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天下の素首  作者: 蓮見友成
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序章、赤塚の首無し死体

天正十年、織田信長四十九歳


 『儂は人を恨んだりはせんぞ…信長サマ。』

 障子に映る炎の影を見ながら、織田信長の脳裏にパッと響いたのは、ある少女の声だった。言葉とは裏腹に、その少女の声は憎悪に満ちている。

 『儂が憎いのは、儂を殴った大人達じゃない。むしろあいつらが儂を殴ったのは、当然じゃ。なぶり殺されても文句は言えん。』

 ふてぶてしくも少女は、信長を睨め付けながらそう続けた筈だ。

 『しかし儂が悪かったとも思わん。儂らが生きるにはああするしかなかったんじゃ。あん時の大人達も同じじゃ。儂らみたいな底辺にいる人間はなぁ、マトモじゃ生き残れんのよ、信長サマ。盗みに暴力、果ては殺しまで…兎に角他人から何か奪わんと、その日の食いもんにも困る始末じゃ。』

 聞けば少女は、まだ齢九つだと言う。幼さの残るその顔に、しかしながら可愛げは一つもない。整った顔立ちをしている分、彼女の怒りに満ちた表情には、幼いながら迫力があった。

 『しかし泣き寝入りするのは腹立たしい。そりゃそうじゃろ?あの時、死ぬかと思う程殴られたのも蹴られたのも、事実じゃ。泣きを見るのも死ぬのも御免被る。憎いもんは憎い。しかしそれで他人を憎んでおったら、それは自分を憎むんと同じじゃ。だったら儂は、何を恨めばいい?何に復讐したらいい?』

 少女は信長に立て続けにそう問うたが、既に彼女の中には明確な答えがあったのだろう。少女は信長が口を開く前に、自答してしまったのだから。

 『この世そのものじゃよ、信長サマ。儂らがただ生きるのに困るのも、全部この世が悪いんじゃ。戦ばかりのこの世がな。ただでさえ食べるもんがないのに、戦だなんだと腹が減る事ばかり起こる。』

 ここで少女は初めて、フッと口元を緩めた。そしてとっておきの話をするようにして、少しだけ声を潜めた。

 『儂はなあ、信長サマ。この世を治める奴の首、ただ一つだけが欲しいんじゃ。』

 少女は信長の耳元に口を寄せると、更に声を潜めて続けた。

 『そいつが直接、儂を殴った訳ではないが…、しかしこの世に復讐しようと思えば、そのくらいしか手は無いじゃろ?だがここで一つなあ、悩ましい事があるのじゃ、信長サマ…、』



 ー 儂は一体、誰の首を獲ったら良いんじゃろうなあ…?



 ゴォーと空気を炎がまく音に、信長の意識はハッと目が覚めたように「今」に戻ってきた。眼前には閉め切られた障子と、そこに映る炎の影。いずれこの部屋も燃え落ちる。

 信長は自刃用の刀を手に、部屋の奥で静かに座しているだけだ。

 信長以外誰もいないかに見えた部屋だが、ふと信長の後ろで床板の軋む音がした。何かが床に降りてきたような音に、しかし信長は振り返らない。ただ静かに、問いを投げた。

 「俺の首は、お前が言う『この世への復讐』に…足りたか?」

 信長の問いに答えたのは、女の声だった。

 「…思い出すな。もう三十年も前か、信長サマに初めて会ったのは。かれこれ長い付き合いになったなあ。」

 女の言葉は、信長の問いに答えてはいない。どうやら信長には、まだ時間があるらしい。

 信長の思考は女の言葉と共に、またもや三十年前へと沈んでいったー。




天文二十一年、信長十九歳



 赤塚で合戦が起こった日の事だ。信長はこの日、今後の人生を左右する…いわゆる岐路に立たされていた。とはいえ当時、その岐路に気付いていたかと問われれば、そんな事はない。ただ自分の思うがままに、振る舞っていただけだ。

