龍牙館
その男には戦いの才能があった。
そして、頼れる仲間がいた。
彼らは冒険者として名を上げ、駆け上がるように金器の冒険者となった。
次の仕事を完遂したら、宝石器の名前が見えてくるほどだった。
それほどまでに信頼と実績を得て、見る間に財を築き上げた。
その財の一部を使って、彼らはルナリードの貴族街に居を構えた。
人々はその家を、売られた素材から『龍牙館』と呼んだ。
ルインの住む家は、その龍牙館の広大な庭の端、離れと呼ぶにはあまりにお粗末な掘っ立て小屋だ。
「依頼は簡単だ。今からこの庭で俺と戦ってもらう。
あんたらは、一太刀でも、一突きでも、一矢でも俺に入れられたら勝ち。
そうでなければ、負け。簡単だろ」
「おいおい、勝手にこんな庭使っていいのかよ?
ご主人様に怒られるんじゃねえの?」
カービンが肩を竦めるのに、ルインは笑って返す。
「問題ない。好きなように使っていい許可は得ている」
三人組への依頼という名のシナリオだった。
ルインは自分の小屋から、片手剣と槍とクロスボウを用意する。
「え、真剣?」「いや、俺ら十レベル超えてるんだぞ? たぶん、そこらのNPCだと一撃で倒せるくらいには強いぞ?」「え、殺しちゃったらシナリオクリアになるのか、これ?」
「自信だけはあるみたいだな」
「いや、だってアンタ、街案内のNPCだろ?」
ザビーは心配そうに聞く。
「ああ、今の俺は街案内のNPCだな……」
ルインは自嘲気味に自分の手のひらを見つめた。
「ああ、これ、実は……ってパターンか?」「あるかも……」「それなら、油断しない方がいいな……」
「さて、始めるか」
ルインは片手剣を腰に、槍を背中に、クロスボウに短矢をセットして立つ。
「ルールとかある?」
「殺し合いに?
ねえよ!」
ハイロが武器を構える様子もなく聞いてくるのに、ルインは残念そうに肩を落としたかと思うと、いきなりハイロに向けてクロスボウを放った。
放たれた短矢はハイロの腹に突き立った。
「お前らが勝つまで、このシナリオは終わらないからな!」
素早く二の矢を番えて、ルインは宣言した。
それを見て、慌ててカービンとザビーが武器を抜いた。
「ほら、動かんと当たるぞ! 【幻影矢】」
ルインは殺気を矢にして、何十という矢を放った。
「う、うわぁあああああっ!」
ハイロが逃げるように手を上げて身を守る。
撃たれている感覚が襲っているのだ。
カービンとザビーには、何が行われているのか分からない。
ただハイロが撃たれてもいないのに、逃げ惑っているようにしか見えないのだ。
「ちっ! 魔法か?
ステータス、技ページ」
カービンは槍を構えてルインに向かう。
「まだ、矢は残っているぞ……」
ルインの言葉に、ビクリとカービンは動きを止める。
その隙にルインはハイロに第二射を行った。
ルインの【幻影矢】には相手を『恐慌』状態にする効果があり、ハイロは荒く乱れた息を整えようとするだけで精一杯だった。
そんなハイロの喉元に短矢は深々と刺さった。
「かっ……ひゅう……」
ハイロは粒子化して消えていく。金と回復アイテムが後に残った。
「え?」
ザビーはそれを見て、目を丸くした。
ルインはクロスボウに足を掛け、悠々と弦を引く。
「ザビー!」「お、おう!」
残されたカービンとザビーが距離を詰める。
離れていてはどうにもならないとようやく悟ったのだ。
ルインは弦を引いたままのクロスボウを置いて、短槍を背中から抜いて前に出る。
「【ドラムバインド】!」
ザビーが片手剣と丸盾を打ちつけて技を使用する。敵のヘイトを自分に向けさせる技だ。
「魔物と人間は違う。知能が高い魔物もな。
物理的な圧があるならともかく、騒いで呼べるのは、弱く知能の低い魔物だけだ」
「【三点突き】!」
ルインは解説しながらカービンの課金装備である槍の攻撃を、いなし、躱し、弾く。
そのまま、カービンより短い槍を強い踏み込みで詰めて放つ。
「【蛇槍】」
鋭い切っ先を瞬間的にブレさせて、狙いを絞らせないまま、槍を突き出す。
ルインはまるでプレイヤーのように、意図的に技名を教えながら技を使う。
成長のための経験を、数値として貯めて、自身の好きに使えるプレイヤーならば、もしや覚えられるのではないかと考えたのだ。
そのためにはプレイヤーに、より多くの経験を積んでもらう必要がある。
ルインが最も多くの経験を得てきたものと言えば、結局のところ、実戦に他ならない。
命を賭けたギリギリのラインで習得し、閃いた技の数々。
冒険者として強くなるために、有名、無名に限らず、強いと言われる者には積極的に師事を仰いだ。
その場で習得できる技もあれば、魔物との死闘の中でようやくものにした技もある。
それらを出し惜しみなく使っていく。
もっとも、その代償をプレイヤーたちは命で払うことになる。
辺りにはプレイヤーが落としたアイテムや金貨がバカみたいに散らばっている。
武器や防具を落とした時は、埃を払い並べてやる。
プレイヤーたちも次第に意図に気付く。
