9.『秘密の恋』part 29.
あれから、私はポヴェーリアさんのヘス卿への忠誠心を利用して、本物のヘス卿救出大作戦への勧誘に成功。
何してたのか知らんけど、クソダーレンが戻って来て、みんなで勇者ベアトゥス様が腕を振るってくれた美味しい夕食にありついている。
ガヤついてる広間には結構な人数のファレリ民がいて、楽しそうに歌ってるテーブルもあった。
まあ……今までのヘス卿から考えると、ゆるい平和的な雰囲気はあったし、私と勇者様とポヴェーリアさんぐらいしかクソダーレン化に気づいてないみたい。私はヘス卿の隣に座らされて、少し離れたところにいるベアトゥス様と話すことはできなかった。
「婚約者殿よ、この島は気に入ったかな?」
「……そうですね」
「どうしたね、あんたもっと喋るの好きだっただろ? 忌憚のない感想を言ってみたまえ!」
感想もなにも、ずっと部屋に監禁状態だったやろがい! 何をどう言やぁイイんだよ!!
……などと思うも、せっかく発言を許されたのだから、ダメ元で忠告させていただく。
「ヘスダーレン様、こんなことをすれば魔国と本格的な戦争になってしまいます。今からでも遅くはないので船を島に戻して……」
「あんたには心配かけて済まないと思ってる。でもな、私の目的はまさにそれなのだ」
「え……」
「あんたのおかげで、こうして力も戻ったし、これが最後のチャンスなのだよ」
最後……というのは、何かヘス卿の中で縛りがあったのだろうか? 若返りは1度までとか?
さすがに……いくら魔国の王族とはいえ、そんな簡単に何度も若返り可能だったら、そうそう王様変わってないよね。でも実際、王様は結構なサイクルで変わってるっぽい。魔物の種族によって寿命は違うらしいけど、アイテールちゃんと一緒に読んだ歴史書では、だいたい数百年で魔国の王は代替わりしていた。
私はヘス卿の決意を変えることができないとわかり、軽くため息をつく。やっちまったなぁ……完全に中国に対するオバマ政権みたいなやらかしだ。生活が豊かになったら平和的な解決に繋がるかと思ったが、逆に殺る気が漲っちゃった系のオチね。
考え方が根本的に違うから、同じ情報を与えられても、たどり着く答えがまったく違うものになってしまう。
いやでもさぁ……あんな人の好さそうなお爺ちゃんが、こんなクソになると思わないじゃん普通!!
「私は、ヘスダーレン様の心配などしておりません。ただ、今ここで笑っている人たちに傷ついてほしくないのです……」
どういう基準で選んだメンツか知らないけど、ベアトゥス様とポヴェーリアさん意外、目立って強そうな人は居ない。たぶんみんな、王都で普通に暮らしてた人たちだろう。何だったら、元兵士や騎士すら居ないんじゃないかと思う。
最初見たとき、あれだけ弱ってたヘス卿が、防御魔法とか強化アクセサリーとかを持ってる魔国の軍人を引き抜けるはずがないのだ。
……って考えると、簡単に引き抜かれたあの勇者様は一体……って思っちゃうけど、まあ人間だし、厨房勤めだし、一般人の私にすら心のコアを抜かれてしまう変な弱さがあるし、しょうがない……のか? あんま深く考えないようにしよう。
「あんた、いい人だな。後悔のないようにしなよ」
「ご心配なく。私ひとりでしたら、どうとでもなりますので」
「あんたの心配はしとらんよ」
ヘス卿は、それ以上私に絡んでくることはなかった。
交渉は決裂。私は失敗したらしい。
後は、もうチュレア女公爵様にお任せするしかない。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
2日ほど監禁生活を経て、私たちは沖に停泊している帆船へと戻ることになった。
ここからどう進むのか……
まあ、私は例のカゴ部屋にいれば自動的に救命ボートになる仕様に改造したし、なるようにな〜れって感じではありますが……
「帆を張れー! 面舵いっぱーい!!」
「面舵いっぱーい!」
甲板では、相変わらずトビウオ系魔物のノルトラインさんが忙しく飛び回っている。よく見るとほかの船員さんたちも翼持ち系の魔物さん率が高い。引き抜きの条件は、翼の有る無しだったのかと思うほどだ。
当たり前のようにカゴ部屋へ戻ろうとすると、私の二の腕をヘス卿がつかんで引き寄せる。
「何でしょうか?」
「もう少し話をしようではないか。ベアトゥスよ、ここは任せたぞ」
「は! お任せください」
私は抵抗虚しく船室に連れ込まれる。船長室みたいなところで椅子に座らされると、どこからともなくポヴェーリアさんが現れて、光る紐で私の手足を縛った。
「すまんな、しばらく暴れないでほしい。お前はもう下がっていい」
後半はポヴェーリアさんに投げかけるように言い放ち、ヘス卿は追い出すように顎をしゃくった。ポヴェーリアさんは黙って一礼し、部屋を出ていく。二人きりになるってことは、また生命力を吸われる展開か……?
