですね……取り逃がしていたとは不覚でした」



 悪魔、捕まってたんだ……だから、マーヤークさんがもう生命力いらないとか言ってたのかな?


 もしかして、悪魔キシュテムは寄生虫的なやつなのか??


 でも、明らかにヘス卿のいるほうから虫が飛んできたみたいだけど……本当にコイツが最後の一匹??



「いやはや、あんたには(かな)わんな。仲間になってもらおうとしたが、諦めるしかないようだ」


「え?」



 ふと顔を上げると、目の前に手刀が迫っていた。あ、これ死んだ……


 スローモーションのような感覚で、必死で脳が回転する。どうしよう? どうしたらいい?!


 焦って執事さんのほうを見ると、ポヴェーリアさんに邪魔されてこちらに来れないようだった。


 ちょっとヨレてるけど、ヘス卿なら私の結界を破って殺すことも可能だろう。


 避ける?! 避けられたらラッキーだけど、私のスピードは1よ?!


 うわぁぁああぁぁ!! もうだめだぁぁああ!!


 思わず目を閉じると、まぶたに影を感じて、唸るような低い声がした。



「これは聞いてねえぞ、ジジイ……」






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