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宴遊館2


 ルナリード公爵の指示で本気の試合をすることになったエクスとルイン。

 二人のために木剣が用意される。

 エクスは片手でも両手でも扱えるバスタードソードと呼ばれる形状の木剣を一本。ルインは一本を片手直剣、もう反対の手に小剣状の木剣を装備する。


「こんなことに巻き込んで申し訳ない……」


 エクスが謝る。

 だが、ルインはそれを否定する。


「いや、俺の演技が下手だったんだと思う。

 実は魔物のことを真剣に考えることができなくてな。

 真剣に考えると、身体が言うことを聞かなくなる心の病なんだ……。

 だから、手抜きと思われたのは俺のせいかもしれない」


 同じ金器の冒険者でも、他領を中心に活動しているからか、ルインはすんなり自分のトラウマを告白できた。

 これは、同じルナリード領の冒険者相手ではできなかった告白だ。


「え、そうなのか?

 だが、困ったな……私たちは本気の試合を見せろと言われてるのに……」


「いや、問題ない。俺がダメなのは四足の魔物なんだ。

 人が相手なら、身体が縮こまることはない」


「そうか。ほっとしました。

 正直、ルナリード様から試合を命じられた時、貴方となら正式に立ち合いたいと思ってしまったものですから……」


「現役のアンタに言われるのは、光栄だね」


「立ち居振る舞いでなんとなくは分かるでしょう?

 自分より格下かどうかというのは……」


「つまり、格下ではないと見てくれている訳か……こりゃ、頑張らないとな」


 お互いに道化師服と魔物着ぐるみを脱いだ平服姿だ。

 身体は軽い。


 ルナリード公爵は貴族たちが静かに待っている中、平時にはない獰猛な食欲を見せて、一人で何かを満たそうとしていたが、エクスとルインが再び『宴遊会』の場に現れたのを見て、グイと口の中のモノをワインで流し込んだ。


 二人を再び案内してきたメイドのトウナが嬉しそうに言う。


「あらあら、ご主人様ったら、いつもにないお召し上がり方、これならたまにお二人に来ていただくのも、アリかもしれませんね!」


 エクスとルインは思わず顔を見合わせる。

 それは勘弁という思いをお互いに感じ取って、それから不敵にニヤリと笑いあった。

 お互いの中で、その所作から感じ取るものがあるのだ。


 二人は左右に別れて相対する。


 老執事長アカツチが前に出てくる。


「勝敗は関係ありません。

 我が主人の求めるは、本物のみ。

 特にルイン。頼みましたよ。手抜きは見抜かれますからな」


 なんだかんだで、ルインとアカツチは面識がある。

 それ故に、ルインの手抜き癖を知っているアカツチは、しっかりと釘を刺した。


「ああ、手抜きで勝てるほど甘い相手じゃないからな」


 ルインは静かに答えた。


「はじめよ!」


 ルナリード公爵の言葉が響く。

 アカツチはそれを聞いて、一歩下がりながら、手を交差させた。

 開始の合図だ。

 瞬間、前に出たのはエクスの方だ。


 プレイヤー風に言うなら輝光流【閃光斬】。

 真夏の強い光の如く、焼き斬るような剣閃だ。

 迎え打つルインは、左の小剣から繰り出す【嵐凪(あらしなぎ)】。

 嵐に揺れる柳のように相手の力に逆らわず、受け流しながらも回転を加えて素早く相手の後の先を狙う小剣技。


「くっ、やる……」


 エクスは瞬間、圧倒的膂力で、突き込まれた小剣を弾く。

 お互いの距離が離れた。


 観客の貴族たちから、一斉に詰まっていた息が漏れる。

 一瞬の攻防に、全員が息を止めてしまっていた。


 エクスが使うのは、先手、先手を狙う流派のようで、攻勢の剣だ。

 【瞬光】。その突きは光の速さの五連撃。

 それをルインは紙一重で避けていく。【風見鶏】と呼ばれる体術だ。

 【乱反射(らんはんしゃ)】。上下左右、あらゆる方向から、膂力に任せて剣閃の角度を変え、肉体の流れを無視した動きをすることで、相手の虚をつき、避けられない攻撃を加える、自身への負担も大きい技がエクスから放たれる。


