後日譚 エミリア奮闘記 後編 1/3
ここまでのお話
「悪魔のバイオリン」の呪いを解決するために、イタリアに来たエミリアと母親・アンナ。
エミリアは事件の謎をとくことができるのか。
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「わかったわ……この事件の真相が!」
エミリアのまっすぐな目と言葉に、アンナを除く全員が一瞬、あっけにとられていた。
アンナはにこやかな表情で、カップの中の紅茶を飲んだ。
(さすがね、エミリア)
母親の誇らしい気持ちを知ってか知らずか、エミリアは考え込んでいた。
(真相はわかった……でも、どうやって『解説』すれば、事件は『解決』するのかしら……?)
エミリアの仕事は探偵でも警察でもない。
(人々を闇から救い出すこと、それがエクソシストの仕事なのよ……)
(犯人の狙いを暴き、この方法は間違っていたことを諭し、犯人の反省を促し、償わせる……それができてやっと『解決』よ)
全員の顔を見渡す。
みんな、エミリアの方を見ている。
ただひとり、アンナを除いて。
彼女は涼しい顔で、紅茶をひとくち飲んで、こちらを見ずに言った。
「大丈夫よ、エミリア。人の気持ちを動かすのに、真心に勝る力はないわ」
エミリアは、胸を風が通り抜けたような、スッキリとした気持ちになった。
(そうね、お母様……ありがとう)
もう一度、全員の顔を見る。
「ではみなさん、今度は外でこのバイオリンを弾いてみましょう」
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-同日 19時30分
浩平、デボラ、マルコ、アントニオ、エマ、アンナ、エミリア。
全員が、建物の外に出た。
辺りは暗く、つけっぱなしにして出てきた建物の明かりがなければ、ほとんど何も見えないだろう。
車の音も聞こえない、静かな高台に立つバイオリン工房。
バイオリンの音色を確かめるためには、必要な環境だ。
エミリアがバイオリンと弓を携えて、言う。
「最初に断っておきます。先ほど申し上げたように、このバイオリンについているのは悪魔ではなく、人工的な呪いです」
全員を見渡した。
自然と、エミリアと距離を取り、半円に広がっていた。
「それを取り除くこと自体は、とても簡単です。ですが、それをするよりも大切なことが、この事件にはあると思っているので、少し、お付き合いください」
バイオリンと弓を構えて、エミリアは言った。
「では、行きますね」
エミリアが手に持った弓が軽やかに動く。
エミリアが弾ける曲は1曲だけ。
「きらきら星」だ。
Twinkle, twinkle, little star
周りの大小の石や、木々が動き出した。
How I wonder what you are
風もないのに、外に置かれた自転車が倒れ、そのまま地を這いはじめた。
次のフレーズにはたどり着けなかった。
エミリアが、自分に向かって飛んできた石を避けたからだ。
(あっぶないわね……)
「おいおい、お嬢ちゃん、大丈夫か?」
言葉は馴れ馴れしいが、心配そうに言ったのはアントニオだった。
「心配してくれるの?ありがとう!じゃあ次あなた!代わって!昔作ってたくらいだから、弾けるよね?」
「お、俺!?」
バイオリンと弓を押し付けられたアントニオが、恐る恐る同じように弾くが、同じようなタイミングで、同じような理由で、演奏はストップした。
「っぶねぇ……おい!お嬢ちゃん!もういいよな!」
「はーい!ありがとうございます!」
エミリアはアントニオからバイオリンと弓を受け取り、みんなの方を向いて、言う。
「マルコの話では、演奏をもっと続けると、この現象はもっとひどくなるらしいですね」
アントニオが口を挟む。
「できるもんなら試してみろよって感じだな」
「そうなんですよ、アントニオさん」
「あん?」
エミリアの合いの手に、口を挟んだアントニオが面食らった。
「おわかりですか?」
エミリアの視線はマルコに移った。
「マルコ以外には無理なんですよ。何分間も弾き続けるなんて」
「えっ?」
エミリアのこの言葉に、マルコが一番驚いていた。
「なぜなら!この呪いは、マルコだけは攻撃しないように作られているからです!」
マルコの表情は驚きから恐怖に変わった。
思い当たるのだろう。
嵐か大地震が起きた後のような大惨事の中、自分だけが無傷で立っていた経験があるのだ。
その背景には「マルコだけは傷つけるな」、そんな意図があったと知ったら……
(寒気のひとつもするわよね)
エミリアは続ける。
「すなわち!この呪いは具体的には次のようなものだったはずです。『演奏されている間、辺り一面を攻撃せよ。演奏時間に応じて、大きく攻撃せよ。ただし、マルコは除く』」
「こんな呪いを考える人は誰でしょう?マルコのバイオリン職人としての期待や信頼が地に落ちることを望みながら、マルコ自信が傷つくことを望まない。そんな人、ひとりしかいません……」
エミリアは少し間を置いた。
演出ではない。言いにくいのだ。