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キナリ呉服店


「やあ、旅人さん。ルナリードの街へようこそ!

 どこから来たんだい?」


 いつものように旅人を見つけて声を掛ける。

 ブロンド髪の野性的な風貌の旅人だ。

 旅慣れた雰囲気のマント、鎧は泥に塗れ、細かい傷が深く刻まれて痕になっている。


「案内人か……。ちょうど良かった。

 俺はエクス。

 ハジュマーリュから来た。こちらのルナリード公爵様にお目にかかりたいのだが、なんとかならないか?」


 エクスはチラリとマントに隠した金器を見せる。

 それを見てルインは、彼がハジュマーリュ領の金器の冒険者だと知る。


「そうか、俺はルインだ。

 それで、なんだってまた、公爵様に?」


「今、ハジュマーリュではプレイヤーという不死の人々がどこからともなく現れて、かなりの混乱が起きている……。

 その混乱の中のひとつで、ハジュマーリュ禁忌の地が解放されてしまった……」


「うっ……な、なんだって!?」


 ハジュマーリュ禁忌の地。ルナリードから見れば北東の位置、元はハジュマーリュとルナリードを繋ぐ港があった場所だが、三つ首のドラゴン『貫き砕く神・キマイラ』が生まれて、暴れた。

 それをハジュマーリュ伯爵の始祖である人物が封印したことで、その地は禁足地とされた過去がある。

 その禁忌の地の解放が意味するものは『キマイラ』の覚醒に他ならない。

 『キマイラ』が覚醒したとなれば、相当規模の戦士が必要とされるのは明白だった。


「俺はハジュマーリュのギルドの人間だ。

 伯爵は公爵に借りを作ることをヨシとしない。そこで、恥ずかしながらギルドが泥を被りに来たという訳さ」


 ギルド同士は緩く横に連携を取っているものの、内実はその地の領主、縦の繋がりがどうしても強くなる。

 ハジュマーリュへのギルドの援軍が欲しければ、領主から口説き落とすのが筋と言える。


「なるほど……それならまず身なりを整えないとな」


 エクスのやりたいことを聞いて、ルインが考えたのは、まず、身なりを整えることだ。

 公爵に弱みを見せた時、覇気に欠ける公爵は良いとして、実質的にルナリードの全てを取り仕切る城代家老クロバル男爵は決して容赦をしないだろう。

 ボロボロのマントに、泥塗れの鎧で、何卒、ギルドからの救援をお願いしたく、などと言っては、そこまでハジュマーリュ領は余裕がないのかと見られてしまう。

 そうなれば、当然、足元を見られてしまう。


 『キマイラ』を再封印できたはいいが、そのせいでハジュマーリュのギルドが弱体化したとなっては、プレイヤーだらけで混乱しているハジュマーリュは手が回らなくなって、結果的にルナリードに更に足元を見られる可能性がある。

 そうやってギルドを弱体化させていくと、その余波はハジュマーリュ伯爵軍の衰退にも繋がりかねない。

 今でバランスが取れているものを、わざわざ崩していいことなど何もないのだ。


 ルインは少し考えて提案する。


「そうだな。安くそれなりの服を貸してくれる場所がある。まずはそこに案内しよう」


「ああ、頼む」


 ルインが連れて行ったのは高級服を主に扱う『キナリ呉服店』だ。

 貴族や大商人が通う店だ。

 ただし、裏口。


 ルインが裏口の扉を叩く。


「どなたですかな?」


 声だけの返事が響く。


「ルインだ」


 答えは端的に短く。

 途端に裏口の扉が大急ぎで開かれる。


「ルイン様! どうされたのです、裏口など使われる必要はありませんのに!」


 髪はくりんくりん。細めのカイゼル髭も先端は、くりんと丸まっている。

 人懐っこい笑顔だが、切れ長の目は、笑顔を消したらそれなりに冷たそうな雰囲気がある。


「すまんな、キナリ。ちょっと頼みがあるんだ……」


「もちろんです。ルイン様のご用命でしたら、なんなりと……」


 ルインはエクスを紹介する。


「こちら、ハジュマーリュの金器の冒険者でエクスさんだ。

 ルナリード様に、この街のギルドから援軍を募るお許しを貰いたいと来られたんだ……」


「はじめまして、エクス様。

 キナリ呉服店のキナリでございます」


「あ、ああ、その……恥ずかしながら、急ぎ旅だったもので、あまり持ち合わせが……」


「……なるほど。ルイン様の紹介ですからね。

 ルナリード様の覚えがめでたくなるようなお召し物をエクス様にお貸し致しましょう。

 さあ、こちらへどうぞ……」


 エクスはキナリに促される。


「大丈夫ですかな、ルイン様?」


 キナリが聞くのは、問題が起きたらルインに責任が行くが大丈夫か? ということだ。

 キナリはルインに対して、全幅の信頼を寄せている。

 それは、過去、ルインがまだ冒険者としてまともに活動していた時に築いた信頼だ。

 金器の冒険者ともなれば、普通はかなり稼いでいるものだ。

 今のルインにそれは望めないが、ルインたちの家には、財宝と言っていいレベルの蓄えがあるのをキナリは知っている。

 ただし、ルインがそれに手をつけないと決めている事実も知ってはいる。


 だが、ルインは頷いた。

 ルインはルインで、エクスを信頼する材料があるからだ。

 ハジュマーリュのギルドの使いであること、道中で見極めた為人(ひととなり)、金器を得られるほどの人物であることなどが、理由だ。

 エクスならば、という思いがある。

 義理堅い人物でなければ、ハジュマーリュのギルドを背負って交渉しに来たりはしないだろう。


「少し出てくる。しばらく彼を任せていいか?」


「はい。お任せください」


 キナリにエクスを任せて、ルインは別の場所に向かった。




 向かったのはルナリード公爵館のルナリード公爵が普段住まわれる宴遊館と呼ばれる場所の通用門だ。

 堀を渡る前の橋前に衛兵が立っている。

 何台もの商人の馬車が並んでいて、一台ずつ厳重に検査されてから堀を渡り、通用門の中へと入っていく。


 ルインは並ぶ馬車の中に、知り合いの商人のものを見つけると、物陰から小石を投げて注意を引く。

 ルインは仕事柄、宴遊館の使用人たちの中にも知り合いがたくさんいる。

 ルナリード公爵の執事長であるアカツチがいれば一番、話が早いところだが、今の時間帯は宴遊館の中で仕事中のはずで、ルインでは宴遊館の中に入ることはできない。

 そこで、宴遊館の中の使用人たちに連絡をつけたいのなら、知り合いの商人に頼むしかないのだ。


 商人が気づいたら、予め用意しておいた手紙を渡すだけだ。

 細かい内容はそこにしたためてある。

 上手く使用人の誰かに渡れば、それはアカツチまで情報が行き、アカツチが上手く面会の場を取り繕ってくれるだろう。


 エクスが正攻法で面会を求めると、下手をすれば数日かかる可能性もある。

 それを短縮し、素早く面会を取りつけるには、搦手からめてが必要なのだ。


「おや、ハジュマーリュでねぇ……」


「ああ、なんとか中に繋ぎを頼む」


「承りましたよ。こりゃ商機が巡って来たというもんです……」


 手伝ってくれる商人にはいち早く情報が回ることになる。それが商人への報酬にもなる。


 こうして、繋ぎをつけたルインは、エクスと合流すべく『キナリ呉服店』へと戻るのだった。



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