1.『妖精王女の憂鬱』part 1.
※長くなったので分割します。
うららかな午後、魔国の王城にある裏庭のガゼボで、いつもの女子会が行われていた。
「それでミドヴェルト、あなたの指輪にはどんな刻印がされていたんですの?」
「えっと……『BからMへ』って感じにシンプルな刻印でした」
「お兄様……頑張ったわね、ふふ」
ホムンクルス姫とヒュパティアさんが、ベアトゥス様にもらった指輪について根掘り葉掘り聞いてくる。こういうのは隠しても仕方がないので、指輪に関しては諦めて何もかも情報開示することにした。……だって単なるお茶菓子代わりの話題だし、この場に悪気のある人はいない。
ライオン公爵様と人間の国のメガラニカ王が、ともに大々的な結婚式を執り行い結婚指輪を交換したっていうことが話題になって、魔国は今、空前の指輪交換ブームが到来している。いつもは私にダメージのある号外しか出さない新聞が、今回は役に立ってくれた感じだ。
今回の指輪は、王都の下町にある金物屋さんで知り合った金工師のおじちゃんに作ってもらってるんだけど、白金と純金と冥金で3色用意してもらったうち、黒っぽい冥金が一番人気だったらしい……さすが魔国。
そんなわけで、冥金が取れる地方に材料の注文をかけてもらおうとしたら、なぜか王様に呼び出されてしまった。何か問題があって冥金の採掘地が大変なことになってるらしく、フワフワちゃんと一緒に様子を見てくることになったのだった。執事さん含む騎士団の皆さんに守られて、いつもの冒険に飛び出したんだけど、現地では魔獣が凶悪化して全然採掘ができない状況になっていた。
はじめのうちは魔獣退治をしながら対症療法みたいなことしかできず、鉱山の人たちに話を聞き回っていたら、坑道の奥になんか棲みついたってことが判明。ゴブリンか? なんて決め台詞をこっそり呟いてみたりしたけど、この異世界じゃゴブさん達は立派な魔国民だから、大きな声で言ったらダメなのだ。炭鉱夫のおやっさんも、たぶんホブゴブリンだし。
私は結界役でついて行ったんだけど、わりと奥のほうは色々なものが溶け込んだヤバい水が溜まってたりして、そういうのも排除しないといけない。山だから硫化ガスにも気をつけなきゃいけないし、魔国だから謎の毒素っぽい何かもあるだろう。敵の謎オーラに毒みたいな効果があるかもしれないし、けっこう気が抜けない。
なんたって、魔国の皆さんは「ちょっと危険だなぁ」ぐらいの感覚かも知んないけど、私にしてみれば即死ワナぐらいのガチやば案件が目白押し。ドキドキビクビクの状態で結界内を与圧して、外の空気を吸い込まないように注意しなきゃいけないのだ。これには風魔法とか他の魔法も組み合わせなくちゃいけなくて、なかなか面倒くさかった。
そんなこんなで最奥に何がいるのかと思ったら、変な小箱がおいてあるだけ。ただし、ちょっとだけ蓋が開いていて、中から謎の黒っぽい重めのスモークがドライアイスを水にぶち込んだときみたいに漏れ出ていた。執事さん曰く、そのモクモクから魔獣が生まれてるのだそうな。
何かを察して半分ブチ切れた執事さんが箱の蓋をぴっちり閉じ、騎士団の皆さんが鑑識ばりに周囲を改めて、問題なしということになって冥金の採掘は無事再開されたのだった。
そんな微妙なトラブルがありながらも、冥金の結婚指輪は今んとこ受注分の受け渡しができている。金工師のおじちゃんはちっちゃくて無口だけど、いつもニコニコしていて仕事が超早い。私がこんな感じで……と説明すると、いつもうんうんと頷いて、すぐにサンプルを上げてくれるのだった。
そんなことを思い出しつつ、私は何となくお茶を飲んでるふりをしながら、目の前のアイテールちゃんを観察する。
いつもだったら、率先して恋愛系の話題に食いついてくるはずの妖精王女ちゃんが、何だか大人しくて不自然だ。
すましたお顔で、私が出した花びらチョコをお上品に食べている。口の周りもチョコまみれになっていない。変だ。
「アイテー……」
「われはきめた。おもいびとをさがそうとおもう」
「ふぇ?」
「あら、素敵ですね。いい考えだと思うわ」
「アイテール様、わたくし応援いたしますわ!」
「ムー!」
フワフワちゃんは、冥金採掘場への派遣後で騎士団の練習がお休みらしく、久々にちゃっかりみんなに混じってアイスが挟まった板チョコにかぶりついている。王子殿下……仮にも一瞬アイテールちゃんの婚約者的な立場だったくせに、よく元気に応援できるな……でも可愛いから許す。
「王女殿下、お見合いとパーティー、どっちにします? 何でもセッティングいたしますよ?」
「うむ、きょういくがかりどののおきづかいはありがたいが、しばらくは『おし』とやらをわれがてずからさがすゆえ」
あ、アイテールちゃん……オタク街道を爆進中だった……
まあでも、私が悩んでいたときにドライな結婚観を語っていたから、まずは恋愛感情を満喫したいのかもね。推しってことは……片想い確定な気がするけど……まあ一歩前進ってことで!
