アマティーラ神殿
ルインは顔が広い。
街の案内で生計を立てようとしているのだ。
街を熟知して、あちらこちらと繋がっていなくてはならない。
そのためなら、街の何でも屋のように、いや、本業の冒険者のように街中を駆けずり回ることもあるのだ。
とはいえ、ルインの毎日は基本的に街中をふらふらとうろついて、商店を冷やかし、時には子供と遊び、たまに神殿に顔を出して、あちらこちらと風に吹かれた枯葉のように舞うのが仕事だ。
旅人が歩いている。
そうすると、ルインはそちらに吸い寄せられるように歩いていき、声を掛ける。
「やあ、旅人さん。ルナリードの街へようこそ!
どこから来たんだい?」
「はじまりの街だ」
またハジュマーリュからの旅人だ。
最近はこのパターンばかりだ。
フードから覗く髪は白のツンツン頭で瞳はルビーのような赤色をしている。
「もしかして、プレイヤーさん?」
この染色したような髪色と瞳はおそらくそうであろうと考えたルインは、少しだけ警戒心を高めた。
「ああ、ヴァニラだ」
「プレイヤーのヴァニラさんね。俺はルイン。この街で案内人みたいなことをしている。
どこか目的があるなら案内するけど、どうかな?」
「そういうキャラか……そうだな……リスポン地点を更新したい。神殿まで頼む」
リスポン地点ね、とルインは分からない言葉をそっと頭にメモした。
「ええっと、信仰はちなみに?」
「いや、特にないな」
「はっ? 信仰している神もなく、神殿に?
ええと、観光かな?」
「そうか。このゲームだと信仰なんかもあるのかもしれないな……」
考えながら呟くヴァニラを見て、ルインの背筋に悪寒が走る。
ゲームだって? お貴族様たちは妙な遊びに興じているということだろうか? それなら、自分たちをプレイヤーと呼ぶのも分かる気がする。
なんだか不穏なモノを感じてしまう。
ルインの住む、このルナリードの街の領主である王弟ラウリ様は病弱故に人前に出ることは少ないが、いつも芸事に達者な人々を集めては遊びに興じる癖がある。
領主館の執事長が、いつも頭を悩ませているのが目に浮かぶ。
「とりあえず、この国で一番信仰されている神の神殿で頼む」
ヴァニラの言葉は、まるでこの国の人間ではないような言い方だ。
ルインはそれに了解を示しながらも、少し探りを入れてみることにする。
「それなら太陽神アマティーラ様ですかね。この辺じゃあ一番大きな神殿ですよ。
それで、プレイヤーさんはどんなゲームをされているんです?」
「太陽神か。まあ、とりあえず見てみるか。
うん? そりゃあ……待て、これ答えていいのか?
ちょっと待ってくれ……【検索、このゲームのホームページ】」
ルインはギョッとなって、慌ててヴァニラから距離を取った。
「魔法使い……契約魔法ってやつか……」
ルインの知識によれば、これは【魔術書】と呼ばれる魔法で、必ずしも本人の魔法とは限らないが、結果的に呪力で括られた状態になる。
【魔術書】は様々な効果があるが、それが呪力で括られた本人に恩恵をもたらす物であれば、それを活用する代価は本人が何かしらの形で払うことになる。
ヴァニラは目の前に浮かぶ半透明な【魔術書】を、ぱらぱらと捲る。
あの一頁の情報を捲るのにどれだけの代価を払っているのかと思うと、ルインは目眩がしてくる。
もしアレが誰かを害するために使われているのだとすれば、自分では止められないかもしれない。
領主様のところの対魔騎士を呼ぶか、それとも、何かされる前に殺すか、とルインの手がボロボロの短剣の柄を這う。
「あ、学習型A.I.か!」
びくり、と思わず短剣を引き抜きそうになるのを必死に押し留める。
いきなり、奇声を上げるな! と、ルインは内心で毒吐く。
「……それなら、誰かがいつか話しちゃいそうだけど、せっかくならもう少しこの世界観を残したいよなぁ……」
呟くヴァニラを見て、ルインは警戒を解いた。
ヴァニラは先程までのぶっきらぼうな口調から、途端に子供のような話しぶりに変化した。
どうやら、こちらが素のヴァニラなのではないかと見えて、ルインは短剣の柄に這わせた手を戻した。
「災厄を取り除くゲームだ」
ヴァニラはロールプレイに戻って、声を固くした。
「なあ、ヴァニラさん。不躾で悪いが、アンタ普通に話してる方が印象良いな」
「うっ……ほ、放っておけ……こういうのはキャラ作りが……ごほんっ! とにかく、俺は危険な男だ。言葉に気をつけるんだな」
子供の強がりという言葉がルインの脳裏に浮かんで、警戒を解いたのもあって、ルインは優しく微笑んだ。
ヴァニラの見た目はルインと変わりないくらいの年齢に見えるが、中身は十五歳の成人したての男のようだとルインは判断する。
「そりゃ失礼。世の災厄に挑もうなんて、余程の胆力がないと無理な話だ。
確かに危険な男かもな、アンタは……」
ヴァニラは満足げに頷いた。
ルインが話を合わせているだけだが、そこは気づいていないようだった。
ヴァニラはその巨大な神殿の横の、これまた巨大な二羽の永啼鳥の像を、ふわぁああ、と声を上げながら眺めた。
「どうだい、なかなか立派だろう!
