禁足地〈キマイラ〉
数日前から続いているキマイラ封印戦は大量の死傷者を出しながら、一進一退の攻防が続いている。
暗雲立ち込める中、ただ一匹で立つ四足の獣、『キマイラ』。
獅子と山羊と蛇の頭を持ち、身体は牝山羊、蛇の尻尾を持った山のように大きな魔物だ。
獅子の頭からは風の刃の咆哮を、山羊の頭からはナパームのような粘性の炎を、そして、蛇の頭からは毒液を吐き出す。
キマイラは完全に封印が解けた訳ではなく、封印の地からは遠く離れることができない。
だが、封印の地から離れようとする度に封印の注連縄が、ぶちぶちと音を立てて裂けるので、再封印に挑む者たちは禁足地の中に足を踏み入れざるを得ない。
「耐えろー!」
ハジュマーリュ領の対魔騎士たちが重量級の装備に身を固め、騎士盾を掲げてキマイラの攻撃を一身に浴びる。
「おらぁ、騎士様たちが意識を引いてる間に、急げ!」
身軽な冒険者を中心に、成人男性の胴回りくらいある注連縄が特定の場所に巻かれていく。
「がるぅおおーーーん!」
キマイラの獅子頭から風の刃が咆哮と共に放たれる。
対魔騎士の騎士長と思われる白髭を、もっさり生やした男が叫ぶ。
「風の盾を!」
キマイラの動きに合わせて、対魔騎士たちは盾を持ち替える。
対魔騎士たちの後ろには、従士が控えていて、その都度、最適な装備を渡している。
少しでも装備の入れ替えを間違えると、待っているのは死だ。
ある者は骨も残らず焼かれ、ある者は鎧の隙間から入る毒にのたうち回り、ある者は鎧ごと切り裂かれて死ぬ。
「少しでもキマイラを弱らせるんだ!」
ハジュマーリュの金器の冒険者エクスが、攻撃に回る冒険者たちに号令を掛ける。
対魔騎士たちの後ろから出た冒険者たちが思い思いにキマイラに攻撃を仕掛ける。
キマイラの蛇の尻尾がまとめて三人、五人と冒険者に巻き付き、メキメキと音を立てて潰す。
また、足を踏み鳴らすことで地を揺らし、倒れた冒険者たちを三つの頭が好き勝手に貪る。
そうして被害を出しながらも、冒険者たちは必死に武器を叩きつけ、突き刺す。
しかし、山のように巨大なキマイラを相手に個人の持てる武器をそれぞれに振るうだけでは、海の水を柄杓で無くそうとしているようなものだ。
表面の毛を一本カットしたところで、キマイラは弱るようなことはない。
唯一、達人クラスの技を使う金器の冒険者エクスほどの力があれば、どうにか肉に刃が届く。
「くっ……まさか、封印はもっと前から弱まっていたとでも言うのか……」
対魔騎士長がキマイラの強さに、思わず零す。
封印によって徐々に弱らせるはずの魔物は、しかし、伝説となんら変わらないほどの強さを見せる。
どうにか時間を稼いで、封印を一本張り直す間に、古い封印が一本解ける。
どうにもならずに、誰もが諦めの境地に達しようとしていた時だった。
「おっしゃあ! ファーストアタックもーらいっ! 【大切断】!」
巨大な鉈のような剣を持つプレイヤーを筆頭に、バラバラと数十人のプレイヤーたちが、我先にと先頭を争うように集まって来た。
遅ればせながら、キマイラ出現を感じ取ったプレイヤーたちが『はじまりの街』から着いたのだ。
「NPCとレイド戦?
変なイベントだな?」
「まだ、ベータで人が少ないからモブで穴埋めしてんじゃないの?」
「いや、まともにダメージ出てねえし、肉盾くらいにしかなんねえよ」
興奮した喜色で、その割には文句らしき言葉を並べるプレイヤーたちの参戦で、途端にキマイラへの攻撃が通るようになった。
プレイヤーたちは、NPCとの連携など考えない。
そこからのキマイラ封印戦は泥沼化した。
それはそうだろう。
プレイヤーはキマイラを倒すために動き、対魔騎士と冒険者たちはキマイラに再封印を施すために動いていたのだ。
また、プレイヤーはNPCの命に忖度しない。
危なくなれば、対魔騎士も冒険者も等しく『肉盾』として使った。
「やべぇ、これ死ねる!」「DPS低すぎぃ!」「NPCの数、多すぎてヘイトがあっちゃこっちゃ、ワケわかんなくなる」
実際、プレイヤーたちが参戦するまでは、気の遠くなるような時間が必要かもしれないが、安定はしていたのだ。
だが、プレイヤーの参戦によって安定を失った。
組織的な戦闘から、個人技による集団戦になってしまった。
何故かプレイヤーたちの声は良く通り、NPCたちの声は張り上げているにも関わらず、周囲の喧騒のように遠くなる。
まるで、世界の主役はプレイヤーだと言うかのように、全てのNPCはそのことを痛いほどに思い知らされる。
プレイヤーの一撃は、ただの達人とは違う。
まるで別の法則に支配されたような攻撃を放つ者もいる。
「ノックバック入れるぞ!」「誰かブレスに合わせて怯み入れらんねぇの?」「やばっ! ポーション足りなくなりそう……」
安定を欠いた分、キマイラへの傷は増えた。
しかし、死傷者も増えた。
それでも、NPCたる対魔騎士と冒険者たちは良くやった方だ。
最低でも、自分たちの仕事を放棄することはなかった。
「あ、これレベル足んねえ……」「うん、人数って言うより、あきらかレベルっぽい」「仕切り直しかな……?」「いやあ、他のプレイヤーに取られるのは惜しい……」「ああ、ウチのパーティー時間切れかな……」「データ取れるだけ取って、レベル上げてくるか?」「ダメだ……こんな即席レイドで勝てる気がしねえ……」
プレイヤーたちは、食らうダメージ量と与えるダメージ量の差で、早々に見切りをつけたようなことを言い始める。
だが、その時だ。
暗雲を裂いて、光が降り注ぐ。
垣間見えた晴天から緑色の光の粒が雪のように降りてくる。
キマイラまでがその三頭で頭上を見上げた。
「おお、奇跡だ……」「神の御加護が……」「あたたかい……」
NPCたちが空を仰いだ。
つられてプレイヤーたちも空を見たが、その幻想的な光景に興奮する暇もなく、誰かが叫んだ「おお、攻撃と防御バフ、クリティカルバフも付いたぞ!」というひと言に、全員がそれぞれの情報ウインドウ、『魔術書』に視線を落とした。
それは願いの『奇跡』だった。
祈りが形となって、キマイラ戦に臨む者たちに向けた応援が降り注いでいた。
一人でも多く、無事に帰って欲しい。
そんな想いが、神に届いた結果だった。




