オーテン商会
二日後、胸に包帯を巻いたエクスは旅立って行った。
ルインとの遺恨はないと、エクスはハッキリ言った。
だが、もう一度やりたいとも言った。
ルインは勘弁してくれ、と答えた。
ギルドは大々的に冒険者を募った。
勇者を目指す冒険者たちの三分の一はハジュマーリュへと移動していく。
腕に覚えのある者、一攫千金を目指す者、上手くやっておこぼれに与ろうとする者たちなど様々だ。
ルインは全身が打撲で痛いが、ひとつの仕事を終えた満足感に満ちていて、今日くらいは休むかと、エクスを見送った後、家に帰ろうとしていた。
「新しい街かあ」「装備更新しようぜ」「リスポンこっちに移して、レベル上げもしたいな」
すれ違った三人組の会話が耳に入って、ルインは立ち止まる。
「ログアウト場所どうする?」「逆に考えるんだ。キマイラにリベンジするまではログアウトしないってな」「トイレ休憩ならテントでいいよ」
全員がフードを被っていて、髪色が見えなかったが、聞き捨てならない会話に思わずルインは声を掛けた。
「おい、お前ら……」
振り返った男たちの髪色はカビ色、サビ色、灰色、どう考えてもプレイヤーで確定だった。
「あん?」「なんだよ?」
「あ、いや、すまない。もしかしてプレイヤーかと思って……」
「ああ、プレイヤーだぞ。え? まさか、お前も?」
「違う、違う。俺はその……えぬぴーしーってやつだ。
ここ、ルナリードの街で案内人をやってるんだ。
たまたま聞こえちまったんだが、りすぽんの更新とかするなら、神殿まで案内しようかと思ってな」
「わはは! コイツ、自分でNPCとか言うのかよ!」「なんかおもしれぇな!」「もうちょいダメージ出る武器扱ってる店とか分かんのかな?」
「ダメージが出る武器?
すまないが、得物は?」
灰色髪が弓を取り出す。短弓と呼ばれる弓で限界まで引いて二十五メートルほど飛ぶだろうか。
複合弓と呼ばれるものなら、引く力は必要だが、より強く引けるだろう。
「命中率も上がるといいんだけどな」
「クロスボウじゃダメか?」
ルインは聞く。命中率はさすがに本人の腕だろうと思い、武器の方でどうにかするというならば、それしか思いつかなかった。
「それ、スキル乗るかなぁ?」
「さあ……?」
そもそも、ルインにしてみれば『スキル』の存在がよく分からないのだ。
剣術などの技を最適化して体を動かせるらしいことは分かるが、『魔術書』の呪いがどうなっているのかなど、現役の魔法使いでも、どこまで理解できるものか分からない。
「持ってみれば分かるんじゃねえの?」
サビ色髪がそう言った。
「そうだね。とりあえず、案内してもらおうよ」
「よし、着いてきてくれ。
ああ、自己紹介しておく。
俺はルインだ。よろしく」
「俺はカービン」「ザビーだ」「ハイロだよ」
三人もすんなり自己紹介してきた。
「ええと、それはあんたらの髪色から来てるのか?」
「は?」「いや、なんで?」「違うけど?」
「え、そうなのか……カビ色とサビ色と灰色だから、てっきり……」
「おいいっ! 俺のはアッシュだよ」「サビ色……いや、ダークレッドだろ!」「ああ、確かに灰色かも!」
「アッシュ?」
「よく見ろよ、違うだろ!」
「あ、ああ、違う……な」
あまり神兵の神経を逆撫でる必要はないと、違うと言ったものの、ルインにはやはり、カビ色とサビ色と灰色にしか見えなかった。
ルインが連れて行ったのは『オーテン商会』という、デパートのような店だ。
数打ち品の剣や弓、村の特産品などをまとめて買い上げ、他の場所でまとめて売る。
いわゆる、商社のようなことをしている店で、良く探すと逸品が混じっているという目利き勝負の店だ。
「すげぇ、こんな種類あって、しかも安いとか、街変えて正解だったな」
カービンが嬉しそうに言う。
「ステータス! あれ? なんか弱いな?」
ザビーがいきなり出した『魔術書』にルインは思わず身体が動きそうになるのを堪える。
『オーテン商会』の店員は魔法に詳しい訳ではなく、驚きはするものの、ルインが手を上げて問題ない、と教えてやると、すまし顔に戻る。
それから、ルインは棚を見回し、ザビーが見ていた種類の片手剣から数本を見繕う。
「この辺りはどうだ?」
「え、数値が違う……」
「数打ちだからな、手掛けた職人によって善し悪しはある」
ザビーはルインの選んだ中から気に入ったモノを買うことにしたようだ。
「クロスボウ、いいよコレ! 弓スキル乗るし、命中率もダメージもまったく違う!
