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9.『秘密の恋』part 30.

「ミドヴェルト様! ご無事ですか?!」



 船室に駆け込んできたポヴェーリアさんが、光の紐を解いて私を助け起こしてくれた。私の無事を確認すると、ポヴェーリアさんはヘス卿に報告を続ける。



「陛下、攻撃です! 魔国の艦隊が現れました!」

「何?! あの国に海軍力は無いはず……!」



 ヘス卿が階段を駆け上がって甲板に向かうと、ポヴェーリアさんは素早く辺りの様子を伺って、私に向き直った。



「あの者が悪魔ということは確定しました、()()()()()()()()()()()()?」


殲滅(せんめつ)……ですか」



 以前、赤髪悪魔のエニウェトクさん問題で聞いたんだけど、概念である悪魔は倒すことができないらしい。だから、封印するのが精一杯なのだと。


 だけど、ホリーブレ洞窟の特別な知識があれば、あるいは殲滅も可能なのかな?



「とりあえず、ヘスダーレン様をお救いすることが最優先事項です。悪魔の処理は、その後で」


「承知いたしました」



 しばらくすると、慌てたように勇者様が船室に入ってきた。



「大丈夫か、ミドヴェルト!!」


「ベアトゥス様! こちらは問題ございません」



 私のそばにいるポヴェーリアさんに一瞬、鋭い視線を投げかけた勇者様は、状況を判断すると私に向き直る。


 

「あのジジイは案外有能だぞ。(いくさ)の後で構わないか?」



 勇者様が言っているのは、戦いの指揮を今はヘス卿に任せておきたいということだろう。まあ実際カオスな状況になっているし、敵との戦闘にヘス卿のカリスマ性は必要かもしれない。だけど……



「敵艦隊は魔国の勢力とのことですが、ベアトゥス様はどうご覧になりますか?」


「まさか……お前を迎えに来たってことかよ?」


「たぶんですが……私を甲板に上げてください」


「あぶねぇから駄目だ!」


「あのカゴ部屋なら大丈夫です!」


「お前な……まあ良い。おい、援護を頼む!」


「承知しました」



 ベアトゥス様は、私をマントの下に抱えながら、ポヴェーリアさんに指示を出す。勇者様は、私の結界魔法を知っているので、理解が早い。私はあのカゴの中で大人しくしてますので、後はよろしくお願いします。


 どうなっちゃうかわかんないけど、私はとにかく表に出て、早めに向こうに気付いてもらうしかない。


 はあ……チュレア女公爵様の超ヤバな攻撃魔法が、私の結界魔法を貫通しませんように……


 心配するとしたら()()()()だろう。


 甲板では、砲撃が起こす波の凄い揺れに翻弄されながら、船員の皆さんが右往左往していた。私は目についた船員さんたちに、片っ端から結界魔法をかけていく。ノルトラインさんも見かけたので、バッチリ結界魔法をかけて、ちょっと覚えたての強化魔法もプラスしてみた。



「あれ? 体が軽いぞ?!」

「取り舵だー!!」

「取り舵ーいっぱーい!!」

「開口部開けー!」

「砲門を出せ!」

「攻撃用意!」

「側面が敵に向き次第打てー!」



 混乱の中でも何とか船員さんたちは命令どおりに動き始める。


 私はカゴ部屋にたどり着くと、すぐ出て行こうとする勇者様とポヴェーリアさんを引き留め、とりあえず3人で作戦会議をした。



「ベアトゥス様、飛行魔道具はお持ちですか?!」


「なるほど、女公爵を抑えるのだな?!」


「お二人とも、できるだけ船団から離れて戦っていただけますか?」


「わかった、任せろ!」


「わたくしはどういたしましょうか?」


「ポヴェーリアさんは、ヘスダーレン様のお身体をお守りください!」


「承知いたしました」



 二人が出ていくと、私はカゴ部屋の入り口の結界をしっかり閉じ、ダメ元でペンダントからマーヤークさんを呼び出してみる。


 前に失敗したから、もしかしたらこっちの希望は通らない仕様なのかもしれない。だけど、このまま混戦状態になるのはあまり良くないと思う。っていうか、これぐらいしか今やることないんだよねー。フワフワちゃぁ〜ん! チュレア様ぁ〜!! 誰でもいいから早く私を見つけてぇ〜!!!