「ぬおああっ!」


「ちっ……」


 【乱反射(らんはんしゃ)】は数十もの打ち込みを連続で行うもので、攻勢のきっかけを作るために使われる。

 これにはルインも受けきれない数発を食らうしかなかった。

 ダメージは大きくない。だが、打たれた身体が泳ぐのを感じる。

 そこにエクスは、地から這い上がるアッパーのような一撃を放つ。【あかつき】と呼ばれる秘技のひとつだ。

 まさにすんでのところで本能的にルインは下方に双剣を交差する。

 ルインが双剣でなければ、決まっていたかもしれない。


 だが、ルインの双剣は元々、後の先、敵に打たせてからその先を取ることにある。

 ルインはエクスの間合いギリギリのところまで避けると、そこから一歩踏み込む。

 【風切り(かざきり)】。研ぎ澄まされた鋭い一閃。

 大きな踏み込みだが、身体は低く、斜めに打ち上げるような軌道の一撃。

 間合いを見切ったと思っていたエクスはその一撃を食らう。


 歯を食いしばって、どうにか距離を取る。

 エクスが有効打を数発入れたのに対して、ルインは刈り取る一撃を返した。

 だが、エクスはそれに耐えきった。


「動ける内は……負けじゃない!」


 痛みに荒い息を吐いてエクスは木剣を構えた。


「もちろんだ」


 ルインも消耗が激しいが、それを特殊な呼吸法で整える。【爽気息吹(そうけいぶき)】と呼ばれる気力〈プレイヤーならWP〉回復の呼吸法だ。


「輝光流、【陽炎かげろう】。

 奥義のひとつだ」


 正眼の構えでいるエクスの身体が、ユラユラと揺れる。呼吸と陽力〈MPを輝光流では陽力と呼ぶ〉を使った魔法じみた奥義。


「ならばこちらも見せよう。俺はこれを【草薙】と呼んでいる」


 ルインは双剣を自然体で構える。いや、構えない構えと言うべきか。身体の左右に置くだけに見える。

 それを横に振るだけ。ただそれだけで、双つのカマイタチが空気を切り裂き、真空の刃となって飛んだ。


 空気が震える。


 宴遊館の壁に一筋の亀裂が入った。

 またエクスの胸も血飛沫を上げる。

 木剣だろうと、限界まで研ぎ澄まされた一撃には関係ないのだ。

 にも関わらず、エクスは前に出た。


「一撃を避けるかよ」


 ルインは自分の周囲が急に暖かくなるのを感じる。

 【陽気春眠(ようきしゅんみん)】。

 エクスの陽気が辺りを包んだのだ。それは、それまでとは打って変わった静の剣。

 だが、重い一撃だ。

 ルインの頭が眠気に誘われたように下がる。

 しかし、実際にはゆっくりと襲う重力に耐えられないだけなのだ。


 ルインが倒れ伏した瞬間、重力は最大になり、気絶するのか、それとも潰れてしまうのかが分かるのだろう。


「くっ……俺から漏れ出る魔力を重力に……」


「裏奥義、【陽気春眠(ようきしゅんみん)】。

 その通りだ、ルイン。

 君の力を絞り、その力を応用している。

 そのまま倒れてくれれば、殺しはしない。

 諦めてくれ……」


 エクスの声が、ルインには遠く夢の中で聞こえるように響く。

 人に限らず、生きとし生けるもの全ては魔力を持っている。

 その含有量が魔法の素質と呼ばれたりするのだが、その魔力は生きるものに共通した何かの力だ。

 プレイヤーは言うだろうMPダメージ技と呼ばれるものだ。正確にはルインのMP吸収とエクスのMP放出が合わさった複合技だが、凶悪な部類の技なのは間違いない。


 ルインは朦朧とした意識の中で考える。

 それは半ば無意識と意識の境界線だ。

 魔力を絞られているのなら、その魔力を吸えばいい。

 元は自分の魔力だ。自分の物として扱えなくてどうする。

