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ルナリード冒険者ギルド


 城門で対応しているメヒカをルインは眺めていた。

 旅人の髪色は黒で、マントが全身を覆っている。


 なんだ、普通の旅人か、とルインが視線を外そうとすると、その旅人の女性は一枚の鑑札を取り出す。

 途端にメヒカは肩を竦めて、道を開けた。


 通り一遍だとしても手荷物すら見ずに道を開けるメヒカに、ルインは疑問が過ぎるが、考えてみたら、それがプレイヤーなら仕方のないことだと言える。

 その根拠であるプレイヤーがおそらく全員『魔術書(グリモワール)』持ちだという情報はルインがもたらしたものだからだ。


 そんな言葉を真に受けたからと、手荷物検査すら放棄するメヒカに、ルインは憤りを感じるが、そんなメヒカは旅人に対して、あからさまにルインを指さして、愛想良く話していた。

 すると、旅人はこちらにやって来る。

 ルインは内心でメヒカに「こっちに無茶振りしやがった……」と毒吐く。


 トコトコと歩いて来る旅人にルインは愛想笑いを振りまく。諦めた瞬間だった。


「やあ、旅人さん。ルナリードの街へようこそ!

 どこから来たんだい?」


「あなたが案内人さんでしょうか?」


「ああ、ルインだ。よろしく!」


「あ、アワツキです。はじまりの街から来ました。よろしくお願いします」


 ぺこり、とアワツキは頭を下げた。

 ルインは、おやと思う。

 えぬぴーしーと呼ぶでもなく、素直に頭を下げられたのは初めてだった。


「プレイヤーさん、だよな?」


「あ、はい、そうですね。見習い魔法使い、レベル五です」


「魔法使い!」


 魔法使いはこの世界でもそれなりに珍しい。

 千人に一人くらいの存在で、大抵は世捨て人か、魔法使いだと隠して生きる者ばかりだ。

 ただし、魔法の原理自体はある程度〈本当にある程度なので、魔法の元となる部分はブラックボックスだが〉解明されていて、それを体系的に利用する機械工学、いわゆる魔導工学はそれなりに普及している。

 これはエンジンの作り方は知らないが、使い方だけは分かるようなもので、そのエンジンの作り方は失われていて、過去の発掘品を利用して外側だけ作るのを魔導工学と呼んでいるに過ぎない。


