スラム街
ノルナニア薬店を出たルインは、そのまま、ふらふらとスラム街をうろつく。
「あ、ルインだ!」「腹ぺこマン来たぞ!」「ルイン、遊んでー!」
スラム街には子供が多い。親はだいたい死んでいるか、消えてしまっているからだ。
だが、そんな子供たちはこのスラム街に掃いて捨てるほどいるのが現状だ。
「いやだよ、腹が減る……」
子供たちは逞しい。
親がなく、一番小さくて能力がない子は国や各神殿が経営する孤児院に入る。それだって十歳を超える頃には立派な働き手だ。
孤児院で作る蓑笠などの雨具作りや南や東の街道近くでの薬草取り、北の港で船磨きなどをして日銭を稼ぐ。
だが、スラム街の孤児の中でも目端の利くやつ、動きに自信のあるやつは、徒党を組んで冒険者の真似事を始めるやつもいる。
中でも、スラム街の顔役と呼ばれるような大人についていく子供は、悪いことをしてでも早く稼いでスラムから抜け出したいと考えている子が多い。
「はい、甘露草あげる!」「牙ネズミの尻尾塩漬けやるから、元気出せよ」「これもやるから、遊ぼうぜ、ルイン!」
ルインは街のことに詳しい。あっちの店で手伝いを欲しがっているとか、農家の親父が日当幾らかで人を求めているなんて情報を持って来る上、面倒見もいいので、結構慕われているのだ。
ただ、そうしてスラムの子供たちが逞しく働く中、下手をするとルインの方が稼げてない日もあったりする。
ルインも子供たちの前では油断してしまうのか、「腹減った……」と零してしまうせいで、腹ぺこマンなどと呼ばれている。
それにしても、最近はスラム街の子供たちが元気だ。
子供たちも自分が食べていくだけで精一杯のはずなのに、こうしてルインに食べ物をくれようとする辺り、何をしているのか気になる。
変なことに巻き込まれていないだろうかと、心配になって探りを入れてみる。
「食いもんは嬉しいけど、お前らは大丈夫なのか?」
「えへへーっ! リザがいい仕事、回してくれたんだ!」
「オレらこのまま金持ちになっちまうよな!」
「ねー、リザが凄い仕事見つけたんだよ!」
「リザ屋が?」
スラム街の顔役の一人、リザ。
子供たちを使って仕事を作ることから、一部ではリザ屋と呼ばれている。
スラム街の仕事だ。必ずしも綺麗事だけではないが、子供たちが生きるためには必要なことだ。
「うん。変な髪色したやつらが最近、増えただろ。
アイツら魔物の捌き方も知らないんだ」
「どの部位がギルドで売れるとかも知らないよね」
「そうそう。だから、俺たち外でこっそりアイツらの後を尾行して、アイツらが魔物を倒したら、安く買い叩くの!」
「それで、魔物を捌いて、スラム出身の冒険者に、ギルドで売買してもらうとたんまり儲けが出るんだぜ!」
変な髪色をしたやつらは、プレイヤーのことだろう。
当然、間にリザ屋やその冒険者が仲介で入るとしても、それなりの利益になるということなのだろう。
もちろん、危険な行為ではある。
だが、ルインがこのスラム街の子供たちを養っていける訳ではない。
口出しはできなかった。
「なあ、お前ら。金ができたらババアに頼んで魔除けの護符くらい買っておけよ。
それと鎮め森には行くな。
あそこがヤバいのは分かるだろ」
「ぶふっ、ルインが顔役みたいなこと言ってらあ」「大丈夫だよ、ゆくゆくは俺たちも冒険者だぞ! 危ないところには行かないって!」「うん。変髪さんも知ってる人だと、安全になってから呼んでくれたりするし!」
すでに顔見知りもできている位には、リザ屋のやり方が浸透しているようだった。
これは実はハジュマーリュ領でも既にやっていることで、ゆくゆくはこの国、さらには世界中に拡がっていく風潮ではある。
効率を求めるプレイヤーはこの方法を好むし、需要と供給がうまくマッチした例でもある。
ただ、スラムに生きる者たちの死亡率は上がったが、それを気にする者はほとんどいない。
ルインは一抹の不安を感じながらも、気をつけろよ、と声を掛けることしかできない。
そんなことを考えながらも、子供たちは少しだけ余裕ができたことで声は明るい。
遊んでくれとせがまれて、ルインは遊ぶことにした。
「よーし、棒投げでもやるか!」
ルインの遊びは、遊びのようで遊びではない。
投げナイフに見立てた棒を的に向かって投げる。
いざとなれば、石でもいい。
遊びに見せた投擲術を子供たちに教えているのだ。これも子供たちが生き抜くための、大切な護身術のひとつなのだった。
きゃっきゃっ、と遊びながら学ぶ子供たちを見て、少しでも生き延びて欲しいと願うルインなのだった。