 この日信長は、終始機嫌が悪かった。無理もない。家督を継いで間もなくのこの合戦は、家中の裏切り者が相手だったのだ。

 鳴海城の山口親子である。元より今川方に通じていた阿呆共ではあったが、それがいよいよ尾張に今川の軍を引き入れたのだ。

 信長は山口親子に向け兵を挙げた。その数八百。勿論信長自身も、合戦場となった赤塚へと赴いた。

 山口の兵の数は信長の兵の約二倍、実に千五百人が集っていた。それらを赤塚から程近い三の山から見下ろしていた信長は、山口の兵のあまりの士気の低さに、思わず閉口したものだ。

 

 ー まあ、気持ちは解らんでもないがなあ。

 

 戦とはいえ、互いに尾張の人間。顔見知りも多いのだ。それがさあ戦をしろと言われても、気乗りしないのは解る。しかし信長は、敵兵の態度に腹を立てずにはいられなかった。


 ー 俺と俺の兵を、甘くみているのだ。


 そうなのだ。山口軍の兵達は、心のどこかで安心しているのだ。信長の軍とて同じ尾張の人間。まさか顔見知り相手に、本気で殺り合う事は出来ないだろうと。双方格好さえ付けば良いのだ。片や織田家に反旗を翻しました、片や裏切り者を成敗しにきました…その格好が成り立てば良い。その程度の戦だと、山口軍は考えている。

 しかし信長の苛烈な性格は、そんな生温い戦を望んでなどいなかった。

 苛立った信長は、号令をかけるのも忘れて、単騎で飛び出した。物凄い速さで三の山を駆け下りていく。

 「殿に続けー!!」

 後ろから馬廻り衆の慌てる声が聞こえた気がしたが、信長は最早気にもとめない。開戦時の矢の放ち合いなど抜きだ。まどろっこしい。信長は一番に敵陣に突っ込むと、手近にいた足軽に向け槍を繰り出したー。



 結果だけ言えば、引き分けだった。巳の刻から午の刻まで続いた接近戦は、同じ尾張に住む者同士の争いとは思えない程、凄惨な有様だった。戦はあまり広がりを見せる事なく、ただただその場で激化した。織田軍は山口軍の足軽大将を四人討ち取ったが、その首を斬りとる必要はなかった。信長に手柄を認めてもらう為に首を持ち帰る必要がなかったのだ。あまりに接近して両軍戦っていた為、騎馬武者の位置など、どこにいても丸わかりだった。それを誰が討ち取ったのかも、同じ戦場にいる信長にはすぐに伝わった。

 逆も同じ事が言えた。織田軍は騎馬武者が二十七人討ち取られたが、山口の兵に首を斬りとられた者はいない。誰がいつ殺られたのか、信長も山口軍も戦いながら把握していた。


 そう、足軽達一人一人はともかくとして、目立つ騎馬武者の動きは誰しもの目に見えていた筈なのだー。


 しかし戦が終わった後にこそ、信長の機嫌の悪さは最高潮を迎える。


 生きて戻ってきた騎馬武者の数が、どう数えても合わないのだー。


 ぞろぞろと那古野城へと引き上げながら、信長はその事に気付いていた。特に本陣を構えていた訳でもないので、織田軍はダラダラと戦場から直接合流しながら那古野城へと向かっていたのだが、どれ程時が経てど、騎馬武者が三人戻ってこない。列の後ろにいるのかと使いを遣るが、最後尾までその三人の姿は無いという。

 「おかしい。あの三人は戦死なぞしていない筈だ。」

 赤塚の戦場で討ち取られていたのなら、必ず誰かが見ている筈だ。良くも悪くも盛り上がらない訳がない。そしてそれを見逃す信長ではない。

 先程使いにした男が、気を利かせてか「赤塚まで見て参りましょうか」と問う。足軽にしても貧相な形の男の顔は、まるで猿のようにしわくちゃだった。何にせよ、勝手に信長に話し掛けて良い身分ではない。