「あのう……何かまずかったでしょうか……」


 アワツキが不安そうに聞く。

 ルインはついジロジロと眺めてしまう。

 カラスの濡れ羽色と言いたくなるような艶やかな黒髪にひと房だけ金の髪が脇に垂れている。

 黒い瞳の美人と言うには少し幼さが残る顔立ちだが、歳の頃でいえば二十歳くらいだろうか。

 全身はマントで覆い鎧の類いは見えないが、細身の剣の柄は見て取れる。

 やはり、プレイヤーらしく真新しい。

 魔法使い……剣を持つ魔法使いはいない訳ではない。

 だが、魔法使いだと言う割にはその特徴はあまり見受けられないな、と思った。


「ああ、魔法使いは珍しいんだ。権力の中枢に食い込めるくらいにはな。

 王家の血筋に取り入りたいとか、権力の中枢を担うつもりならいいが、そうでないなら、あまり吹聴しない方がいいな……」


「あ、だから難易度が高い設定になってたんですね」


「難易度?」


「ええ、ゲームを始める時に職業ごとに難易度が設定されていて、魔法使いはロールプレイに制限を受ける可能性と成長に特定の条件が必要って出てたんです。

 でも、せっかくゲームするなら魔法使いみたいな普段はやれないことがいいなと思って、魔法使いにしたんですけど、まずかったですかね?」


 ルインは考えた。

 言動からすると、元々は魔法使いとしての素質を持っていなかったように感じる。

 魔法使いは素質が全てだと、知り合いのばばあに聞いていた。


 ゲーム。『災厄を取り除く』ことをゲームとして行う存在。

 必要に応じて、膨大な頁数の『魔術書(グリモワール)』を与えられている存在。


 気が遠くなるような昔、人の身でありながら、神の創りし仮初の身体を与えられて、世界創成のために戦った者たちがいたという神官に聞かされた神話が頭を過ぎる。

 それは神の兵士。『神兵(しんへい)』と呼ばれている。


「い、いや、いいんじゃないか……それが神々の思し召しだとすれば、俺如きがどうこうする話じゃない。

 それに、そうだ! プレイヤーは復活できるんだろ。

 死ななきゃ、いや、死んでもなんとかなるだろ……」


「死んでもなんとかなる……あ、そうですね。

 危なくなったら、リスポンして逃げちゃうのも手ですもんね!」


 さすが『神兵(しんへい)』。

 根本的な考え方からして違うと、ルインは自分を納得させた。


 リスポン。おそらくは神殿での復活のことを言っているのだろうとルインは理解した。

 ヴァニラと話した時は、そんなような話だった。


 ルインは相手が『神兵(しんへい)』だと思うと、今までの不審感が一気に解消されていくのを感じた。

 どうやら、蔑称的な意味で使われる、えぬぴーしーというのも、相手が『神兵(しんへい)』ならば納得だ。


「それで、アワツキさんはこの街のどこに行きたいんだ?」


 ルインは心を入れ替えたかのように、アワツキに聞いた。


「あ、ええと……魔法を教えていただける方のところへ行きたいんです。

 ランクアップ条件なもので……」


「う……」


 ルインは言葉に詰まる。

 魔法使いは数人ながら知ってはいるが、いくら『神兵(しんへい)』でも、おいそれと連れて行くのは抵抗があった。


 特別な力を持つ者は、やはり特別な心を持つものだ。

 偏屈とか変態と言い換えてもいい。

 下手な相手を連れて行けば、ルインが呪われる可能性もある。

 アワツキは、ルインが出会ったプレイヤーの中では、一番まともに見えるが、それでも、まだ見極められたとは思えなかった。


「すまない。魔法使いは権力中枢か隠れているのが基本だ。アワツキさんに魔法を教えられる相手は知らないな」


「そうですか〜残念です……。

 あ、それなら、冒険者ギルドに行きたいです!」


 アワツキは、残念そうにしたが、すぐに立ち直ると次に行きたい場所を指定した。

 しかし、そこはルインにとっては鬼門の場所だ。

 渋々ながら、これも仕事だとルインは案内することにした。




 大通りの奥、かなり立派な三階建ての建物が冒険者ギルドと呼ばれる建物だ。


 冒険者ギルドは簡単に言えば、何でも屋の仲介所だが、その主な仕事はやはり魔物駆除ということになるだろう。

 ギルドに所属しなくても、魔物を駆除すればそれなりに金にはなるが、所属すれば魔物の利用できる部位の買い取りなどもしてくれるので、ギルドに所属した方がいい場合もある。

 ギルドに所属すれば、ある程度の義務が生じて来るので、それを嫌う人は所属しないという選択肢もある。


 そんな説明をしながら、ルインはアワツキに冒険者ギルドの建物を指さした。


「あれが冒険者ギルドだ。所属は成人していれば経歴も職業も不問だが、幾つか仕事をこなして認められないと、正式所属にはなれない。

 等級が上がれば、義務と権利も増えるがそれだけ稼げるようになる」


「等級ですか」


「ああ、最初は貝殻級から始まって、骨器、石器、青銅器、鉄器、銀器、金器、さらに上には宝石器級ってのがある。

 冒険者ギルド系列店での売買への特典が良くなっていくのが特徴だな」


「へえ、そんな風になっているんですね」


「じゃあ、俺はここらで待っているから……」


「え、一緒に行ってくれないんですか?」


 ルインは変な汗をかきながら、視線を逸らす。


「ああ、いや、俺はちょっと……」


「はあ……よく分かりませんが、それじゃあ、ちょっと行ってきますね」


 バツが悪そうにしているルインを理解してか、アワツキはそう言って建物に入っていった。

 ルインが深くため息を吐いた後、さて近くの店で休んでおくかと考えた頃、冒険者ギルドの扉が大きな音を立てて開かれた。


「ルイン!」


 やべぇ、と首を竦めたルインだが、すぐに声の主に見つかった。


「や、やあ、ブリジットさん、ご無沙汰だったね……」


 ルインお得意の愛想笑いも思わず引き攣る。


「ようやく戻って来るつもりになったんですね!」


「あ、いや、違うんだ! そうじゃない。

 案内人としての仕事で寄っただけだ」


 思わずルインは及び腰になる。


「そんな……でも、腰の金器はつけてるじゃないですか!」


「そりゃ、これがなきゃ割引サービスが……」


「そんなボロボロのままで……じゃあ、こうしましょう!