う……ただ、値段が……」
「必要経費だろ、少し出してやるよ」
ハイロの肩をカービンが叩く。
こうして見ていると、この三人は仲間想いだし、プレイヤー特有の分別のなさはあるが、それほど問題を起こすタイプには見えない。
だからこそ、ルインは聞かなくてはならなかった。
「それは、キマイラを解放したからってことなのか?」
「は? なんでそれを……」「ああ、聞かれてたか……」「他のプレイヤーには内緒にして欲しいんだけど……」
「内緒も何も……今、ハジュマーリュ……はじまりの街は凄い騒ぎで、騎士団が出るような事態になっているんだぞ」
「え……?」
「ウチのルナリード領の冒険者も大挙してキマイラをなんとかするためにこの街から向かっている」
「なんでバレたんだ……」「ヤバい、急がないと先越されちまう!」「でも、レベル上げなきゃ無理だよ!」
ルインはプレイヤーの反応に苦虫を噛み潰したような顔になる。
やはり、『神兵』は感覚が違いすぎる。
「なあ……あんたらプレイヤーが俺たちえぬぴーしーと感覚が違うのは知っている。
でも、何故なんだ?
何故、わざわざ封印されていた魔物を解放するようなことをする?
ハジュマーリュの騎士団に、冒険者、ルナリードの冒険者、これから何人もの騎士と戦士が死んでいく……もし、再封印に失敗すれば、次は村や街の戦えない人々に被害が出るかもしれない。
そういうことは考えなかったのか?」
「おお、なんかワールドシナリオっぽくないか、これ」「いや、なんか変なフラグ立ってる感じするな……」「これが、あなただけの第二の人生ってことなのかな?」
プレイヤーの三人は、ルインの言葉を聞いても、まるで他人事のような話をしている。
「ちょっとロールプレイっぽいこと言うべき?」「シナリオフラグ確認! あれ? フラグ立ってねえな」「ねえ、俺たちまずい事したのかな?」
ルインは静かに聞いていた。
前に会ったプレイヤー『アワツキ』の言葉が思い出される。
───NPCは人じゃないなんてことを言ったりしますね───
そう、彼らにとってはNPCは人じゃないという感覚なのだと、今更ながらにルインは納得する。
「そうか、考えなかったんだな……」
「いや、待て待て、まだ何にも言ってねえよ!」「なんでだよ、シナリオだったらフラグ管理画面が出るはずなのに!」「え、じゃあ、このNPCが言ってることってシナリオ外の言動ってこと?」
ルインは、彼らが『神兵』でなかったら、異常者としてとっくの昔に衛兵に突き出していたところだ。
プレイヤーは死んだところで、所持品の幾つかをばらまいて、りすぽんの設定してある神殿で復活するだけだし、新たな経験を積むことで人より早いスピードで強くなっていくことだろう。
そんなプレイヤーを相手に、自分たちの常識を説くのが、如何に無意味なのかを痛感する。
それを考えれば、前にモルガを倒したことが、ただ一時の憂さ晴らし程度にしかなっていなかったのだと理解せざるを得ない。
確かに、アワツキのように自分たちを人と看做すプレイヤーもいるのだろうが、そもそもの前提が違うのだ。
言葉が通じるからといって、理解し合えるとは限らない。
ルインの頭の中では、目まぐるしいスピードで彼らの言動が反芻されていた。
「あんたらは災厄を取り除くために、ゲームをしている。