呑気な私は、小さな妖精王女様の覚悟にまったく気づいていなかった。
☆゜.*.゜☆。'`・。・゜★・。☆・*。;+,・。.*.゜☆゜
「お待たせして申し訳ございません!」
「おう、呼び出してわりぃな」
私が王都の下町に結婚指輪の打ち合わせに行くと知った筋肉勇者のベアトゥス様は、食材を買い出すついでに街を歩いて親睦を深めようと言ってくれた。なんか結婚前提で指輪もらっちゃってから話しかけにくい気がして、西の森ホテルの用事も終わったし……疎遠になりかけてたから誘ってもらって良かったかも。
ベアトゥス様は相変わらずの体躯で、赤茶色の髪と焼けた皮膚の色の境目がわからない。王城で働きだしてからも、鍛錬は欠かしていないらしいと厨房のおばちゃんから聞いている。実を言うと、うっすら勇者様の弱体化に期待してたんだけど、そんな都合のいいことは起きてなさそうだった。
改めて近くで見ると、ムスッとしてて機嫌悪そう。さ、避けてたわけじゃないんだけど……忙しくて後回しにしてしまったから怒ってるのかもしんない。また破壊衝動とかいう謎パワーで大暴れされたら困るので、全力でご機嫌をとりに行くしかない……!!
「何だかいい天気ですね、しばらく歩きましょうか」
「お前……なぜ指輪をつけていない?」
「え?」
そういえば、私は指輪を贈る習慣を広めておきながら、自分は指輪苦手派なのだった。たまに付けてみたりするけど、大好きってわけでもないし、積極的に付けたいとも思わない。指4本ガッてつかんだりすると、指輪んとこだけ痛くなっちゃうから、勇者様にいただいた指輪は鎖を通してネックレスにしてみた。私はドヤ顔で首元から指輪ネックレスを引き出しながら、ベアトゥス様に見せる。
「すみません、傷とかつけたらアレなので、こうして肌身離さず身に着けております」
「そ、そうか……なら……よい」
現実世界の友達には、よく彼氏が何にも見ていないって愚痴を聞かされたけど、この勇者様は結構細かいとこに目が行くタイプなのかな? もしかして私が指輪してなかったから機嫌悪かったのか……? こっちの世界じゃ指輪文化なかったはずなのに、観察力と考察力すごいね。さすが勇者様。
チラッと見ると、筋肉勇者様ったらバッチリ右手に指輪をつけていた……人差し指だったけど。
そういや、どの指につけるかってことまで流行させてなかったか……あとで金工師のおじちゃんに相談しよ。
実は、結婚するときに指輪交換ってのを魔国で広めたら、浮気がバレてトラブルになるケースが増えた。誓いの刻印が浮気を防止してくれるんだけど、自動的に誓った相手にお知らせがいくシステムになってるみたい。魔国の契約って私もよくわからないんだけど、執事さんが「契約破ったら私にお金あげる」って書いたら、ほんと自動的にお金がもらえちゃったんだよね。便利な反面、手続きが自動すぎて都合よく隠し立てできないので、悪さをすると秒で大変なことになるのだった。
もしかすると、ペアリングの浮気防止効果にこの勇者期待してんのか? ……私って信用ないのかな? けっこう前向きに頑張ってるつもりなんですけどね。
「何か食べます? 串焼きとか、フルーツとか……」
「腹が減っているのか?」
「いえ、私はそれほど……」
「なら俺もいらん」
「はあ……そうですか」