 月一回でいいんで魔物退治の仕事、受けてくださいよ。

 もう、めちゃくちゃ割の良い依頼回しますんで……」


「やめてくれ!

 ……案内人の仕事はやってる。

 もう魔物駆除はやれない……やれないんだ……」


 ルインは小刻みに体を震わせて、告げる。

 それは、トラウマを刻まれた恐怖のように見えた。

 ブリジットと呼ばれた受付嬢の制服を着た女性は、小さく吐息を吐いた。


「それじゃあ、先月までの案内人の給金、お支払いしますから、少し待ってて下さいね……随分と貯まってますから……」


 それは少し冷たいと思えるほどの温度で、だが、今のルインにはその温度に救われるのだった。

 優しくされたくない。

 何も返せないから。

 心に負った傷は簡単に治るものではなかった。


 しばらくして、ブリジットが戻って来る。

 十枚と少しの一ジン硬貨が入った袋は、ルインが案内人になって今日まで、冒険者ギルドに一切近づかなかった証だ。

 それと、新しい短剣。金の装飾が施されたソレは、金器と呼ばれているものだ。


「いや、これは……」


 ルインが金器を返そうとするが、ブリジットはそれを、やんわりと止めた。


「案内人も立派なギルドの仕事です。

 それに、そっちの短剣じゃ、そろそろ証明になりませんよ。

 知らない人が見たら、割引サービスは受けられないでしょうから……」


 ルインは今、案内人の仕事だけで生計を立てている。

 ルインの案内に満足した店側がたまに払ってくれるチップだけで食ってきた。

 月に一ジン。それは賃金としては底辺もいいところな金額だ。

 それでも、無駄に生きてきた。

 ただ、生きるだけの生活。

 ルインはそれで満足だと言い聞かせてきた。

 お前にはこれくらいの生活が上等だ。と。


 ブリジットが無理矢理にでも理由を作らなければ、ルインは金器を返していただろう。

 だが、金器の冒険者としてではなく、ただ金のため、割引サービスのためだとルインは自分を納得させて、ソレを受け取るのだった。


 ブリジットはギルドに戻ろうとして、振り向いて言う。


「無理は言いません。でも、賃金くらいは取りに来て下さいね」


 ぎこちない笑顔。ギルドの受付嬢としては失格だ。

 だが、ルインのこれまでを思うと、それ以上のことはできなかった。

 ルインの負担にだけはなりたくなかったのかもしれない。

 だが、最後まで冷たくできなかったのは、やはりルインが心配だったからなのだろう。




 ルインは真新しい金器を見る。

 愛用してきた短剣は、装飾は剥げ、塗りもボロボロで、とても金器だとは分からない状態だ。

 いつか、もう一度、コレを付けられる日が来るのだろうか。

 ルインは自問自答してみるも、全く分からなかった。

 新しい短剣を隠すように背中側の帯に手挟む。

 それから少し遠い目をして、アワツキを待った。


「お待たせしました。

 あの、受付でルインさんのお名前を出したら、受付の方が血相変えて出ていったんですが、大丈夫でしたか?」


 アワツキが戻って来て、開口一番、聞くので、ルインは「問題ない……」とだけ答えた。


「あ、見てください!

 ほら、見習いギルド員になりました!」


 アワツキは首に提げたネックレスに付いた木製の装飾品を見せる。

 これが貝殻のネックレスになり、骨のネックレスになり、石のネックレスになり、青銅器からは短剣が支給される。


 アワツキも短剣を持つまで続けば、ルインのボロボロの短剣の意味も理解できるだろうが、それはまだ先の話なのだ。


「それで、他に行きたいところはあるか?」


 ルインが聞くと、アワツキはどこか美味しいものが食べられるところはないか、と言ってきた。


 それがルインには意外だった。


「プレイヤーは食い物とか食べるのか?」


「ええ、食べられますよ。

 まあ、スタートダッシュを決めたい人は、あんまり興味を示さないでしょうけど……」


 なるほど、プレイヤーの中にも、このゲームへの取り組み方が違う者がいるということらしいと、ルインはまた、頭の片隅にメモを取った。


 ルインはアワツキを中程度の食堂に連れて行くことにするのだった。



 

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