私が身構えていると、ヘス卿は窓際を行ったり来たりしながら、こちらにチラチラと視線を向けてくる。なんかムカつく。
「御用があるなら、早く済ませてください」
「あぁ……うむ、あんた、俺が何を考えているかわかるか?」
「は? ヘスダーレン様は戦争がお望みなのでしょう? ご自分でそう言っていたではありませんか」
「それは確かにそうだ。だが、ほら、あんたはアイツ……私の話をよく聞いてくれただろ? 何か気づいたことはあったかな?」
「はあ……気づいたこと……ですか」
何言ってんだコイツ? 思わず皮肉のひとつも言ってやりたくなるけど、私はグルグル巻きに縛られてるから、あまり強くは出られない。なぜか魔法も使えないし。というか、さっきからヘス卿の言っていることが変だ。マジで悪魔に乗っ取られた説を自分で信じそうになってしまった。
「これは私の憶測なので、的外れの可能性もあり恐縮ですが、ヘスダーレン様はさまざまな人々と平等に接していらっしゃったようです。歴史の本で学んだとおり、太古の昔にあったという妖精と魔族と人間の国を再度実現しようとされていたのではないでしょうか。しかし、魔国と戦争をするのであれば、その夢は絶たれます。これまでどおり、離島に身を潜めて仲間を増やしたほうが得策なのでは? 何か深いお考えがあってこのような行動を取られていらっしゃるのかもしれませんが……」
「ああ、もういい! あんた、俺について薄々わかってんだろ? ここでの話は内密にしておくから、腹割って話そうぜ」
ヘス卿らしきものは、机の上にドカッと腰を下ろし、かなりぞんざいな態度で頬杖をついた。
不貞腐れた若者のような姿は、いくらヘス卿が若返ったからとはいえ、王族の取るものではないと思う。洒落じゃなく悪魔乗っ取り説が濃厚になって、私は思わず怒りを感じた。
やっぱりヘス卿はいい人だったんじゃないかな?!
それをこの悪魔が、勝手にメチャクチャにしたんじゃないの?!
私の努力を水の泡にしやがって!!
まあ、表層意識に上がってきたのは大体そんなような言葉だったけど、本当はもっとモヤモヤでムカムカな気分が渦巻いていた。語彙力があれば、もう少し気の利いた罵詈雑言が思い浮かんだことだろう。
「……あなたは、悪魔なのですか?」
「まあ、そうなるな」
「なぜヘスダーレン様に取り憑いているのですか?」
「逆に聞くが……なぜあんたは悪魔に食われても生きていられる?」
「それは、私にもよくわかりません」
「そうかよ、まあ理由なんてどうでもいい」
私が死なないとわかって安心したのか、ヘス卿に取り憑いた悪魔は生命力を奪おうと近づいてきた。
……って、またキス?!
マーヤークさんは耳に手を当てるだけなのに、何でコイツは直接的な手段を取るんだよ?! セクハラ野郎が!!
ガリッと思いっきり悪魔の舌を噛んでやると、あまり手応えはなかったが、ヘス卿に取り憑いたソレは身を引いた。
いや、待てよ? この場合、悪魔はノーダメージで、本体であるヘス卿のお身体だけを傷つけてしまったのかもしれない……ヤバいかも……
「も、申し訳ございません!」
私が思わず謝罪すると、悪魔的な笑みを浮かべたヘス卿が、舌なめずりしながら呟いた。
「あんた、本当にいい味してるじゃん……」
終わった……
ここで生命力の本気吸いをされたら、また数日間は意識不明になるだろう。
その間この船が無事ならいいけれど、もし嵐に遭ったり戦争が始まったりして沈没した場合、私は船もろとも海の藻屑になってしまう。
せめて結界張ったカゴ部屋でやってくれたら……と思うけど、あそこじゃみんなに丸見えか。
頑張って準備しても、役に立たないことって多いよね……
顎クイされてヘス卿の顔を見上げると、私と視線を合わせようというつもりか目がグルグルと動いていて、何となくこっちも目を逸らして必死で逃げた。なんかよくわかんないけど、コイツと目を合わせたらダメな気がする。
「逃げんなよ」
「お許しください……!」
もう無理だと思って瞼をキツく閉じると、フッと軽い笑いが聞こえて、唇に何か掠ってるのを感じた。
ヒイッと思わず息を呑んで唇を噛み締めると、鼻を摘まれて息ができなくなる。
「フガッ……!」
「バーカ、無駄なことすんな」
呼吸ができず口を開けたところにヘス卿が吸い付く寸前、急に轟音と共に船が大きく揺れ、私は椅子ごと床に倒れ込む。な、何?!




