宴遊館
『キナリ呉服店』でエクスと二人、待つ。
エクスは道化師のような服で、ルインは魔物の着ぐるみ姿という、とてもこれから面会に臨むような格好ではない。
そこに宴遊館の使用人が現れる。
「ルインさん、いますかね?」
正面から入店して、ひょっこりと待機室に顔を覗かせたメイドとルインの目が合った。
「ぶふーっ!
ル、ル、ル、ルインさ……ぶふーっ!」
快活な少女のメイドだ。年の頃は十五、六。
今でこそ、ルインの姿に顔面崩壊レベルで笑っているため、印象は子供という感じだが、素面で見ればその整った顔立ちは将来、美女へと変貌する未来を約束された美少女だ。
「トウナ、勘弁してくれ……」
「あ、申し訳ございません。
そちらがハジュマーリュの?」
「エクスと言います」
「あ、どうも。準備が整いましたので、来てください」
トウナに連れられて通用門を通る。
商人たちと違って、トウナと一緒にいると、するすると前に進める。いわゆる、顔パスというやつだ。
そうして案内された先はルナリード公爵が他の貴族たちを交えて食事をしている場だった。
宴遊館の内庭の場所。そこに半円の観客用テーブルが並べられ、石舞台の劇場を眺められる作りになっている。
たまりのような場所に、大道芸人や芸術家が並んでいる。
ルナリード公爵は身体が弱いからか、芸事を観るのが好きという特徴がある。
それは、大道芸だけに留まらず、芸術、職人芸、様々な分野に及ぶ。
「歌います。
ら〜ららー! らららら〜〜!」
「うむ、声質が独特で気持ち良いが、そなた歌の勉強が足りぬな……」
「ら〜……えっ、は、はい、その独学なもので……」
ルナリード公爵はたくさんのモノを観てきたのもあって、異常に目が肥えている。
「アカツチ、この者が望むなら音楽を勉強させてやれ。
今はまだ、お前の声はひよこに過ぎない。
まずは、声の出し方、歌う喜びを覚えよ。
そうして、羽ばたく鳥になって戻ってくる日を望むぞ」
「は、はいぃっ! ありがとうございます……」
才能アリと思われる者には褒美が出される。
つまり、ルインが狙ったのは、コレだった。
ルナリード公爵が食事時に開く『宴遊会』と呼ばれる芸事披露の場。
これならば、面倒な手続きと時間の掛かる政務での面会をすっ飛ばして、直接ルナリード公爵に会えるのだ。
「次は流浪の鍛冶師、ダッカン殿」
ルナリード公爵の横に控える老執事アカツチが呼び込む。
豪華な台座に置かれ、布で隠された大剣らしきものが運ばれてくる。
「お初にお目にかかります。ルナリード公爵様。これなるは我が腕を持ってして鍛えた大剣、その名も大鉄丸!
北の凍土より取り寄せた鉄塊を、精魂込めて鍛えた業物。
その実、実に千日をもってして……」
「説明は良い、まずは見せよ」
「は、はい……では、千日の錬磨の集大成をお見せしましょう!」
ダッカンと呼ばれた鍛冶師が布を取る。
まるで巨人の短剣と呼ぶような見事な大剣が現れる。
装飾にもかなり力が入っていて、日光を照り返す刃はギラギラとしていた。
辺りからはそのインパクトに「おおっ!」と居並ぶ貴族たちが感嘆の声をあげていた。
しかし、ルナリード公爵は逆にため息をひとつ。
「剣は使える者が居てこそのものだろう。
握りは太い、飾りは重い、大きくするばかりでバランスも考えられていない……次!」
まさに一刀両断、言葉の刃で居並ぶ貴族たちの口が横一文字に閉じられた。
そそくさと鍛冶師は退場していく。
アカツチはひとつ咳払い。空気を変えて、口を開いた。
「次はハジュマーリュの金器の冒険者による冒険譚。エクス殿」
エクスたちが呼び込まれた。
「な、なあ、本当に大丈夫だろうか?」
エクスが小声でルインに零す。
「ああ、貴族たちは勇者の物語に飢えてる。
問題ない。エクスの話は面白く映るはずだ」
「……よ、よし。上手く合わせてくれよ」
「任せろ!」
