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ノルナニア薬店


 そこは南の商店街の裏通り、スラム街にほど近い辺りにある。

 看板すらなく、ただのボロ屋に見えるが、実際は薬を扱う店だ。

 知っている人しか知らない隠れた名店といったところだ。


「おーい、ババア、居るか?」


 当たり前のように扉を開けて中に入って、ルインは声を上げる。

 棚が並んでいて、良く分からない雑草が梁に吊るされている部屋だ。

 パッと見では、どこに何があるか分からない。

 ルインは慣れた仕草で、部屋の奥の扉を開ける。

 そこは炊事場で、ルインは大甕(おおがめ)から柄杓で水を掬うと、ポットで湯を沸かし始める。

 ポットには、ルインがこれだけは知っている炊事場の棚の壺から何かの乾燥した葉を三杯、匙で掬って入れる。

 湯が沸くのに合わせて、なんとも言えない香気が部屋に漂う。

 炊事場のテーブルには椅子が一脚。

 茶こしでふたつのカップにできた液体を注ぐ。

 茶色い飲み物。そのうちのひとつを取って、大事そうに持つと、炊事場の隅に置かれた木樽に座って啜る。


「……はぁ、うめぇ。空きっ腹に響くわ……〈ずずっ〉」


 ルインはその飲み物を美味そうに啜り、その香りを楽しんだ。


「これっ! 茶葉は二杯と言うとろうが!」


「おう、ババア。ババアの分も入れといたぞ」


 いつの間にやらどこからか現れた、老婆が椅子に座っていた。

 まるで滲んだ絵具のような登場だが、ルインはいつものことと、特段驚きはしなかった。


 老婆は黒いフード付きのローブに白い前掛けだが、ローブの中で身動ぎするたび、じゃらり、からりと様々なアクセサリーが身体中で鳴り響く。

 それだけ金目の物を身に付けていれば、スラム街にほど近いここらでは、かなり危ない気もするが、老婆は特に気にする様子もない。

 ずるずると茶を啜り、大きく息を吐く。


「それでぼん、今日はなんじゃ?」


 齢八十を過ぎて見える老婆は、年齢らしからぬしっかりとした口調で聞く。


「いい加減、ぼんはやめてくれよ。もう二十七だぞ」


「はっ! 私にとっちゃ幾つになってもぼんぼんじゃ。

 それを言うなら、ぼんこそババアじゃなくてノルナニア姉さんと呼ばんか」


「姉さんって歳じゃねえだろ!

 それにこんなしわくちゃの姉を持った覚えはねえよ……」


「ほれみい、それならぼんぼんじゃろ」


 謎の論理で老婆はルインを言い負かした。


「ああ、まあ話しても不毛なだけだしな……。

 それより、だ。

 俺の知り合いで腹をかっさばかれたやつがいてだな……」


「門番やっとる子じゃな」


「相変わらず耳が早いな……」


「スラムのぼうたちが色々とこの姉さんの目と耳になってくれるからの。

 んじゃ、そっちの棚からすり鉢とすりこぎを出しな」


 ルインはグイッと茶を飲み干して、言われた通りに炊事場の道具を出す。


「隣に行って、吊るされた赤い花をそれで潰しな」


 これはルインと老婆の約束だ。

 ルインは老婆に言われた通り、手伝いをすることで安く薬が買える。

 普通に買えば、庶民には手が出ないような薬だ。

 それを馬鹿みたいな安い値段で売ってもらえる。

 老婆曰く、値段なんてあってないようなもの、とのことだが、使う素材は決して安くないこともルインは知っている。

 だから、手伝いをする時、ルインは老婆の言うことに絶対服従でやるべき事をやる。


 朝から邪魔をして、もう昼過ぎだ。

 ルインは全身の筋肉を思う様使って、力仕事を中心に手伝いをする。


「うん、そんなもんじゃな」


 朝から三杯目の茶を啜りながら、老婆は頷く。

 それから、懐から軟膏が入った貝殻を出して、机に置いた。


「ふう……終わりか。

 ああ、そうだ。ババアはコレ見たら何なのか分かるか?」


「どれ……」


 ルインはプレイヤー、モルガの落とした謎のアイテム類を見せる。

 不思議な材質のカード、青いポーション、丸い球のような何かと順番に見せていく。


「随分と古い文字じゃな……幻影……体……入れ替え……チケット。

 このカードは見た目を変化させる魔法が封じられた物のようじゃな……ただ、どう開封するのか、随分と複雑な術式じゃ……」


「ババアでも開けないのか……神兵(しんへい)魔術書(グリモワール)が関わっているかもな」


 老婆は古代の文字、さらには魔法にも深い知識を持っているようだった。


「なるほど、最近、噂のプレイヤーというやつか……呪力で括られておるなら、それが鍵かもしれんな……」


 ルインは言われて、改めてカードを眺めるが、良く分からない。

 この、のたうつウネウネが文字なのかと眉をしかめるばかりだ。


「この薬も見たことがないものじゃな……ラベルにあるのは……経験……数値……倍……」


「経験値倍のポーションか……神兵(しんへい)は経験した物事を数値として得て、経験したことのない事柄に応用できると聞いた。

 おそらく、その数値を増やすポーションか……」


「はっはっはっ……神兵(しんへい)とやらは、そんなことができるのかい。

 それでは、何も身につけていないようなものじゃな」


「ああ、俺が戦ったプレイヤーは、確かに歪な動きをしていた。

 剣技だけは達人のような綺麗な剣閃をなぞるくせに、普段の構えはてんでダメだったからな」


「ふん、原理も知らずに動きを使うか……なんとも身のない経験じゃな……」


「まあ、剣が当たれば、それでも傷は負うからな」


「はっはっ、真理じゃな」


「それで、球はどうだ?」


「ふむ……分からんな。これもプレイヤー絡みじゃろ。

 複雑な術式があるのだけは分かるからな」


「そうか。プレイヤーに売るかな」


「そのカードだけ預かろう。これだけ複雑な術式が解ければ、私の追い求めるものに近づけるやもしれんしな……」


「これだけでいいのか?」


「ふん、アレに手をつけられない貧乏人のぼんからじゃ貰いすぎかもしらんがね。はっはっはっ……」


 ルインはなんとも言えない苦々しい顔を作って黙り込む。


 老婆はニヤニヤと笑いながら、また滲むようにいつのまにか姿を消した。


 ルインは小さく「俺たちの宝は、俺の一存じゃ動かせねえよ……」と呟いたのだった。




 


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