 などと泣き言をいいながら、祈りの姿勢をとっていると、帆船の方向がやっと変わったのか砲撃がはじまった。大きな振動が連続で響いて、少し緊張するけど自分を信じるしかない。このカゴ部屋は大丈夫。私の結界魔法を信じなさい。そうだ私、焦ってもしょうがないぞ私。


 すぐ近くの帆船が、魔国艦隊に真っ直ぐ突っ込んでいく。手前にいた魔国の帆船に轟音を立てて正面衝突すると、すぐ砲撃を始めて、近くを帆走していた魔国の帆船に大打撃を与えていた。あっちにだって、たくさん船員さんが乗っているだろうに……


 でも魔国の人はみんなわりと頑丈だから、全員無事だと信じたい。


 私は焦る気持ちを抑えながら、蟻のように落ちていく船員さん達を横目で見ていた。


 また砲弾が近くの海に落ちたのか、大きな水柱があがって衝撃が伝わってくる。


 うー……私、運動会のピストルの音も無理だったのに……


 しばらく揺れる船内で祈りの姿勢を続け、そろそろ諦めてフテ寝しようかなと思ったあたりで、聞き慣れた声が耳に届いた。



「大丈夫ですか? ミドヴェルト様……」



 思わず嬉しさのあまり勢いよく振り向くと、そこにはボロボロになったマーヤークさんが立っていた。



「やっと来てくれたんですね!! 執事さ……ん……?」



 ん? んん……? 何だかすごく別人になってる……? というかおじいちゃん??



「マーヤークさん……なんですよね?」


「失礼いたしました、少々疲弊しておりまして」



 そう言いながら、悪魔執事さんは身なりを気にする素振りを見せた。いつもなら、修復魔法でチャチャっと服の破れなんかは直しちゃうのに、裾を手で引っ張ってバツの悪そうな顔をしている。


 そんでもって、明らかにやつれている。


 もしかして、ファレリ島で家とか出してもらったりしたせいで、ちょっと無理させちゃったのだろうか?


 でもあの後、普通に書類持ってきてくれたし、そん時は元気だったよなぁ……


 私が意外な状況に戸惑っていると、執事さんは空気を読んで簡単に説明をしてくれた。(いわ)く、あの大艦隊を用意したのは自分であると。そのせいで前回のピンチに現れることができなかったらしい。



「え、そうだったんですか?!」


「はい、チュレア様のご命令により、先程まで生成作業をさせられておりましたので……」



 何だか嫌そうに話す悪魔が、ほんの少し哀れに見えてくる。


 こっちの艦隊も、あの王冠から出しているし、便利道具対決みたいなことなのか? マーヤークさんは枯れ木のような腕を胸に当て、やっと立っているようで、船の振動とは明らかに違う周期で小刻みに揺れていた。執事悪魔さんは申し訳なさそうにしていたが、チュレア様のご命令じゃ逃げられないだろう。しかし、いくら何でも悪魔をここまでシワシワにするとは、チュレア様ってやっぱちょっと……怖い人なんだなあ……


 とはいえ少しでも味方が欲しい状況なので、魔国の王城に帰ってからの契約だったけど、一応提案してみるか……?



「あの……もしよろしければ、少しだけ生命力お渡しします……?」


「よろしいのですか?!」



 どうせこの展開になると踏んでいたのだろう、悪魔執事は躊躇することなく、ぱあっと顔を輝かせながら飛びついてきた。お得意の駆け引きで常用しているポーカーフェースすらできないほどの疲弊ぶりである。重症らしい。



「良いも何も、必要ですよね? あまり吸われると私の昏睡状態が長引いてしまうので困りますが、少しだけなら、まあ……」


「ありがとうございます」



 早速、私の耳に手を伸ばそうとするマーヤークさんに、私は慌てて話をする。



「あ、そうだ! ヘス卿なんですけど、悪魔だったんですよ!」



 すると、悪魔執事のマーヤークさんは、動きを止めて眉を(ひそ)めた。



「は? 何をおっしゃっているのですか? ミドヴェルト様……」


「えっと、だから……ヘスダーレン卿は、悪魔で……」


「そんなハズはありません。現在この世界にいる悪魔は、私を含め4体のみとなっておりますので」


「え、そうなんですか……? でも確かに……」



 どゆこと?? ヘス卿は確かに悪魔だと認めたし、例のあの能力で苦しんで倒れたみたいだし、私の生命力を吸ってたし、どう考えても悪魔だとしか思えない。4体っていうのは、私の目の前に居るマーヤークさんと、青髪悪魔の錬金術博士ロンゲラップ大先生と、赤髪大作家のエニウェトクさんと、暗黒海の貴公子ヴァンゲリス様ってことか……


 でも、悪魔は自然発生するって聞いたし、マーヤークさんが把握してない悪魔だって居るんじゃないかな?