エクスとルインが貴族たちの前に出る。
二人がやるのは、昔、ハジュマーリュ南の街道筋に現れた魔物をエクスが退治した時の話だ。
道化師姿でエクスが、何故その依頼を請けることになったのかを簡単に説明し、道中の小話などを語る。
貴族たちとは基本的に無縁な冒険者の話は、それなりに貴族たちの興味を引く。
水が無くて難儀した時には小石を舐めるか、水気を含んだ植物を探す。植物の水は大地の状態で味が変わるなどという話をすると、貴族たちは興味を惹かれるらしい。
ここまではルナリード公爵も喜んで聞いていた。
「そうして遂に、私は街道を襲う魔物と出会ったのです」
エクスの言葉に合わせて、ルインがおどけた雰囲気で「ぎゃおお!」と動き出す。
ここからはまさに道化の猿芝居だ。
エクスの道化師服は紐を引くと布の鎧のような形状に変化する。
それから綿の棍棒のような剣を取り出して、やぁやぁ我こそは、と口上を述べると動き出す。
二人は金器の冒険者だ。
身体能力はそれなりに高く、軽業もお手の物で、面白可笑しく戦闘の真似事を始める。
跳んだり跳ねたり、演舞のように動きながら、意外と高度なことをやっている。
「いいぞ! そこだやれ!」「うはは、なかなか小癪な動きをするではないか!」「なんだあの口から吐くお手玉は! 炎のつもりか!」
エクスとルインはお互いにアドリブでピンチを演出したり、無駄に宙返りをしたりすると、貴族たちは大喜びで拍手をする。
そんな中、ルナリード公爵だけは憮然として、ついには机を叩いて、その振動で水差しがひっくり返った。
「やめよ!」
シン……と辺りが静まり返った。
エクスとルインも大ウケだと思っていたら、思わぬ形で水を差されて、思わず動きを止める。
「双方共に、かなりの腕があるにも関わらず、道化にもなりきれぬ、本気にもなりきれぬ。
こんな茶番を見せつけてどういうつもりか!」
ルナリード公爵の審美眼は武芸にも通じるようだった。
貴族たちにはウケたが、ルナリード公爵は一人、それを好意的には観なかったようだ。
エクスはここが正念場と居住まいを正した。
「失礼しました、公爵様。
実は公爵様にお願いの義があって、無理を言ってこの場に参じたのです」
エクスがしっかりとした礼を取る。
「申せ……」
ルナリード公爵は憮然とした顔ながら、話だけは聞く姿勢を見せた。
「はい。私がハジュマーリュの金器の冒険者というのは本当で、不躾ながらルナリードギルドの力をお借りしたくまかりこしました。
実は、ハジュマーリュ領北東の禁足地の封印がプレイヤーを名乗る不死の一団によって解放されてしまいました。
そこでルナリードギルドで冒険者を募る許可をいただきたく……」
「ならん!」
貴族たちがざわつく中、ルナリード公爵は金切り声でそれを許さない。
そこで更に貴族たちがざわついた。
ルナリード公爵領としても、隣のハジュマーリュ伯爵領が問題を抱えているとなれば他人事ではない。
なんとかルナリード公爵に進言しようと貴族たちはお互いをつつきあった。
だが、ルナリード公爵の思惑は別のところにあったのである。
「……が、ひとつ観たいものがある。
それを見せてくれるのなら、許可しても良い」
「一体、何を見せろと?」
「その方らの本気の試合だ。
たしか、そこの魔物役は先日見た、我が領の金器の冒険者、だったな?」
「え、あ、はい……」
ルインは自分が覚えられていることに驚いて、何とも失礼な返事をしてしまう。
ルナリード公爵は下賎の不躾な物言いに慣れているのか、特にそのことは問題にせず続ける。
「我はこのような身体ゆえ、武芸を学ぶことはできなかった。だが、観ることだけならできる。
金器の冒険者ともなれば、その域は達人級と聞く。
その達人級が二人居るのだ。
我に本物を見せよ!」
そう言ったルナリード公爵の瞳は、まるで欲望で動く化け物のようにギラギラと輝くのだった。