 しかし身分それ自体は、信長の気に障るところではない。問題は許可なく話し掛けてきた事だ。

 信長が不機嫌そうに男を見下ろすと、不穏に気付いたのか男がさっと地面に伏せ土下座した。

 「誠に申し訳ございません!お声掛けして頂いた事が嬉しく、気が大きくなって許しもなく殿に意見など…なんと恐れ多い事を…!」

 そう言って地面で震える男を見ながら、信長はほうと少しばかり感心していた。信長の不興を買った理由が、よく解っている謝罪だったからだ。

 狡い奴は嫌いだ。しかし敏い奴は嫌いではない。

 信長は未だ平伏したままの男の横を、馬で通り過ぎながら、捨てるように言葉を吐いた。

 「見て来い。」

 ははっ!男は信長の命令を聞いて、すぐさま駆け出したようだった。


 

 そしてその夕刻、藤吉郎と名乗った猿面の男は、行方知れずとなっていた三人の騎馬武者を見つけてきた。

 全員が首無し死体となってー、だが。

 彼らの死体を連れ帰ったのは、藤吉郎と数人の足軽達だった。首が無いとはいえ、鎧や持ち物を調べれば、本人達で間違いはなかった。

 「どこで見つけた。」

 藤吉郎は信長の問いに、すぐさま答える。

 「赤塚で。戦場の端っこの方に三人纏めて並べられておりました。」

 「首は。」

 「近くにはございませんでした。」

 藤吉郎の答えは簡潔だ。無駄な言葉が一つもない。

 「味方はおろか、敵方も遺体には気付いていなかったのか。」

 「はい。」

 ここで「恐らく」などと曖昧な答えをしない藤吉郎に、信長は満足する。

 「わかった。ここからはお前の見解を述べろ、藤吉郎。…どう思う。」

 信長は敢えて「何が」とは言わなかった。ここで信長が質問の範囲を狭めてしまっては、藤吉郎は求められた範囲の意見しか言わないだろう。しかし藤吉郎という男は興味深い。赤塚の合戦は損失ばかりで利益になる事は一つもなかったが、この男は使えるかもしれない。

 信長の問いに、藤吉郎は考える間もなくすぐに答えた。

 「首とは本来、褒賞を貰う為の証でございます。織田軍の騎馬武者の首であれば、山口方の兵には垂涎ものでございましょう。しかし此度の戦では、首狩りは行われなかった筈でございます。なにせ名のある武者が討たれれば、それを誰が討ったかなど筒抜けの、いわば狭い戦であったからです。」

 そうだ、藤吉郎の言う通りである。首を斬るのも手間なのだ。それが省けるのなら、それに越した事はない。わざわざ首を持ち去る必要はない。

 「しかし織田軍の騎馬武者の首が、山口方の兵にとって垂涎ものである事は変わりません。…見方を変えれば、首さえあれば、何とでも言い訳が立ちます。例えばそう…後から『実は織田軍の某という足軽大将の首をとってきた』と、申し立てる事も出来ます。たとえ戦場での目撃者がいないとしても、首以上の証はありません。」

 藤吉郎の意見は最もらしい。しかし信長はその理路整然として見える話の粗に気付いていた。

 「…しかしお前も言っていたではないか。俺の軍の騎馬武者が討たれて、誰の目にも留まらぬなどありえないのではないか?根本のこの矛盾を、お前はどう見る。」

 藤吉郎の述べた意見は、首の使い道についてだ。誰にも知られずに、首無し死体が三つも出てきた事についてではない。

 藤吉郎はここで初めて、言葉を詰まらせた。ポリポリと頭を掻いて、何やら考え込んでいる。しかし信長にはどうにも、藤吉郎は既に答えを得ているようにしか思えなかった。つまるところこの沈黙は、今から答える内容を自分は十分に考えた上で言っているのだと、言外に信長に伝えたいのだろう。つまりはかなり突飛な見解だ。

