ハジュマルナ街道2
ガタゴトと世界が揺れていた。
目を開けると真っ暗闇だった。
身体を動かそうとすると何やら硬い物に囲まれているらしく、まともに身動ぎひとつ取れない。
次第に意識がハッキリしてくると、自分の身体の上に硬い棒状の何かがまとめて置かれていることに気付く。
そして、何故こうなっているのかを考える。
そこでルインは、ようやくアマティーラ神殿の神官長に薬を盛られたのだと気付いた。
「くっ……ここは……そもそも何故……」
ルインは考えるが、アマティーラ神殿に、ましてや神官長にマズイことをしたつもりはなかった。
言葉遣いのひとつ、ふたつで不興を買ったのだろうか。
だが、その程度で拘束され、どこかへ連れて行かれるなどあるだろうか。
この揺れ方は馬車だろうというのは、早めに察しがついていた。
目の前に小さな小窓が開く。
そこに現れるのはアワツキの顔だった。
「起きましたか?
すいません、そろそろ金の手の範囲なので、お静かにお願いしますね」
ルインは困惑したまま、その声を聞いていた。
金の手は、街道に出る野盗で、その範囲ということは、ここはルナリードの街の外ということだった。
そして、街の外ということは、魔物が辺りを徘徊する危険な地ということで、そのことを考えるとルインの身体に、急に緊張が走る。
すると、アワツキが続けた。
「魔物に関しては、キマイラキラーズの三人が魔物避けの香薬を周囲にばらまいて対処していますから、安心して下さい」
魔物避けの香薬。錬金薬と呼ばれる類いの一種で、ある一定以下の魔物を近寄らせない効果のある香りを放つ薬だ。
高価で一定時間しか保たないため、使えるのはほんのひと握りの人間に限られてしまう。
ノルナニア薬店のばあさんが作る魔物避けのお守りは、この香薬の濃い物を使っていて、範囲は狭く、袋を開けて一時間ほどしか使えないが、ほとんどの魔物を寄せ付けないほど強力だったりする。
ルインは神官長に騙されたと思い、だが、そのすぐ後に、もしやこれは神官長が用意してくれた『きっかけ』かもしれないと思い直す。
プレイヤーたちは利害の一致もあったのだろうが、神官長様に上手く乗せられたのかもしれない。
でなければ、こんな手の込んだことはしない。
全く別の経験を自身の思う才能を伸ばすことに使えるプレイヤーたちは、焦らずとも良かったはずなのだ。
「なんで、棺桶なんだ?」
「ルインさんを運ぶのにちょうど良い箱だったので……」
神殿とプレイヤーがグルなのなら、さもありなんとルインは嘆息した。
神殿なら、棺桶を用意するのは容易い。
自分を拘束して、周囲に気付かせず、街の外まで運ぶのにちょうどいい。
おかげで二年ぶりに街の外に出られたのだ。
そうか。と答えてルインは逸る心を必死に収めた。
馬車が止まる。
「誰か倒れています」
御者が声を掛けてきた。
「分かりました。私が確認します」
アワツキはそう答えて、棺桶の留め金をそっと外した。
「金の手だったら、お願いします……」
小さく声を掛けられて、ルインは棺桶の中に共に寝かされていた剣を静かに握った。
辺りに魔物はいない。
街の外だ。
自分の中に起きた変化に、ルインは不思議な感覚を覚えつつ、静かにその時を待つのだった。
それは確かに、ほんの少しのきっかけに過ぎないのかもしれないが、死にながら生きるルインにとって、大きな一歩だったかもしれない。
アワツキが馬車を降りる。
アワツキの顔が消えた小窓からは、空が見える。
それは、いつもと同じ空のはずだが、ルインにはやけに濃く見えるのだった。




