第3話 畑中とA子 2/2
-金曜日 22時
-bar 『in the Warhol 』
「あの、畑中さんって、お酒好きなんですね」
(女とふたりでバー……これは、行けるのか)
振り返ればここ数日、というより月曜日から、職場の人間の反応は気になるものだった。
(なんか、いろいろうまく行ってたな。あんまり怒られなかった気がするし)
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-月曜日
ー 畑中くん、これ、間違えてるわよ。
「あ、ほんとですね、ごめんなさい。まだ修正間に合いますか?」
-16時まで待つわ。
「うわー!優しい! ありがとうございます!」
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-火曜日
「課長、コーヒー飲みません?」
-いや、いらんよ。
「えー、めっちゃ上手く淹れますよ。誰か飲まない?」
-あ、じゃあ、私いいですか?
「課長、ほしくなったでしょ?」
-いらんよ。
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-水曜日
「そのピアスいいね」
-え、ありがとう。
「どういうとこで買ってんの?」
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-木曜日
「これって、きみが作ったの?」
-はい。どこか間違えてました?
「いや、すごい見やすい。読みやすい」
-そうですか。
「すごいね、これ。今度書き方教えてくれない?」
-まぁ、簡単になら。
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-金曜日 18時35分
「あー、終わったー。飲み行こー」
-畑中さん、ひとりで行くんですか?
「うん。来る? 」
-私ですか?
「そうですけど?」
-邪魔じゃなければ。
「高いお店じゃないよー。ごめんね」
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-金曜日 21時
「おいしかった?」
-はい。
「よかったー。結構お酒飲めるんだね」
-そうですかね。
「俺もう一軒行くけど、どうする? まだ飲みたい?」
-そうですね。明日休みですし。
「バーとか、行く?」
-行ったことないですけど、行ってみたいです。畑中さん、行きつけとか、あるんですか?
「この辺のバーは知らないねー。俺んちの最寄り駅なら間違いないけど」
ー私の最寄り駅、そんなに離れてないんで、行ってみていいですか?
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-金曜日 22時
(プライド捨てたら同僚の女の子とバーに来れました)
「あの、畑中さんって、お酒好きなんですね」
A子
部署が同じということ以外、特に接点はない。2年後輩。
「んー、酒っていうより、酒場が好きだね。なんか楽しいじゃん」
「今日はいろいろ話せて楽しかったです」
「まぁいろいろあるよね。話くらいならいつでも聞くからね。普段助けてもらってるからさ」
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-22時30分
「2杯目はどうする?」
「何がおいしいんですか?」
「俺はバーボンが好きだけど、飲んだことある?」
「飲んでみたいです」
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-土曜日 0時10分
「畑中さん……ほんと……すいません……タクシー呼んでください」
「大丈夫? 」
「…………大丈夫ですよ…………帰れます」
ガターン ガチャーン
「今のうち住所教えて!」
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-0時50分
「お忘れものないようにお気をつけください」
「どうも……ここの715ね……歩ける?」
「がんばります……がんばってますよね?! あたし!」
「うん、そうだね」
「ごめんなさーい! 畑中さーん! 怒らないでー!」
「怒ってないって!」
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-0時55分
-ビレ・パークサイド 715
ドサッ
「ふう、水とか飲む?」
「はい……畑中さんも……飲んでってください」
「ありがとう。あ、タクシー帰しちゃったな。待っててもらえばよかった」
「帰らないでください」
「はいはい」
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- 7時15分
(行けてしまった)
A子を起こさないようにベッドから降りた。上下1枚ずつだけ着て、スマホを取る。7時15分。
(行けてしまった。こんな天パ野郎が……ごくスムーズに)
「おはようございます」
「あ、おはよう。ごめんね、起こした?」
「いえ、大丈夫です。うわ、部屋きたない……」
「そんなことないよ」
「あの、タクシー代とか、ほんとすみませんでした。お店も全部、出してくれましたよね?」
「あんま気にしないで。気になるなら今日の朝ごはん、ごちそうしてよ」
「あ、そうですね。はい、そうさせてください!」
「9時くらいに出ようか」
「はい」
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「じゃ、外で待ってるよ」
「はーい。あとちょっとでーす」
弾むような声だ。靴を履いて部屋を出た。アパートの廊下からは、電車が走るのが見える。
(近い方の駅で電車に乗って、2駅か)
ヘアワックスがほとんど取れた髪を触る。
朝シャワーを浴びるのは断った。替えの下着はないし、体を洗ったあとに一度脱いだものを着るよりは、朝のうちだけ同じ下着を使う方がましだ。
(朝めしを食べたら帰ろう。駅までの、てきとうなカフェでいいのかな?)
ポケットからスマホを出そうとして、人の気配に気付いた。
アパートの廊下をこちらに向かって歩いてくる。
女だ。
(若いな、10代か?)
黒髪は長くツインテール。ピンクのチェックのミニワンピース。黒のニーハイソックス。
(なんか、オタクの願望そのまんまみたいな格好だな)
目が合っている。そして合ったまま、そばまで来て立ち止まった。
瞳は大きく、身長は低い。
「畑中伸一さんね」
(? 誰だ?)
記憶全てを点検する時間はないが、このタイプの女と関わったことがないことはわかる。
「まぁ、答えなくてもわかるんだけど」
(知り合い?A子の?)
「えっと、どちらさま?」
「……童貞」
(ん?)
電車が走る音が届いた。
「あたしはあなたが昨日捨てた童貞」
「いやいや……は?違うでしょ」
「確かにそうね……正確に言えば、素人童貞」
「そうじゃねえよ!」
(A子に聞かれないだろうな)
ドアは閉まっているが、思わず部屋のなかを気にした。
(これは聞かれたくない)
「あれ?また出てきました? プライド」
「どこにいたんだよ!お前!」
つづく