だからキマイラを起こして倒そうとしたが、レベルが足りなくて負けた……そうだよな?」
「え、ああ、まあ……」「災厄……ああ、基本設定か。まあ、そのためにこの地に降り立った訳だしな」「うわあ……NPCに『負けた』って言われるとクルなぁ〜」
「俺はあんたらが強くなってキマイラを倒せるように協力する。
それしか道が思いつかないからな……」
ルインは断腸の思いでそれを口にした。
ルインからすれば、『キマイラ』の封印を解いてしまった三人が憎らしくてたまらなかった。
しかも、それで『キマイラ』を倒してくれたなら良かったが、負けて、復活して、『キマイラ』は野放しだ。
ハジュマーリュは元より、このまま再封印に成功するまで、どれほど大量の血が流れるかを思うと、この場でこの三人を血祭りに上げても許されるような気はする。
だが、そんな憂さ晴らしに意味などないのだ。
それならば、成長の早い『神兵』である三人を鍛えて、元凶の『キマイラ』を討伐させる。
それしか思いつかなかった。
「ん? 責める流れじゃねえの?」「あ、フラグが立った!」「どれどれ……『ルインの特訓』?」
三人はザビーが眺める『魔術書』に集まって色めき立つ。
「お、連続シナリオだって」「いいね、経験値稼げそうじゃん!」「やろうよ!」
三人はそれぞれのステータス画面から、シナリオ参加ボタンを押した。
「それで、どうすれば俺たちは強くなれるんだ?」
カービンが聞いた。
フラグが立って、シナリオが提示されると、プレイヤーたちがやる気を見せ始める。
ルインにはよく分からなかったが、そういうものらしい。
「たしか、魔物を倒したり、誰かの依頼をこなすとあんたらは経験値を得られるんだよな?」
「へえ、凄いね。そんなことまで知ってるんだ……」
ザビーが面白そうな顔をしている。
「なら、そうだな……西の山のアイアンボアを五体、倒して来てくれ」
「大丈夫かな? はじまりの街に出るストンプボアの上位種っぽいけど……」
ハイロが心配そうに言う。
「ストンプボアは狩れるのか?
それなら大丈夫だ。アイアンボアはストンプボアより硬いだけだが、あんたが買ったクロスボウで、充分射抜けるはずだからな。
それで倒した証拠にアイアンボアの牙を五組、持ってきてもらおう」
「なるほど、ストンプボアと同じ要領で倒せるなら楽勝だな」
「ただし……戻って来るまで、一度もすてーたすを開かないのが条件だ」
「うえぇ、まじかよ……」「ポーションを手持ちするのはアリなのか?」「スキルを思考入力しろって特訓なのか……」
ルインの意図は簡単だ。いちいち『魔術書』を確認しながら技を出している『神兵』の無駄を省きたかった。
だが、それはプレイヤーにとってはなかなかに厳しい条件だったらしい。
「まあ、いいや。行こうぜ!」「準備だけしっかりしとけば問題ないだろ」「まあ、思考入力できた方が有利だしね……」
三人はアレコレと話しながら出掛けていく。
ルインは西門までの途中、アマティーラ神殿を紹介して、リスポンの更新を促した。
「俺はここで待っている。この道をまっすぐ行けば西門だ」
「よっしゃ、燃えてきた!」「ポーション準備したか?」「ええと、三ページ目、一番がサイレントショットで……」
三人は冒険に出ていくのだった。
あわわ、予約し忘れました。
ごめんね。