「すげえ! 新しい技、解放された!」「俺も!」「うわ、レベル不足だって……」「マジかよ、どんだけ強えんだよ、あの案内人……」「今、俺らってプレイヤーの中でも最前線なんじゃね?」「もう師匠って呼ばないと……」
「おい、いつまでも待たせるな……」
ルインは静かに言う。
三人は慌てて武器、防具をアイテムボックスに入れて、それらを装備状態にする。
粒子が三人を覆い、面倒な鎧を着る手順などを無視して、武器も防具も装備状態になる。
ルインが待つのはここまでだ。
【気発矢】矢にオーラを纏わせ攻撃力を上げる。
【魔熊断】魔熊のような斜めの振り下ろしを行う槍技。
【弓張月】袈裟斬りに突きを組み合わせた連続片手剣技。
次々に武器を持ち替え、三人に技を見せながらも確実に屠っていく。
三人は攻撃されるのが分かっていて、なんとかしようとするが、どうにもならず何度も死んだ。
日が落ちて、ルインはまた朝にやろうと言って、自分の小屋に引っ込むと早々に寝てしまう。
三人は『龍牙館』の庭で、作戦を立て、動きを確認する。
プレイヤーにとって睡眠は疲労ゲージやMP、WPの回復以上の意味はないが、死んで神殿で復活すると全回復するので、睡眠を取る必要性がなくなってしまう。
そこで、夜間、彼らはレベル上げに行こうとするが、『龍牙館』の庭を出ようとすると、こんなメッセージが出ることに気付く。
───シナリオ外に出ようとしています。シナリオを放棄しますか?〈このシナリオは限定シナリオのため、放棄した場合、二度と受けられません〉Y/N───
「うわ……限定シナリオ?」「ユニーク〈一回限り〉シナリオかな?」「その可能性あるよね?」
結果的に彼らはルインが起きるまでの間、剣を振るったり、クロスボウで的当てをしたりするしかなかった。
ルインが起きて、地面に転がる金を拾って、ふらふらと買い物に出る。
プレイヤーたちは、シナリオ放棄を恐れて、零した金やアイテムを拾わなかった。
ルインが人数分の飯を買ってくる。
「食うか?」
「いや、腹減らないから……」
カービンがやんわりと断った。
「そうか。前に会ったプレイヤーは満腹値がどうこう言っていたが……」
「動くのに関係ない数値だよな」
「たしか、体質とか体型に関係する数値だよね」
「ふーん……じゃあ、食うのは楽しみだけか……」
意外とつまらないんだな、とルインはひとりごとのように呟いた。
ルインの朝はいつもフルーツをひとつ。それだけだが、三人も食べるかもとサンドウィッチのような物も用意していた。
ルインはそれらを晩飯にすることにして、武器を身に付けると、三人と向き合った。
「はじめようか……」
ルインが言った瞬間に三人組は動き出した。
昨晩の話し合いの成果だろう。
結局のところ、前向きに取り組んだ以上の成果はなく、丸一日、三人は殺されまくった。
もうデスペナで吐くものがなくなってしまうほどに殺されて、延々と神殿と龍牙館の往復に終始する。
負け続けているのでレベルは上がらないものの三人はそれぞれ三つずつ、新しい技を獲得している。
もっともほとんどレベル不足で使えないが、それでも三人は喜んだ。
「やっぱり、成長は早いんだな。だが、基礎がない……」
ルインは呟きと共に考え込む。
「どういう意味だ?」
カービンが三人を代表して聞いた。
「プレイヤーは、歪な成長をしている。
あんたらもそうだが、まず、構え方からしてなっていない。
だが、経験値さえ払えば技は使える。
間の工程を飛ばして、完成形を買っているといえばいいか……?」
ルインは素直にプレイヤーの歪さに言及する。
「それって何か違うのか?」
「俺の技が一度も避けられていないのは、身体の使い方がなっていないからだ……」
そうして、ルインは基礎的な話をしていく。
三人は丸一日、殺され続けてようやくまともに話を聞く体勢が整ったようだった。
「これ本格的に武術やってるやつなら有利かもな」「リアルスキル問題かよ……」「でも、レベルでHPが上がるのって、その差を埋めるためじゃないかな?」「ああ、避けたり受けたりが下手な分、耐久で勝負しろって?」「うん、技を使えば攻撃はなんとかなるんだし」「避け技とか受け技とかあったよな、たしか……」「タイミングがシビアすぎて使ってるやつほとんどいねーけど」
「剣を構えるには理由がある。それを知らずして、ただの棒立ちで戦えるという意味では、プレイヤーはNPCにない強さを持っているとも言えるがな。
技が見える戦士のNPCの方が地力では勝るだろうな」
「マジか……もしかして、剣術スキルで解放された、剣の握り方とか立ち方のテキストって、ただのフレーバーテキストじゃないのかよ……」
ザビーは説明書は読まないタイプらしい。
その日の夜、三人はテキストを確認しながら、構え方の練習を始めた。
「どうも不格好だな……」「腰を落とすってどういうこと?」「待て待て、思い返してみると、あの案内人ってこんな感じじゃなかったか?」
朝になると、それぞれの槍術、片手剣術、弓術のレベルがひとつずつ上がっていたのだった。




