ハジュマルナ街道4
アワツキはまるで状態異常に掛かったかのように動けずにいた。
もし、ここで余計な動きを見せていれば、ブレイクの怒りの矛先は、容赦なくアワツキへと向かっただろう。
だが、目下のところブレイクの視線はルインへと向かっていた。
御者は震えながら座席で蹲っている。
ルインはブレイクの視線を受け止めながら、荷台からゆっくりと降りる。
薬はまだ寝ていろと頭痛を送って来るし、隠そうとしているが指先はここが外であるという事実に小刻みに震えていた。
「まだポンコツなんだろ……あの頃の伝説のあんたは帰って来ない……いいのか?
外には魔物がうようよしてるぞ」
「……冒険者崩れの野盗に心配してもらえるとはな。
言い訳じゃなくコンディションは最悪だ。
俺を外に連れ出すために盛られた薬はダルいし、指先は魔物が怖くて震えている……これが角ネズミ相手だったら、俺も覚悟を決めるところだ。
良かったよ、金の手がお前で……」
カッ! とブレイクの眦が吊り上がった。
「俺が角ネズミ以下かどうか、見てみろ!」
大きな踏み込み、腰を低く、全身を捻じるように放たれるのは、大剣使い特有の【斬馬】だが、刀身が金の手を変形させた細く薄く軽い剣のため、捻り上げた力が逃げてしまっている。
それでも、馬でも人でも、その首ひとつくらいは軽々と跳ね上げるくらいの力はある。
元銀器の冒険者の力は伊達ではない。
斜め下から跳ね上がるような斬撃。
平素のルインならば、後の先を取るのも容易かったかもしれない。
だが、指先に力が入らず、剣を取りこぼさないようにするので精一杯で、避けきれず、首筋に赤い線が滲んだ。
「ちぃっ……それだけの力があれば、野盗に堕ちる必要はなかっただろうが!」
ルインは大きく距離を取りながら、文句を言う。
「堕ちなきゃ、この手は治ってねえんだよ!
治った上で、俺の力を高めてくれる。
これに縋るしかなかった俺の気持ちが、魔物が怖くて逃げ出したポンコツに分かるか!」
ブレイクは怨嗟の声を上げ、世界を呪うように叫んだ。
その途端、どこからともなく金の粉が舞って来て、ブレイクの金の手にまとわりついた。
ルインはその言葉の意味を計って、大きく頭を振った。
「『きどう』に堕ちたのか……」
大抵の場合、ソレは瘴気渦巻く未開の地の奥深くにあるとされる。
魔物を掻き分け、時には地下深く、時には迷宮を越えた先にあると言われるのが『鬼道』と呼ばれる場所だ。
世に現れる魔物を統べる者『魔王』。
そこに至る入口が『鬼道』である。
「堕ちたがどうした?
お前も見たんじゃないのか、悪食……」
ルインを昔の呼び名で呼ぶ。
それはあるひとつのことを示唆していた。
鎮めの森。龍牙者たちが挑み、ルイン以外の全ての命を賭けて封じた地。
そこでルインは確かに聞いた。
───ワールドオーダープログラム、︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎マキア︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎キドウシマスカ?───
───キドウシマスカ?───
男とも女ともつかない声。
その声が『鬼道』へと誘う。
古い文献に拠れば、『鬼道』の誘いに堕ちると、精霊・那之の加護を得て、人にあらざる力を得られるという。
この力を使いこなし、魔物と言葉を交わせるようになると、その者は『魔王』へと転じるとされている、今の世では禁忌とされている技だ。
「まさか……」
「ああ、それを知るのがお前だけだとでも思っていたのか?
力はしょせん、力でしかねぇ。
要は使い方だ。
俺なら御せる! 見ろ、これが精霊武装だ!」
ブレイクの腕が金の粉、精霊たちを集めて、更なる変異を見せる。
巨大な砲身、その先に伸びる大剣は龍の爪のように伸びて剣身を四つに分ける。
その姿は人でありながら、右腕だけが膨れた異形のものだ。
右腕の精霊武装と肉体の結合部に当たる血管が大きく浮き出て何かを身体に運んでいる。
心なしか、精霊武装の侵食が進んでいるようにも見える。
ルインはその変異に、魂がぶるぶると震えるのを感じる。
それは怒りに似た何かだ。
頑健の、大地の慈愛の、槍奏者の、命を賭けた行動に対する侮辱。
それは、ひっくるめてやはり、怒りなのだろう。
それを感じた瞬間、ルインは握り締めていた剣を抜いた。
「ブレイク……その腕、斬らせてもらう……」
「ふんっ、他のやつには、身ぐるみ置いていけば許してやると言っているんだがな……お前は許さねえぞ、ルイン!
命全部、置いていけえぇぇぇっ!
【龍砲】!」
ブレイクの右腕が地面を抉る。どうやら削った大地を弾丸とするらしい。
「やらせるかっ!」
ルインが滑るように足を運び、大地を削るブレイクの右腕を踏みつけ、大上段から剣を振るう。
だが、ブレイクの右腕はそれをものともせず、ルインをかち上げるように、上へと向けた。
ルインは右腕に乗ったまま空へと飛ばされた。
空中のルインに向けて、右腕の砲身から土石流が放たれる。
空中のルインは、避けられないことを悟って、身体を丸めた。
翻弄されるままに、ルインの身体が吹き飛ぶかと思われたが、土石流の中のポイントを見つけ、剣の柄や鞘、足の裏などで器用に致命的なダメージを避けて、落ちた。
しかし、致命打を避けただけでダメージがない訳ではない。
石を避けても、砂に裂かれる。
落ちたルインは、泥と血に塗れていた。
「止められなかったようだな、ポンコツが!
落ちぶれたアンタに助けられたのが、俺の人生の汚点だ!
ここで綺麗さっぱり、消させてもらう!」
ブレイクが距離を詰めて来る。
右手を左手で支えて繰り出すのは、【龍爪】による袈裟斬りの大剣技【断馬】だろう。
【龍爪】は【龍砲】を含めて、大剣として充分な重さと長さを備えている。
その威力は大剣使いブレイクの力を余すことなく伝える。
ルインは観念したのか、自身の血溜まりの中、動けずにいるのだった。
いや、動けなかったのではなく、動かなかったのだ。
悪食とまで呼ばれたルインは、得物を選ばない。
まともに受ければ、簡単に折れてしまうような片手直剣に自身の練り込んだ気を通わせていたのだ。
だが、ルインはその剣を受けには使わなかった。
口の中に溜まった泥を、ブレイクの顔目掛けて特殊な呼吸法によって、目潰しとして吐きかける。
【弾舌】と呼ばれる暗殺者の技だ。
「ぶあっ!」
さらに、【断馬】の横をすり抜けるように移動すると同時に、一閃。
【風車回し】と呼ばれる避けと同時に剣を振るう攻防一体の技を放つ。
ギャリリッ! と、鈍い音がひびくのだった。
気を込められた剣閃が青いオーラを放つ。
実体を伴う青いオーラは、砲身を断ち切り、そして片手直剣も半ばから折れた。
落ちた【龍爪】が金の粉になって辺りに散った。
二人は同時にその場を離れた。
まるで外界と流れる時間が異なっているかのように二人はお互いを睨みながら動きを止めるのだった。