仕事で頼み事とかあるときは普通にしゃべれたけど、いざ単純に楽しもうってなると会話に詰まる……これはマズいですね。私は、何か共通の話題がないかと必死に頭を回転させる。
「そ、そういえば優勝賞品の『レスポワールの瞳』って何に使ったんですか?」
「……まだ使っていない」
「え? あ……そうでしたか……」
「お前、何か叶えたいことはあるか?」
「え? いえ私ではなく、ベアトゥス様のご希望を……」
「俺は特に……いや、お前の願いを叶えたい」
「私は別に……あ、転生者の件を秘密にしていただけると助かります」
「そんなもん、俺が黙っていればいいことだろうが」
「ですよね……」
ベアトゥス様は、何がしたいんだろう……料理で何かを極めたりしたいのかなぁ……? 勇者として戦ったりはしなくていいんだろうか。まあ、今は暴れない契約してるから無理か。でも魔国に慣れて信用されるようになったら、少しずつ戦力として期待されるようになるんじゃないかな?
魔国の王様とか大臣さんが、勇者を放っておくわけないよね。王様たちはどうだかわかんないけど、執事さんとかは絶対なんか計算に入れてくると思う……などと思考の沼にハマっていると、筋肉勇者様がおむずかりになっていた。
「俺と一緒にいても楽しくないか?」
「え? いやそんな……ただ、その……あ! そう、なんで転生者ってわかったのかなって……」
「お前は、気の流れがアイツに似ているのだ」
「アイツ?」
「妹の夫たる男のことだ」
「ああ……メガラニカ王ですか」
「俺ばかりがお前の弱みを握っているのも不公平だからな……俺のスキルを伝えておこう」
「は、はい……」
「俺は、【相手の弱点を見抜く】スキルがある。これは、お前しか知らないことだ」
どうだ、とばかりに視線を合わせてくるベアトゥス様に、どう返答していいかわからない。どうって……え……? 私には、その情報にどんな使い道があるかわからないんですけど……まあでも、少年漫画とかでは自分のスキルを相手に知られたらアドバンテージが! とか何とか言ってたような気もする。勇者様にとっては、きっとすごく大切な秘密なのだろう。
「ご、ご信用くださってありがとうございます……この秘密は誰にも話しません!」
「おう、頼んだぞ」
街を歩いて親睦を深めるのが目的なんだから、もう少しデートっぽいことしたほうがいいのかな? 食べる系を拒否されちゃったから、なんか見る……? そういや、メイドさん達に人気スポットの情報を軽く聞いてたんだった。でもほとんどカフェとかレストランだったので、行けそうなとこはないなぁ……あ!
「ちょっとあの店に寄ってみてもいいですか?」
「ああ、古道具屋か、いいぞ」
アンティークショップ好きなんだよね。現実世界でもよく友達と行っていたし……でも、現実世界のアンティークって、そこそこ最近のものだった気がする。設定としては中世っぽいこの異世界のアンティークって、何時代のものなんだろ?
店の中に足を踏み入れると、かなりのジブリ感。高い棚が天井まで続いていて、埃をかぶった茶色っぽい商品がこれでもかと詰め込まれていた。下手すると時空の歪みとかがあって、急に草原に出ちゃったり……は、しないか……
「あれ……? これって……」
どう見ても冥金の採掘場最奥部で見かけた例の箱に似てるものが、店の棚に堂々と陳列されていた。
こりゃあ、嫌な予感がプンプンするぜ……!