東大通り3
アワツキの探す凄腕の達人とはルインのことだった。
ルインの聞いたところによると、プレイヤーたちはお互いに『魔術書』を使って繋がることができるらしい。
それは掲示板とか全体チャットと呼ばれ、細かい使い方の違いで個別チャット、パーティーチャット、クランチャットなどあるようだった。
これら『魔術書』同士の繋がりを使って、情報のやりとりが遠く離れた相手と取れるというのをはじめて知った。
そして、その中でルインのことが噂になっていたということらしい。
随分と便利な呪いもあるものだと、ルインは、また頭の中にメモを取る。
『以心伝心』や『幻視共有』といった魔法の拡大応用版と言ったところだろうか。
「……何とか助けてくれないか。金なら払うからさ。
あんたなら勝てる!」
「レベル上げしようにも、金の手がうろついている以上、安全マージンが取れないんです」
カービンやアワツキがルインを動かそうと必死に懇願してくる。
「……ま、待ってくれ!
そんなこと言われてもだな……」
ルインは急に腰を引いて、詰め掛けるプレイヤーたちを押し留める。
「無理なんだ……俺は街の外には出られない……」
「どういうことですか?」
アワツキの質問にルインは冷や汗をかいて俯く。
「俺は……魔物が怖いんだ……。
四足の魔物とは戦えないから、この街からは出られない……」
その顔は青ざめ、身体は震えている。
「は……?」「え、マジ?」「外のこととか知ってたじゃん」
「俺の知識は二年前で止まっている……後は、他の旅人から仕入れた知識だ。
街の中なら、大抵のことは知っているし、なんとかできる自信もある……だが、外はダメだ……アレを思い出したら、足が竦んで、動けなくなる……」
「アレってのは?」
カービンが鋭く聞くが、ルインは逃げ腰で、徐々に距離を取りはじめていた。
「いやだ……思い出したくない。
すまないが、今回の件は協力できそうにない。他を当たってくれ……」
言って、そそくさとその場を立ち去ろうとする。
「あ、おい!」
カービンがそれを止めようとしたが、ハイロがその手を掴む。
「カービン。あれは何か、トラウマとかだよ。
止めて、止まる様な話じゃないって!」
「そうみたいですね。普段は怖い物知らずみたいな態度が多いだけに、なんだか重症な感じがします……」
アワツキが冷静にルインの態度を語る。
「あんた、あの案内人と親しいのか?」
カービンはそんなアワツキに聞く。
「前に一度、案内をお願いしたくらいですよ。
ご飯は一緒に食べましたけど……」
「ああ、そう言えば特訓シナリオの時に飯の話しなかったっけ?」
ハイロが思い出したように言う。
「満腹値のやつか!
メタい話するな、とは思ったけど、もしかしてあんたのことか?」
「ああ、そんな話をしたような気もしますね。
ルインさんは、プレイヤーについて知りたがっていたようなので、色々と話した記憶はあります。
あ、私、アワツキと言います。
レベル十の見習い魔法使いです」
ここでお互いに自己紹介をプレイヤーたちは挟む。
だが、本題は街道のNPCのことだ。
「……参ったな。
南街道に出てもいいけど、あっちの魔物はワンミスでかなり危ないんだよな」
ザビーがぼやく。
「西の山もまともに進むなら登山装備が必要だしね……」
ハイロもぼやく。
「つまり、東街道が安全で稼ぎやすい場所ってことですよね……」
「ああ。今度、新しく友達が始めることになってるから、はじまりの街に迎えに行く約束もあるんだよな……」
アワツキのまとめにカービンもぼやく。
「どうしましょう……」
結果的にアワツキもぼやきが入る。
現実問題、今の状況で『はじまりの街』と『ルナリードの街』を繋ぐ街道が封鎖されてしまうと、プレイヤーは元より、NPCたちも非常に困ったことになる。
キマイラが塞いでいた道を復旧して、今まで放棄せざるを得なかった港も復旧して、『ルナリード』へのルートを確保するにしても、こちらの世界で数ヶ月は必要になるだろう。
プレイヤーからすれば、三、四日かもしれないが、移動の不便さは大きな問題だ。
更に言えば、いち早く拠点を『ルナリードの街』に移した三人組やアワツキなどは、無駄に恨まれる可能性もある。
格差が大きくなり過ぎると、先を行くものはいわれの無い恨みを買うものだ。
「師匠なら勝てると思うんだよな……」
ハイロが呟く。
「そんなに強いんですか?」
「まあ、先生にはレベルが今の倍になっても勝てなさそうな気はする……」
ザビーは実感の篭った感じで言う。
「ええ!? たしかお三人は二十レベル超えてるって聞いてますけど……」
「ああ、たぶん、レベルじゃないんだよ。
くぐり抜けて来た死線とか、そもそも俺たちと違うシステムで戦っている感じって、言うのかな……あの金の手をしたやつも、恐らくだけど、そういうことだと思う……」
「システム外の戦い、ですか……。
だとしたら、ルインさんのトラウマを解消するのが私たちのシナリオなのかもしれないですね……」
「シナリオ?
いや、あるかもしれないな……。
キマイラ討伐の時も、ボーナス経験値がもらえたし……シナリオとして認識されないシナリオとか、あるのかも……」
「だとしても、とにかく師匠のトラウマの元がなんなのか突き止めないとダメってことだよね」
四人はシナリオのないシナリオに挑むことにしたのだった。
仮説を立てて、トライする。未だ手探りのベータテスト。
何があるのか分からないからこそ、トライの意味があるのかもしれなかった。




