タップル食堂
予約忘れてた!!
お待たせしましたm(_ _)m
高くなく、安くなく、味も量も安定していて、庶民が少しだけ良いところに外食しようかという時に使われるのが、タップル食堂だ。
アワツキはプレイヤーの中では他人を下に見ることもなく、普通に話ができるタイプだと思ったルインは、普通の旅人に教えるような店、タップル食堂を選んだ。
普通、旅人は旅の最中は保存食を中心とした粗食に耐えなくてはならない。
だからこそ、ルナリードのような街に来た時は、少しだけ財布の紐を緩める。
街の食堂の中では中の上くらいの店だ。
「へえ、活気があっていいお店ですね」
「ああ、何度かこの街に訪れた旅人は、だいたいここに来る。
新鮮な野菜に柔らかく煮込まれた肉、少し手の込んだプロが作る味だ」
「うわあ、お話を聞くと、ますます食べてみたくなりました!
ここにします!」
「そうか、じゃあ、俺はここらで待っているから、楽しんで来てくれ!」
「え? ルインさんはお腹空きませんか?」
「いや、俺はもう少し簡単に済ませるつもりだからな……」
ルインは、まともに飲み食いしたら四十~五十ルーンになるような店で食べるつもりはなかった。
それに今は仕事中だ。簡単でそこそこ腹が膨れたら充分だと考えている。
「案内のお礼に、ここは私が出しますから、一緒に行きましょうよ」
「いや、そういう訳には……」
「女性が一人でお店に入るのは抵抗あるんですよ。
ぼっち飯とか、おひとり様とか後ろ指さされたらと思うと、敷居が高すぎます!
お願いですから、来て下さい……」
両手を合わせて、願われてしまう。
旅人なら、一人で店に入るのが普通だ。
そんなことを気にするやつはいない。
これもやはりプレイヤーならではの感性なような気がして、それならばとルインは付き合うことにした。
「いらっしゃいませ!
空いてるお席にどうぞ!」
なんとなく、店の奥は街の住人、店の手前は旅人と分かれていて、大きな長机に椅子が雑多に置かれていて、どこでも相席が基本という形になっている。
見える厨房の手前にメニューが張り出されていて、給仕の娘たちが忙しく動き回っている。
「う……情報ページを開かないと文字が読めないんですが……」
アワツキが困ったように言う。
「ま、待て、ここで『魔術書』なんて開いたら騒ぎになる。
俺が読み上げるから、待ってくれ!」
「すいません。先程の冒険者ギルドで騒ぎになったのを忘れていました。
良かった。ルインさんが居てくれて……」
ルインはまだプレイヤーのことを理解しきれていなかった。
当初はどこかのお貴族様のお遊びだと思っていて、そうなれば文字は読めて当たり前だと考えていた。
それが貴族ではなく『神兵』だったのだと考えたまではいいが、まさか文字が読めない問題が出るとは思っていなかった。
この国の識字率は五割程度で、自分の名前は書ける、簡単な言葉を幾つか知っているという程度の人を含めれば九割という感じだ。
だから、給仕たちも心得ていて、読めないという人にも普通に対応してくれる。
だが、そういったことも分からないとなると、余程の辺境から来たか、いや、元来持っている知性などから考えると、元は天使だったとか、異世界の住人などと考えなくてはいけないような気になってくる。
ルインはメニューを読み上げながら、そんなことを考えていて、この際だからと、聞いてみることにした。
「それで、聞きたいんだが……プレイヤーってのはみんなそうなのか?」
「決めました。その猪魔物の煮込み定食にします!
へ? 何がですか?」
「ああ、いや、文字についてだ。
プレイヤーってのは、みんな『魔術書』を使わないと、文字が読めなかったりするのか?」
「そうですね。私たち独自の言語はあるんですが、この世界の文字は情報ページ……グリモワールを使わないと読めないみたいですね」
ルインは給仕に猪魔物の煮込み定食をふたつ頼んで、話を続ける。
「この世界ってことは、プレイヤーの住んでた世界はこことは違うってことなのか?