 細く強く、静かに息を吸って、深く大きく息を吐く。

 ルインが限界の中で無意識に生み出した呼吸法だ。

 玉を吸い込み、息を吐く。【流転息吹】と後に名付ける呼吸法だ。


 一流の魔法使いは、自身の出す少量の魔力で大地と大気、大洋に溶け込む魔力を扱う。

 それは生きとし生けるものが少しずつ放出した魔力のうねりだ。

 ルインはそのうねりの濃い部分を捉えて、自分の物にすることに成功した。


 それはルインが感じたものより、より濃く純粋な生きる力だ。

 ルインの中に魔力が溢れていく。同時にもたげていた頭が少しずつ上がる。


「なんだ? 何か変わった?」


 エクスにはそれが何か分からなかった。

 だが、ルインは確実に一段、上のステージに昇った。


「ふっ……はあああああああ……。

 エクス、勝たせてもらう!」


 ルインが立ち上がった時、エクスはもう限界が見えていた。

 ルインの魔力を吸い出し、それを操るにはエクスの魔力鍛錬が充分とは言えなかった。

 達人級とは言っても、ピンからキリまである。

 その中で、エクスは少しばかり魔力を使う鍛錬が足りていなかったのだ。

 気力を練るのと魔力を練るのは違う。

 気力は精神力を使った肉体操作と言えるが、魔力は魂から湧き出る力の方向を揃えるという訳の分からない、それこそ魔法使いを名乗る者たちですら長い、長い年月をかけて習得していく『何か』なのだ。


 ルインの【十文字斬り】に打たれたエクスは、膝から崩れ落ちた。


「それまで!

 勝者、魔物着ぐるみのルイン!」


 アカツチが判定を下した。

 いつの間にか城の衛兵が控えていて、エクスの傷を手当てするために、エクスを担架に乗せて連れていく。


 ルナリード公爵は興奮して、両手を叩いて喜んだ。


「双方、良くやった!

 我は本物を見た! はははっ!

 これが闘いか! 心と技と体のせめぎあい……おお、戦場のいさおしとはこのようなものか!

 のう、クロバルから観てどうじゃ?」


 貴族たちの一人、城代家老のクロバル男爵が太鼓持ちの如く膝を何度も叩いた。


「まっこと、お見事なご慧眼でございました。

 公爵様が試合を申し渡さねば、これほどのものは観られませんでしたな!」


 エクスとルインの試合は戦場で武功を立てるように凄いのかという問いに、クロバル男爵は、ルナリード公爵の見立てが素晴らしいと答える。

 太鼓持ちとしては優秀な言葉かもしれないが、ルナリード公爵の満足行く答えではなかった。

 ルナリード公爵は身体が弱いために、戦場に立つのはクロバルの仕事だ。

 つまり、ルナリード公爵は貴族として責務を果たせない自分を、エクスとルインを観ることで慰めようとしていたのだ。

 ルナリード公爵はクロバル男爵を諦めて、対魔騎士団長コッパーへと視線を移す。


「コッパーはどうじゃ?」


「はっ……確かに二人共優秀ですが、戦場は一対一とは違います。

 あれで武勲が立てられるかと問われれば、難しいと言わざるを得ませんな」


「ふむ、戦場とは違うか……」


「はい。残念ながら……」


 ルナリード公爵は少しばかり残念そうな顔をした。


 コッパーとしては冒険者風情をあまり持ち上げられても困る。

 騎士として自分の価値を貶める訳にはいかないからだ。


「だが、約束は約束だ。

 魔物着ぐるみのルインよ。道化師のエクスに色良い返事を持っていくがよい」


 ルインは頭を下げたまま、返事をして、引き下がるのだった。



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