 信長がその「間」に黙って付き合ってやっていると、ようやく藤吉郎が口を開いた。

 「織田軍でも山口軍でもない…この戦に関係のない者の仕業ではないかと思います。」

 藤吉郎の意見に、信長は思わず眉を顰める。

 「何故第三者が首をとったからと言って、それが『目撃されない』事に繋がるのだ。」

 さすがの信長も、藤吉郎の言いたい事が解らない。解らないというのは、信長を酷く苛立たせた。

 敏い藤吉郎は、信長の不機嫌にすぐに気が付いたのだろう。慌てて理由を説明した。

 「足軽同士の戦いなら兎も角、騎馬武者と騎馬武者の戦いであれば、名を名乗り合うなり何なり…失礼ながら『無駄な時間』が、槍を合わせるまでにはございます!なにもあっと言う間に勝負が始まる訳ではございません。周りにいる兵が場所を空けて場を整える事もありますし、その間に多くの兵の注目も集めます。しかしこれが本当に突然、襲われたらどうでしょうか?音もなく声もなく、静かに静かに殺されたのなら…?つまるところ、暗殺でございます。」

 藤吉郎の意見に、しかし信長は首を振る。

 「音がなくとも、騎馬武者が倒れればそれこそ誰の目にもとまろう。しかも騎馬武者は指揮官だぞ。足軽衆が一人も気付かぬなど…、」

 「あり得ませぬか?」

 藤吉郎が信長の発言を遮ってまで口を挟んできた。しかし信長は、今回それを見逃してやった。今は腹を立てるより、謎を解く方が先決だ。

 「…いや、やはりあり得ぬだろう。見晴らしの良い戦場だった。それに俺達は横にも縦にも広がりもせず、陣形もあるかないかで、ただぶつかり合いをしただけだ。言っては何だが酷い乱戦で、近接戦で…あ。」

 藤吉郎を否定しかけた信長の言葉が、中途半端なところで止まる。「あ」と半開きのまま開いた口が、さぞ間抜けな事だろう。

 しかし信長はそんな呆けた自身の顔など気にもせず、暫く口を開けたまま思考をすると、「あー」とまたしても間抜けな声を発した。

 「なるほど、音も声も無いと言うのは、確かに…。」

 「はい、戦場で音や声というのは、何よりも重要でございます。開戦や撤退、作戦などは法螺貝や陣太鼓で伝えられますし、兵の士気を上げる為に『えいえいおう』などと声を合わせる事もございましょう。それこそ戦に勝って一番に喜びを表す方法も、鬨の声です。一足軽の意見としましては、あっしらは自然と、戦場では音を一番の頼りとしているのでございます、殿。しかも、」

 「此度の合戦は、乱戦も乱戦。酷い戦だった…じゃな?」

 今度は信長が、藤吉郎の言葉を遮った。藤吉郎は何故か嬉しそうに、はいと頷く。

 「そこが肝なのです。あっしらは狭いところで乱戦をしてましたんで、目立つ騎馬武者に何かあれば、それを見失う事は無いと思い込んでいましたが、そもそもそれがいけなかったのでございます。周りは敵と味方が入り乱れ、他所見などしていてはとても生き残れる戦ではありませんでした。それに織田の兵は…山口軍に顔見知りがいようとお構い無しでした。皆我武者羅に戦っていた。騎馬武者同士の、名乗り合いをした打ち合いなら、さすがに皆気付きましょう。周囲の兵は彼らの戦いを見守る為、一時でも槍を納めるかもしれない。そういう音の変化でもって、あっしらは戦況を自然と知っていたのです。しかし逆に、そもそも音も無く死んだ騎馬武者を、振り返る者などいましょうか?」

 藤吉郎の問いに、信長は唸らざるを得なかった。

 「気付かぬかもしれんな…。騎馬武者が誰にも気付かれずに死んでいるなど、そもそも想像しないだろうしな。俺だってそうだ。例え馬上から落ちて地面に転がっていたとしても、少し遠くから見れば、馬を下りて戦っているのだとしか思われないかもしれない。そもそも馬さえピンピンしていれば、わざわざ馬上に注目する事も無いかもしれないな…。周りの敵を相手取るのに、皆それどころではない。」

 「あっしもそう思います。少しでも遠くにいた者達は、それでごまかされたのかと。それに近くで目撃者がいたとしても、その者らも殺してしまえばいい。そう何人もが気付いたとは考えづらいですから、数人片付ければ済む話でございます。」

