龍牙館2
三日目。または二日と半日目。
たったそれだけで、武器術スキルと技を三つも解放したのは、三人がプレイヤーだったからこそだろう。
武器術スキルが上がれば、全体的な身体の動きにも少しだけ補正が掛かるようになる。
それを見たルインは驚きに目を見開く。
それでもまだ、粗は目立つし、ぎこちなさは残るが、普通の人間が真面目に三ヶ月ほど訓練したくらいの動きにはなっていた。
「【袈裟斬り】!」
強くなりはしたが、三人は何度も全滅した。
その都度、ルインは残された三人の装備をまとめて置いておいてやる。
三人は戻って来て装備を着ける。
それを見てルインは、はじまりを告げる。
はじまりと同時に放たれるサビーの攻撃をルインは軽い体捌きだけで避ける。
恐ろしいと思うのは、今までこの【袈裟斬り】を使うプレイヤーが全員、同じ角度、同じスピード、同じタイミングで動くことだ。
まるで誰かの複写と戦っている気分だ。
だが、だからこそ避けやすいとも言える。
「そこだ! 【蛇槍】!」
カービンが放つ【蛇槍】も同じだ。
瞬間的な穂先のブレにより、相手に狙いを悟らせないための技を教えたはずが、毎回同じ動きを繰り返す。
「技が死ぬ……」
素手で槍を掴んで引き、カービンは無様に転がる。
「くそぅ! 本人には通じないのかよ!」
「そんな訳あるか。毎回、同じ動きをされれば、猿でも取れるぞ!」
「なら、これでどうだ! 【ダブルショット】」
セットされた二本の短矢が、明確な狙いのないままにハイロの手から放たれ、明後日の方向に飛んでいく。
「狙いを外すのはいい。しかし、意志のない矢に意味はない!」
ルインは槍を手にして、ザビーに牽制の一撃を振るうと、カービンへと向かう。
転がっているカービンは尻もちをついたまま、後退る。
「【蛇槍】……」
カービンがルインの槍を払おうと、自身の槍を振るが、ルインは冷静にそれを待って、前回とは違う位置に槍を突き出した。
肩に刺さった槍を、ルインはすぐさま抜くと振り向き、ザビーに向けてもう一度牽制。
近づこうとしたザビーは後退せざるを得ない。
ハイロは弦を引くために動けていない。
それを見てルインは振り返りざまにカービンに向けて槍を投擲、その槍はカービンの足をぬい止めた。
そのままルインは走って、落としておいたクロスボウを拾い、前転、低い体勢からクロスボウに足を引っ掛けて、立ち上がると同時に弦を引く。
腰に着けた矢筒から短矢を取り出し、セットと同時にハイロに放つ。
「【気発矢】」
だが、それを狙っていたのはザビーだ。
ザビーは、ルインが自分たちに技を伝授するため、手にした武器によって狙う相手を決めているのではないかと仮説を立てていた。
つまり、クロスボウを手にするのなら、同じクロスボウを使うハイロを狙うだろうと考えていた。
その仮説はあながち間違いではない。
頭の良い魔物になると、相手との相性を見て攻撃方法を変えてきたりするので、ルインの動きはそれを踏襲した動きになっていた。
ただし、それは魔物に余裕がある時だけだ。
余裕がなくなれば、当然、魔物だってやぶれかぶれの行動を起こすこともある。
「【飛び牙】!」
ザビーの飛び込み突きがルインを襲う。
「狙いは悪くないがな……」
ルインは、ザビーの攻撃が来るだろうと想定済みだったので、体を開いてザビーへと素早く向き直った。
「くっ……ザビー!」
短矢で貫かれたハイロは、まだ死んでいなかった。
それはレベルアップの恩恵によって、普通のNPCより高くなっていたHPのおかげだ。
『出血』の状態異常はついていたが、少しの猶予時間があった。
やぶれかぶれになったハイロは掴んだ地面の砂を投げた。
普通なら、それは意味のない行為だった。
だが、その時プレイヤーにとっての文字通り神風が吹いたのだ。
ほんのひと粒の砂。
それはルインの油断した瞳に入った。
もちろん、ルインは油断などしていなかった。トレーナーとしてはの話だ。
プレイヤーに戦いの基礎を教え、技の使い方を教えることについては、慢心も油断もなかった。
だから、足りなかったものと言えば、これは死の危険を孕んだ殺し合いだという覚悟かもしれない。
ザビーの放つ刺突を、ルインはそれでもギリギリで避ける。
避けはした。避けはしたが、ほんの数ミリ、頬を掠めた刃が小さな傷を作る。
この特訓は、どうあれ一撃でも入れればプレイヤー側の勝利だ。
「あっ……」
ザビーが小さく声を出した。
ルインは低めていた腰を起こして、立ち上がった。
「あんたらの勝ちだ……」
「か……勝ち……?」
ザビーは自分でルインに傷をつけておきながら、それが信じられないようで、困惑した声を出した。