天界とか異世界とか……」
「たぶん、異世界の方が近いかもしれません。
……そうですね、ルインさんに分かりやすく言うなら、私たちのこの身体はアバターと言って、仮初の物なんです。
こちらの世界には、このアバターを使わないと来られなくて、宿屋で寝る時なんかは、魂が元の世界に帰っている時だと思ってくれればいいかもしれないです」
「仮初……そうか、だから食わなくても良かったり、寝る場所に頓着しないのか……」
「ええ、私たちの世界の一時間が、この世界での一日に相当するんです。
脳が……ええと、魂はこの世界の一日を一日として感じていますけどね。
あ、私はちゃんとしたベッドがある部屋に、アバターを置いておきたいんですけど……鍵が掛かって、個人部屋でベッドがあって、三週間くらい寝てても追い出されない場所が希望です。
起きてから、お食事とか付いてるとなお、良しですかね!」
「それはもう、どこかに部屋を借りた方が良いかもな……」
「あ、やっぱり……はじまりの街にいた頃から、プレイヤーの間では結構、問題になってたりしたんですよ。
なので、普段は野外でテント生活とかが多くて……でも、ログインすると神殿の死体安置所ってことが本当に多くてですね……毎回、ゼロからスタートみたいになっちゃうんですよね……」
「ろぐいん?」
「あ、こちらの仮初の身体に魂を移すことをログイン。元の世界に帰ることをログアウトって言うんです」
「なるほど。じゃあ、えぬぴーしーというのは?」
「ああ、えっと……それはですね……」
アワツキが言い淀んだタイミングで食事が並ぶ。
「わあ、美味しそう!
とりあえず、食べていいですかね?」
「ああ、もちろん」
「いただきます!」
アワツキは葉物野菜のサラダを美味そうに食べる。
「おお、この上に掛かってるソースはなんですかね?」
「果物の汁をベースにしたドレッシングじゃないか?」
「ほお……いい仕事してますねぇ」
食べている時は別人のようになる。
今まで出会ったプレイヤーは必ず、別人格のようなキャラクター性を持っていた。
その点ではアワツキも例に漏れずということらしい。
「このお肉うんまぁー!」
「アイアンボアだな。西の山に出る毛皮が鋼鉄並に硬いやつだ。たまに罠に掛かるんだ」
「なるほどー! 外は硬くて中はジューシーなんですね!」
「それはそうと、えぬぴーしーについて説明してくれないか?」
「はっ! あ、失礼しました……」
アワツキは口元をハンカチで拭ってから答えた。
「簡単に言うと、プレイヤーじゃない人という意味で、プレイヤーによってはNPCは人じゃないなんてことを言ったりしますね……残念ながら……。
こんなにも感情豊かで、それぞれが生きているんですから、もう少しちゃんと接してもいいと思うんですが……」
「なるほど、そこもプレイヤー次第で変わるってことか……」
プレイヤーは同じ目的で動いていても、必ずしも同じ理由で動く訳ではない。
その辺りは人間も『神兵』も同じなのだとルインは痛感する。
ただ、心の動きはそうなのだとして、それ以外がこの世界の人間と違い過ぎる。
ルインは今後の接し方を考えなくてはならないと強く思った。
案内人としてできること。お互いに良き出会いとなるよう、やはりもっとプレイヤーの情報が必要だと感じたためだ。
「ふあー! 焼きたてパンのふかふかベッドで眠りたいレベルですよ、このパンは!」
少し目を離した隙にすっかりアワツキは自分の分を平らげてしまった。
「そうだ。レベルについても教えてくれないか?」
「ああ、レベルですか……そうですね……レベル……」
アワツキは物足りないのか、ルインの食事にチラチラと視線を送りながら考えていた。
ルインにしてみれば普段はとてもじゃないが手が出ない食事だ。
だが、今はプレイヤーのことが知りたくて、ゆっくり味わえる状態にない。
ルインは半分ほど手をつけてしまって申し訳ないと思いながら、自分の分をアワツキへと押しやる。
「食べかけで申し訳ないが、もう腹いっぱいで食えそうにない。
アンタのおごりだ。食えるなら食ってくれ」
「いいんですか!? いや、人の手が入った料理なんて、もう何ヶ月ぶりなもので……」
うま、うまと言いながら、アワツキは食事を進める。
こうして見ると、アワツキなどは普通の人間にしか見えないが、異世界から仮初の身体に魂を移し替えた、分厚い『魔術書』を持った『神兵』なのだ。
ルインは何とも不思議な気分になる。
彼女たちの一ヶ月が三十日だとして、一日が二十四時間だとしたら、こちらの世界はほぼ二年間進むことになる。
その膨大な時間の差が『人』と『神兵』の差なのかもしれない。
「ふぅ……ごちそうさまでした!
あ、満腹ゲージが振り切れた!
また、太る!
気、気をつけなければ……」
「仮初の身体でも、そういうのは気になるものなのか?」
「そりゃ、そうですよ!