これがアマティーラ様の御使いの常世の永啼鳥だよ」
「あ、ああ、質感すげぇ……」
ルインは、小さく微笑んで、中へと促す。
「それで、そのリスポンなんたらってのはどうやるんだ?」
「え、ああ、そうだな……御神体に祈れば、復活地点がここに設定され……」
「復活っ!?
アンタ、そんな契約魔法まで【魔術書】に入ってるのか!?」
「え、ああ……まあな」
ルインの驚きとは別に、ヴァニラもまた困惑を隠せなかった。
契約魔法ってなんだ? さっき見た説明には出てなかったし、グリモワールも謎だ。
このゲームには、説明書にない種類の魔法や信仰などがありそうだとヴァニラの頭の中はぐるぐるしていた。
ただ、ヴァニラは分からないことを、分からないと言うのが、恥ずかしくてなんとなく流してしまう。
それが中の人の若さなのかもしれなかった。
ルインと共に中に入ったヴァニラは『アマティーラ』に祈る。
アマティーラ像は中性的な顔立ちの人間の似姿で片手に玉、もう片手に矢を持った姿で表されていた。光背には光る玉が置かれていて、本当の意味での光背を負っている。
アマティーラ像の持つ玉から緑色のレーザー光線が出て、ヴァニラの全身をスキャンするかのように移動する。
全身をすっかりスキャンし終わると、ヴァニラの身体が二重写しのように一度光った。
それで祈りは終わりのようだった。
ルインも初めて見る光景だ。
息を飲むように見入ってしまう。
祈りが終わったヴァニラが出ていくと、神官の男が出口近くに立っている。
「よろしければ、ご寄進をお願いします……」
持っている壺を差し出す。
ヴァニラはこっそりとルインに聞いた。
「これ、払わなきゃダメなやつ?
あと、払ったら何か効果あったりする?」
「気持ちくらいは払っておいて損はないと思うぞ。値段じゃなくて気持ちだからな。
今、アンタの祈りでアマティーラ様から不思議な光が出てた。たぶん、御加護を授かったんじゃないのか?」
「ちょ、ちょっと待て……【ステータス】!」
「ひっ……」
神官が引き攣った顔を見せる。
「ああ、ヴァニラさん。あまり【魔術書】を簡単に開かないで貰えるか。
馴染みがなくてな。衛兵の前なんかだと、攻撃と看做されて捕まる可能性もある……」
「え、ああ。【魔術書】って情報ページのことか!
あ、捕まる……そうか、そういうのもあるんだ……あれ? 特に『加護』みたいなのはついてないな……」
「その復活地点の更新だったか、それが加護なんじゃないか?」
「あ、そういう……」
ヴァニラは『魔術書』を閉じて、金貨を一枚、神官の壺に入れた。
一ジンだ。
「アマティーラ様の御加護がありますよう……」
なんとか神官は及び腰ながら、お決まりの文言を伝えた。
外に出たルインはヴァニラに聞く。
「さて、他に行きたいところはあるか?
宿屋、鍛冶屋、薬師の店もあるぞ」
「そうだな……」
ヴァニラは宿屋を選ぶ。
ルインはやはりガッポの木賃宿へと案内して、この日は終わるのだった。