 なるほど、信長はこの会話で何回目になるかわからないが、藤吉郎の話にただただ頷くしかなかった。確かに突飛な意見ではあるが、聞けば聞くほど現実味がある気がする。

 「それで藤吉郎、お前は三人の首を狩った下手人を、織田軍でも山口軍でもない誰かと言っていた。確かに兵ならば、その場で声高らかに、討ち取ったと宣うだろうな。しかしそれでは、その見えない下手人の目的はなんだ?俺への私怨か。」

 秘密裏に暗殺したくせに、下手人は遺体を残しているのだ。それもわざわざ、重たい首を持ち去っている。

 「いや…、」

 信長は即座に、自分の言葉を否定した。

 「俺への当て付けなら、首を持ち去る必要はない。ただ俺を嘲笑うように、死体だけ残していけばいい筈だ…。」

 信長は藤吉郎の存在など忘れたように、一人で呟き続ける。

 「織田の騎馬武者の首は、山口軍の兵にとっては垂涎もの…しかし山口の兵であれば、誰にも気付かれずに暗殺、などとまどろっこしい事をする必要はない。」

 信長が答えを出せずにいると、藤吉郎がそろりと声を上げた。今や藤吉郎が勝手に発言する事を不快に思う事はない。

 「殿、その者の目的は、恐らく殿のようなお方には思いも寄りませぬ。」

 しかしさすがのこの発言に、信長は頭にカッと血が上った。

 思わずバンッと、拳で床を殴り付ける。

 藤吉郎はその音にビクリと肩を揺らし、黙り込む。しかし信長は、藤吉郎の先の発言はともかく、彼の意見は聞きたかったので、顎で先を促す仕草をしてやった。

 すると藤吉郎は、床で頭を打ち付けそうな勢いで平伏して、そのままの状態で答えた。

 「先程は言葉を誤りました。あっしのような下賤な者にしか思いつかぬような目的だと、そう申し上げるつもりでございました。」

 そして藤吉郎は、尚も頭を下げたまま続ける。ここで信長の顔を見て機嫌をうかがう間が無い辺りは、信長の「早く言え」という意を見事に汲んでいると言えた。

 「その者の目的はつまるところ、」

 しかし藤吉郎がそう言い掛けた時、思わぬ邪魔が入った。

 「殿!おられるか!」

 そう大声を上げながら、ズカズカと部屋の中に入ってきたのは、森可成。美濃から流れてきた武者で、信長より歳は十程上だ。同年代の若者とばかりつるむ信長には珍しく、信を置く年長の家臣である。それは可成もわかっているらしく、こうやって遠慮も何もなく信長に話し掛けてくる。

 ドンッと腰を下ろした可成は、しかし信長ではなく、隣に座る藤吉郎に顔を向けた。

 「お主が藤吉郎か?お前に言われて来たと、野伏のような男どもが門前に居座って迷惑しておる。しかもボロボロの餓鬼三人を連れてだ。」

 可成の言葉に、しかし藤吉郎は意外そうにへ?と首を傾げている。

 「餓鬼…つまりは子供でございますか?」

 「ああそうだ。まだ十歳かそこらの餓鬼共だ。お前の仲間にやられたのか?理由は知らんが子供相手にあんまりじゃないか。」

 可成が嫌そうに顔を顰めた。反して藤吉郎は、みるみると嬉しそうに口角を上げていく。

 「なるほど、子供であったか…ならば納得だ。殿!!此度の謎、全て解けましたぞ!」

 褒めてくれと言わんばかりの藤吉郎の表情に、信長はまた腹を立てかけたが、とはいえ信長の興味は完全に藤吉郎から外の者達へと移っていた。

 「可成、その者らを庭に通しておけ。藤吉郎、お前も行け。」

 藤吉郎と可成が頭を下げて出て行くのを見届けた信長は、膝の上に肘をついて、拳で顎を支えながら目を瞑った。

 赤塚での戦い、行方知れずだった騎馬武者達とその首無し死体、藤吉郎、そして餓鬼共…。

 今日一日の出来事を思い返しながら、信長は短く溜息をついた。

 

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