「ああ、そういう約束だしな。
ずっと思っていたんだ……プレイヤーってのは魔術書から得られる力だけで生きていけると思っているんじゃないのか? ってな。
下手に強い力が使える分、それだけに頼る生き方をしていると、いつか足を掬われるんじゃないかとな……」
「だから、ステータスを開くなとか、条件があったのか……うお、レベル上がった!」
こうしてシナリオをクリアしたプレイヤーたちは、装備と青い花だけを身に着けた。
ルインは彼らが落とした諸々のアイテムを持っていっていいと言ったが、プレイヤーたちはそれを置いていくことにした。
せめてもの感謝の気持ちだった。
「もうちょいレベル上げて、明日の夜にはキマイラにリベンジしてぇな!」
「最低限、教わった技くらいは使えるようになってからだな」
「今日はこのまま朝までコース?」
「まあ、もう朝だけどな」
「違いねえ」
「美味しいシナリオだったよね……」
三人はわいわいと話しながら去っていく。
睡眠も食事も無視できて、死すらも自分たちの妨げにはならず、そもそも時間の感覚が自分たちと違うプレイヤーという存在の感覚の違いは、『神兵』だからと、無理やり納得させるしかない。
ルインは彼らが去ったあと、彼らが落とした金を一枚ずつ丁寧に集めた。
五千ジンに届きそうなその金を袋に詰めて、ルインはアマティーラ神殿に向かう。
「これでキマイラの封印に向かう冒険者たちに祈ってもらえないか?」
「は? こんなに……ああ、いえ、よろしいですよ。
では、きっちりと祈祷させていただきます!」
アマティーラ神殿の知り合いの神官は喜色を隠して、神妙に言った。
ルインは、それでその場を立ち去ろうとするが、神官に止められる。
「ああ、ルインさん。こちらにどうぞ……」
「あ、いや、俺はこれで……」
「いえ、共に祈って貰わねばなりません。
貴方の祈りを中心に奇跡を放ちますので……」
仕方なく神官について行く。
待ち合いのような場所で待たされて、呼ばれて行った先には、荘厳な衣装に身を包んだ神官長と神官たちが並んでいた。
彼らの先には、小さなアマティーラ神の似姿と思われる神像が置いてある。
ルインは、こちらこそが本当の神像なのではないかと思った。
「では、これよりアマティーラ加持法を行う」
神官長が宣言する。
ルインは困惑して、神官長を見た。
「あの……神官長様は奇跡は使えないと……」
そう、数日前に神官長と話した時、たしかに神官長は「魔法も奇跡も使えない」と言ったのだ。
「ええ、使えませんよ。奇跡を願うのならば、それを使うのは貴方であるべきです。ルイン。
我らは貴方の祈りを増幅し、神へと届けるべき声を復唱するに過ぎません。
奇跡が起きるとするならば、それは貴方の祈りが神へと届いた時でしょう」
ルインは奇跡に詳しくないので、言われたことを鵜呑みにするしかない。
神官たちの詩が響く間、神像に向けて強く祈れと教えられて、言われるがままに両手を合わせて、祈った。
祈りの文言など忘れてしまっているので、頭の中で必死にアマティーラ神に願うだけだ。
神官たちの詩はまるで歌のようでもあり、特殊な言語ゆえに何を詩っているかは分からなかったが、祈りだけに集中していくような、魂がどこか天空の雲の中へと上がっていってしまったような感覚をルインは感じた。
そうして、神官たちの詩が終わると、儀式は終わった。
「これで、奇跡が……?」
ルインは良く分からないままに聞く。
「貴方の祈りが本物ならば、神はきっとそれにお答えになるでしょうな。
もっとも、私などから見れば、貴方自身がキマイラ再封印に動いた方が、奇跡より遥かに確率は上がるように思いますが……?」
神官長はその光のない瞳でルインを見つめながら言った。
ルインは魔物と戦った記憶を反芻して、背筋を凍らせた。それを、必死に取り繕ってなんとか答えた。
「……勘弁してください。
冒険者として魔物と戦ったのは過去の話です……今じゃ、自分が行っても足でまといにしかなりませんよ」
「神官長様、不躾ながら意見させていただきますと、ルインは心に深い傷を負っております。
かの鎮めの森の事変の折に、参加していましたもので……」
ルインの知り合いの神官が助け舟を出した。
元々、神官長はルインを責めるつもりはなく、自身の慧眼に従って話しただけだ。
その言葉を聞いて納得したのか、深く頷く。
「なるほど、あの事変の……それは失礼を申し上げました」
「あ、いえ……」
鎮めの森の事変と聞いて、神官長は沈痛そうに表情を歪める。
ルインの心は、ぐちゅぐちゅと膿んだ傷口を掻き回されたように痛みが増した。
その場にいられなくなって、ルインは足早に神殿を後にするのだった。