 などと思っていると、考え事をしていた執事さんが呟いた。



「まさか……アレが生きていたというのか……?」


「……アレ?」


「ミドヴェルト様、見たところ、この部屋は結界を(ほどこ)されているようですね」


「あ、はい一応……」


「ならば、安全は十分確保されていると見てよろしいでしょう。大変恐縮ですが、予定より多めに生命力をいただいても問題ないでしょうか?」


「え、あ……もしかして戦う流れ……?」


「可能性は高いかと」


「はぁ……じゃあしょうがないですね。必要なだけどうぞ」


「ありがとうございます。それでは失礼いたします」



 マーヤークさんが私の耳に手を近づけると、すぐに視界が暗転した。





☆・・・☆・(★)・☆・・・☆





「うあ……よかった……まだ生きてるっぽいな……」



 体が揺れるのを感じて目覚めると、私はまだ帆船の上のカゴ部屋に居た。


 砲弾の撃ち合いは終わったみたいで、今は周囲で剣戟(けんげき)の音がする。


 今ってどういう状況なんだろう。誰か戦況を教えてください! 甲板の上には倒れた船員さんが見えているが、あまり血は流れていないようだ。救出活動をすべき? 考えがまとまらないまま、起き上がって周囲を見渡すと、あまり時間は立っていないように見えた。外は明るいし、船員さん達の面子もあまり変わってない。


 マーヤークさんはちゃんと復活したのかな? 私があまり寝ていないとすると、それほど生命力を吸われなかったのかもしれない。だとすると、あの執事悪魔が遠慮した……? いやまさか。あの悪魔はそこまで私に優しくない。


 ある日を境に、急に言葉が丁寧になったけど、かけてくるプレッシャーは最初に会ったときから変わらないと思う。



「ミドヴェルト様、お目覚めですか」

「ひゃあ!?」



 急に声が聞こえて振り向くと、物陰に当のマーヤークさんがいた。思ったより元気そうだけど、どうにも枯れている。



()()()()()()()()……?」


「いえ、ひと仕事終えて、先ほど戻ったところです」


「ひと仕事……?」


「結論から申しますと、ヘスダーレン卿に取り憑いていたのは、悪魔キシュテムと判明いたしました」


「あく……え?! 本当だったんですか?!」



 執事さんの話によると、悪魔キシュテムは大昔に消滅したと言われる伝説の悪魔で、誰もその存在を本気に受け取っていなかったらしい。


 噂や都市伝説のようなもので、物語上の存在だったみたい。


 あ……そういえば、その名前……アイテールちゃん所蔵の恋愛本で見かけたことあるような……


 赤髪悪魔のエニウェトクさんは、何か知ってたりするのかな?


 しかし、勇者様とポヴェーリアさんを説得するために無理くり(ひね)り出した仮説だったけど、マジで悪魔憑きだったのか……ヘスダーレン卿……


 仮にも魔国の王族が、いいのかそれで……



「私は、チュレア様のご命令でミドヴェルト様をお守りすることになりましたので、これ以上の生命力は今のところ必要ありません。ご安心ください」


「あ、そうだったんですね。ところで、戦況はどのように……?」


「私の知る限りでは、この旗艦以外の船は沈められたようですね」


「え……?! じゃあ船員さん達は?!」


「その点はご心配に及びません。魔国の民はきちんと救出して、名簿で確認済みです」



 マーヤークさんは、コップに冷たい水を出して、私に手渡してくれた。ひと口飲むと、爽やかなシトラス系の風味がついていて、うっすらミントっぽい雰囲気もある。



「あ、美味しい……」


「お褒めいただき光栄です」



 そう言われてみれば、こういう水って現実世界では結構あったけど、こっちの世界では初めて飲んだかも。だいたい無味無臭でぬるい水が普通って感じだったし、みんな水よりワインとかジュース飲んでたし。



「戦況といえば、今は個人戦に移行しているようですね。勇者様はチュレア女公爵様と再戦しているようです」

「あ! そういえば、大丈夫なんでしょうか?!」


「……どうでしょう、互角に見えましたが」


「そうじゃなくて! 不敬罪とか!!」


「ああ、まあ問題ないでしょう」



 一瞬キョトンとしてから楽しそうに笑う悪魔に、私はモヤモヤしながら、首から下げた勇者様の心のコアを思わず握る。怪我とかは大丈夫だと思うけど、心配は心配だ。



「あの方の場合、魔国の王族に対する不敬罪の心配をする前に、ホリーブレ洞窟の精霊女王を地面に叩きつけていますからねぇ」



 クククと笑いを(こら)えきれない様子のマーヤークさんは、意外と勇者ベアトゥス様に好意的なようだった。






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