これでも乙女なんですから!」
「そうか、それは失礼だったな、すまない。
それで、レベルなんだが……」
ルインは恐る恐る、元の質問に戻った。
「あ、そうですね。
こちらこそ、何度も同じ質問をさせてしまって、すいません。
レベルは……そうですね。できることの指針、ですかね……。
それは同時に強さの指針でもあるんですが……ええと、今の私は見習いの例のアレで、五レベルな訳です」
アワツキは魔法使いという部分を濁して言った。律儀な性格をしているらしいとルインは思う。
「この例のアレはクラスレベルと言うんですが、この中には呪文、刻印、調薬、精神統一、MP回復などといったスキルレベルを内包しているんです。
スキルレベルは別枠でフリースキルというのがありまして、私の場合、剣術、サバイバル、裁縫とその人の得意な分野が力量として表示されるんです。ええと……グリモワールに!」
ルインは出てくる語句を必死に覚えようとするが、どうも上手く入って来ない。
それを見て、アワツキにもルインの混乱は理解できたのか、どうにか伝えようと言葉を探しているようだった。
「そうですね……クラスレベルはその人が一番才能がある職業的分野で、スキルはどんなことが特に得意なのかを表しているんです」
「なるほど、才能と得意なことか」
「そうです。そうです。
得意なことは冒険の途中で覚えたりもできるんですけど、魔物を倒したり、サブクエスト……誰かの依頼を達成することで貰える経験値で好きな得意の情報を得たり、技が貰えたりするんです。
例えば、元の世界の私は剣術なんて知らないんですけど、剣術スキルを上げると、剣の持ち方、構え方、振り方なんて情報ページが増えて、技の『袈裟斬り』が使えるようになったんです。
この『袈裟斬り』を使うにはWP〈わざポイント〉というのを払う必要があるんですけど、WPの総量を増やすには才能ある職業分野を上げないといけないんです」
「得意なことを続けなくても別の経験で得意なことを伸ばせる?」
「そういうことです。もちろん、剣術の稽古をやれば、他で稼いだ経験値を注ぎ込まなくても、剣術の力量は上がります。たぶん、少しですけど。
でも、元の世界で得意だったことをこっちの世界で得意にすると、いきなり力量が上がった状態で始められたりもするんですよ」
なんだそのデタラメな世界は!
ルインはそう叫びたくなるのをグッと堪えた。
それが神々の加護を賜った『神兵』というものなのだ。
誰かの依頼を受けて、その過程で得た経験を自分の得意なことへと転化させる。
まるで、ナイフとフォークの扱いから双剣術を編み出したウケモチ流双剣術の創始者みたいなものだと自分に言い聞かせる。
だが、そうなるとプレイヤーは一人残らず天才ということになるが、そこはそういうものとして納得しておく。
神々から、たしかに才能を渡されているのだから。
「ええと、他に知りたいことって、まだあったりしますかね?」
「いや、今はこれ以上聞いても、もう頭に入りそうもない……」
「ああ、やっぱり難しいですよね。
すいません、上手く説明できなくて……」
「いや、充分な説明はしてくれたよ。
ありがとう。
少し自分の中で飲み込む時間が欲しいんだ。
アンタたちの望みと街の望みを上手く合致させるためにね」
「いきなり私たちみたいなのが現れたら、やっぱり戸惑いますよね。
はじまりの街でもトラブル続きでしたから……
まだベータテストなんで、本格始動したらもっと私たちみたいなプレイヤーは増えると思います。
混乱を招きたい訳ではないんですけどね……」
「べーたテストか、また分からない言葉が飛び出したな……」
ルインは力なく、ハハ……と笑った。
まだまだプレイヤーについて知らないことがあるのだ。
「あ、えっと……」
「アンタたちは神の送り込んだ、災厄を取り除くための尖兵で、アンタたちがそれなりの働きを示すと、本格的に神兵たちが舞い降りる。
べーたテストは斥候の試練とか、そんなところか?」
「はい。凄い理解力ですね。
ただ、ベータ自体は二番目の言葉という意味くらいしかありません。アルファ、ベータ、ガンマ……と続く文字列の二番目ということです。
ですが、それの意味するところは、ほぼルインさんの仰る通りです」
「アワツキさんは律儀なんだな」
「ええっ、そうですかね?
周りからは良くズボラとか呼ばれるんですけど……」
「そりゃ、不器用で同時にアレコレできないヤツを腐す意味に思われがちだが、裏を返せば、ひとつの事だけに集中できる才能があるってことだ。
悪く取ることないと思うぞ」
「え、あ、そんな風に考えたことなかったです……」
アワツキはなんとも言えない照れ臭さを感じて、俯いた。
それは、ルインの年輪を感じさせる言葉の重みであり、A.I.であることを一時、忘れてしまうような出来事だった。
そうして、アワツキは自分の持ち金に合わせた部屋を、ルインの案内で最後に借りた。
明日の夜にまたログインする予定だったが、この世界では三週間ほど間が空いてしまう。
長くこの世界を楽しむには、一日が一時間であることは嬉しいが、この世界を三週間も放っておくことになる。
なんとか人の少ない時間は一日が三時間といった感じにならないか、運営に要望を出そうと考えながら、ルインと別れて、ベッドに転がるのだった。